第27話
廃墟の中には、元々の面影がほとんど残っていなかった。
崩れた屋根や壁の固まりが、重々しく横たわり、木材が重なって、ガラスの破片が散らばっていた。曇り空が、かろうじて残った屋根の下から見上げることができた。
しかし、中には水たまりができていて、雨をほとんど防げていないようだった。本当にこんなところを寝床にできるのか、ケリーは不思議でならなかった。
「ゲルさんか?」
奥から、まだ声変わりが終わっていない、不思議な高さの声が聞こえた。石が転がる音がして、扉が外れた部屋の奥から、若い男が歩いて来た。
ケリーは、すぐにこの男が犯人だと思った。服装や帽子には見覚えがあったし、帽子から覗く髪の色は茶色かった。
「ん? なんだよ、お前たち」
男は、ケリーたちの姿を見ると、警戒したように立ち止った。
「あんたがショウかい?」
「そうだけど。お前たちはだれなんだよ」
ショウは、睨みながら言った。でも、トニーたちのような兵隊や、大佐から発せられる迫力に比べたら、まったく怖くなかった。
それでも、エミリーは怯えているようで、ハルさんのスカートを離さなかったけど、ケリーには猫に威嚇されているようにしか思えなかった。
「あたしは、酒場のハルってもんだ。ゲルから話を聞いてきたんだが」
「あぁ、あんたがハルさんか。この辺のガキはだいたい、あんたの世話になってるんだよな。ゲルさんからも聞いたし、おれの仲間もあんたに世話になってるのがいるよ。ま、おれはそんなの、いらねぇけどな。なんでも自分でできるんだ。ゲルさんには、この寝床を教えてもらったりしたけど。他人の世話になったのは、それだけだ。あとは、自分の力で生きてきたんだ。仲間にだって頼りにされてるし、子分のガキもいるんだ。ケンカで大人に勝ったこともあるし」
ショウは、ハルさんに対して警戒していないのか、それとも自分の自慢がしたかったのか、話しながらゆっくりと近づいてきた。
薄い太陽の光の下で、ショウは誇らしげな笑みを浮かべて、そばかすだらけの頬を掻いた。
ケリーには、ショウの自慢話がつまらなくてしかたなかった。聞いてもいないことを、長々と聞かされたあげく、なにもすごいとは思えなかった。ジャックも、帽子の下で不機嫌そうな顔をしていた。
「……で、ゲルさんから聞いた話ってなんだ?」
自分が仲間と一緒に他のグループを倒した話をしたあと、ショウはやっと口を開く時間を与えてくれた。
「あんた、ゲルにもうすぐ大金が入るって言ってたらしいじゃないか。あいつは、それでうちのツケを払おうとしてたんだけど。大金ってのは、本当に手に入ったのかい?」
「あぁ、やっぱりそのことか! ってことは、あんたも甘い汁を吸おうって気なんだろ? でも、そう簡単にはいかねぇな。おれは、恩人や仲間にしかやる気はないぜ。そういう男なんだ」
ショウは腕を組んで言った。心なしか、胸を張っていた。
「ということは、金は本当に持ってるんだね?」
「あぁ、もちろんだ。まぁ、あんたにはゲルさんのツケ代くらいはやってもいいかな。仲間も世話になってるし、おれは器がでかくて、気遣いができる男だからな」
「その金は、どうやって手に入れたんだい?」
ハルさんの口調が鋭くなったのを、ケリーは感じた。ショウは、ハルさんの変化には気づいていないらしく、得意げに笑った。
「気になるだろ? 聞いたらスカッとするぜ、あんたも。本当は仲間が来てから発表するつもりだったんだが、特別に先に教えてやるよ。あいつら、いつも遅れてくるからな」
どうやら、早くだれかに言いたくてしかたがないようだった。
「あのくそ大佐のよ、ナマイキ朗読員からパクッてやったのさ! あのくそジジイ、おれたちにはなにもくれないくせに、新聞読むだけなんて、ふざけた仕事に金出しやがって。朗読員になったガキもガキだろ? まだガキのくせに大金もらいやがって、ナマイキだろ? だから、おれがやったんだ。金は手に入るし、くそ大佐に一杯食わせたんだ。裏通りの連中からも、尊敬されるってもんだ」
そのまま裂けてしまうんじゃないかというくらい、大きな口で笑うショウを見ていて、ケリーはとても嫌な気分になった。
エミリーなんて、自分の倍はあるショウに向かって呆れたようにため息をついた。
とにかく、これで犯人は確定した。
「どうだ? いい気味だろ? 大佐もガキも」
ハルさんのまぶたが、小さく痙攣していた。
ケリーも目を逸らしてしまうくらい、ハルさんの表情はあきらかに怒りを抑えていた。なのに、まったく気づいていないショウの鈍感さを、ほんのちょっとだけ羨ましく思った。
「……あんた、今日外に出たかい?」
「いや? さっき起きたからな。仲間とゲルさんが来るまで待ってようと思ってよ。いやぁ、本当は昨日教えたかったんだけど、あんな雨じゃみんな集まらなくてよ。だから」
「あんたが金を奪ったせいで、町中に犯人を探す兵隊がうじゃうじゃいるよ。そのせいで裏通りの連中は疑われて、あちこちで騒ぎが起きて捕まった奴らもいるかもね。尊敬はされないんじゃないかい?」
さっきまでの満面の笑みが消えて、裂けそうだった口が元の大きさに戻った。
「え? う、うそだろ? 兵隊が動くなんて、あるわけねぇ! そ、そんな大げさになるわけねぇだろ!」
「あんたね、大佐直属の朗読員襲って金盗ったんだよ? 軍が動くかもってちょっとでも思わなかったのかい? 大佐に一杯食わせようって思ったんなら、大佐の怒りを買うことになるってことぐらい、分かってただろ?」
ショウは、あきらかに動揺していた。目を泳がせて、さっきまでのおしゃべりが嘘みたいに、言葉が出てこなかった。
「お、おれは」
「観念しな。さっさと、この子に盗った金を返すんだ」
ケリーは、フードを取ってショウの前に進み出た。
「お、お前は!」
「どうも、ナマイキ朗読員のケリーです。お金を返してもらえませんか?」
後ずさりしたショウは、とっさにハルさんを睨みつけた。
「だ、騙したな! ずるいぞ!」
「なに言ってんだい? あたしは、ゲルから話を聞いてきたとしか言ってないよ。あんたが勝手に、ペラペラしゃべったんだろ? どうせこの子たちのことも、あたしが世話してる子どもたちだと思ってたんだろうけど、なにも聞いてこなかったあんたが悪いね」
口をつぐんで、ショウはなにも言えなくなった。
「かくごしろ! さっさとケリーに給料をかえせ!」
「そうよ! さっきから聞いてたら、あんたのはなしムカつくのよ