第28話

「あぶない!」


 エミリーがかん高い声を上げると同時に、ケリーは後ろに飛びのいてギリギリのところで木材をかわした。


「大丈夫かい? ケリー」

「う、うん。なんとか」

「ちょっと、トニーはなにをやってるんだい! 今こそ助けなくてどうするのさ!」


 舌打ちをしながら、ハルさんは開けっぱなしの出入り口を睨んだ。中を見ているはずのトニーの姿は、どこにもなかった。


「うおぉぉ!」


 気がつくと、ジャックはショウと格闘を繰り広げていた。

 めちゃくちゃに振り回される攻撃を、なんとか防いでは殴りかかっていた。


「えい! このばか! やめろ!」


 エミリーが離れたところから石を投げていたけど、あまり効果はなさそうだった。


「このぉ!」


 ケリーも落ちていた木材を拾って、ジャックと一緒にショウに向かい合った。


「ちょっと待ちな! あんたたち!」

「このガキぃ!」


 ハルさんはなんとかケリーたちを止めようとしたけれど、ショウがめちゃくちゃな攻撃をするものだから、手を出せずにいた。


「ケリー!」


 ジャックは、ギリギリの距離を保ちながら、ケリーの目を見た。それだけなのに、ケリーには、ジャックがなにを言おうとしているのかがはっきりと分かった。


「このっ!」


 タイミングを見計らって、ジャックはショウに殴りかかった。

 ショウがジャックの攻撃を防いだのと同時に、ケリーは体を低くして足元に飛びかかった。そして、ショウのすねを思いっきり殴りつけた。


「……っ!」


 あまりの痛みで声が出ないショウは、持っていた木材を放り投げてうずくまった。


「やった!」


ケリーとジャックは、笑って手を叩き合った。


「すごい! すごいわ、二人とも!」


 エミリーは飛び上がって喜んでいた。


「ははは、よくやったよ。あんたたち」


 ハルさんは、ケリーとジャックの頭をくしゃくしゃと撫でた。


「ほら、観念しな。こんな子どもにやられたんだ、もう暴れる気も起きないだろ?」


 ショウを見下ろしていたハルさんは、弾かれたように飛びのいた。

 ケリーたちは、なにが起きたのか分からなかったけど、すぐに理解した。


 ショウは小さなナイフを握って、涙が溜まった目で睨んでいた。


「ハ、ハルさん。ケガはない?」

「大丈夫だよ、ケリー。ちょっと驚いたけどね」


 ケリーに微笑むと、ハルさんはすぐにショウに目をやった。


「往生際が悪いね、あんた。ろくに動けないんだから、そんなことしたって意味ないよ」

「うるせぇ! お、お前ら絶対許さないからな!」


 裏返った声で叫んだショウは、鼻をすすると不敵に笑った。


「な、仲間がもうすぐ来るんだ。お前たちなんて、ボコボコだ。へへへ、ざまぁみろ」


 後ろから走り寄る足音が聞こえて、ケリーたちはハッと振り向いた。


「おい! 大丈夫か? ケガないか?」


 いまさら中に入ってきた、トニーだった。


「おい、お前。ナイフを捨てて投降しろ。無駄な抵抗は」

「おそい! なにやってたんだよ!」

「本当だよ! 見てたんじゃなかったの?」

「すっごくあぶなかったんだから! トニーのばか!」

「この役立たず! 来月は税金払わないからね!」


 四人は、それぞれトニーに文句を言った。トニーはうつむいて、言われる度に小さくなっていくようだった。


 ショウはその間、目の前の状況についていけない様子で、ぽかんと口を開けて見ていた。


「ほ、本当にすまん。こっちも大変だったんだ」

「なにが大変なんだよ!」

「こっちだって大変だったんだよ!」

「そうよ! トニーのばか!」

「この役立たず!」


 四人の罵倒がひと段落したところで、トニーは咳払いをしてショウと向き合った。


「え~、お前、大人しく諦めろ。これ以上抵抗しても無駄だ」

「む、無駄なもんか! い、いくら兵士が相手でも、お前一人なら仲間が来れば倒せるんだ!」


 ショウは、ナイフをトニーに向けながら言った。でも、左手は殴られたすねを庇うようにさすっていた。


「その仲間なんだがな、もう期待しても意味ないぞ。みんな外で寝てるから」

「……へ?」


 ショウはなにを言われたのか分からないという風に、また口を開けたまま固まってしまった。


「トニー、どういうこと?」 


 ケリーたちも、トニーが言っている意味が分からず、首をかしげていた。


「まぁ、外を見てくれば分かるだろ。俺が本当に大変だったってことが」


 四人は、トニーに言われた通り外の様子を見に行った。


「え? なにこれ」

「トニーひとりでやったの?」


 外には、ショウと同じくらいの年の男たちが、五人も倒れて苦しそうにうめいていた。


「トニー! あれどういうことだよ?」


 急いで中に戻ると、ジャックが真っ先に聞いた。


「中の様子見てたらここに近づいてきたから、もしかして中の奴の仲間かな? と思って声をかけたんだ。そしたら、案の定そうでな。話してたら、兵隊は気に食わねぇとか言って殴ってきたから、腹が立って全員にお仕置きしたんだ」


 トニーは、得意げに指の骨を鳴らした。


「すげぇ! やるじゃん、トニー!」

「さすがだね! すごいよ!」

「強い男ってステキ!」

「役に立つじゃないか!」

「……さっきと全然違うな、お前ら」


 ケリーたちのやりとりを見て、ショウもトニーが言ったことが本当のことだと分かったようだった。信じられないという顔で、何度も瞬きをしていた。


「どうだ? ほら、さっさとそれ捨てろ」


 トニーに声をかけられて、ショウはハッと我に返ったようにナイフをかまえ直した。


「う、うるさい! おれに近づくな!」


 足を引きずって、ショウは後ろに下がった。


「こ、このガキども! くそ兵士! ブサイクババア! こ、こんなことして、ただじゃ」

「おい、今なんて言った?」


 誰の声かと思うくらい低い声で、ハルさんがショウの言葉を遮った。ケリーがびっくりして振り返ると、目が据わったハルさんがじっとショウのことを睨んでいた。


「ハ、ハルさん?」

「こいつ、今あたしのことブサイクババアって言ったな? 今、言ったな?」


 言葉づかいまで変わったハルさんは、信じられないほど怖かった。エミリーは今までで一番震えていたし、ジャックは固まっていた。


 トニーはひきつった笑みを浮かべていて、ケリーも、昨日おじさんに襲われたときより何倍も怖いと思った。みんな声が出せずに、何度もうなずいた。

 ハルさんはなにも言わないまま、銛なんて気にせず、ショウに近づいていった。


「な、なんだよ。刺すぞ! 近づくな!」


 震えながら向けられたナイフを、ハルさんはあっという間に、握られた手ごと蹴り飛ばしてしまった。


「え?」


 なにが起きたのか理解できないという顔で、ショウは蹴られた手をさすった。すると、ハルさんは急に大きく振りかぶって、先ほどケリーが殴りつけところと同じ場所を、靴の固いつま先で蹴飛ばした。


「うぐっ!」


 ねじれたような声が、ショウの口から飛び出した。


「お前、さっきからムカつくんだよ。聞いてりゃ、たいしたことのないことを自慢気にペラペラと。ちっぽけな強がりもイライラするんだよ! この小物が!」


 そう言っている間も、ハルさんはすねを蹴り続けていた。ショウは必死で庇っていたが、おかまいなしで蹴られ続けて、庇っている手もすでに真っ赤になっていた。


「さらになんだい? あたしをブサイクババアだって? 女性と年上に対する礼儀も知らないのかい。どうしようもないね、この馬鹿は!」

「もっ……やめ……ゆる……し……て」


 涙で顔をぐしゃぐしゃにして、ショウはかすかに声を出していた。


「ハ、ハルさん! もういいんじゃないか? そいつも反省してるみたいだし」

「そ、そうだよ! このへんで許してあげなよ」

「そうだよ! それに、気にすることないよ。ハルさん、すごくきれいなんだし、僕なんて初めて会ったとき、ちょっと見惚れちゃったんだよ?」

「わ、わたしも、お姉さまみたいになりたいって思ったわ!」


 みんなで説得して、やっとハルさんはすねを蹴るのを止めてくれた。


「な? お前、はやく降参してたほうがよかっただろ? さすがに反省したな?」

「は、はい。ほんとに、すいまぜんでじた」


 泣きじゃくりながら、ショウは何度も謝った。

 ハルさんは、頭を冷やしてくると言って、外に出ていった。


「な、なぁ、ケリー。ハルさんって、いくつなんだろうな」


 ジャックが、耳元でささやいた。


「直接聞くしかないけど、あんな風に怒らせるなら、僕は一生知らないほうがいいよ」


 ケリーが答えると、ジャックは苦笑いで「そうだな」とうなずいた。

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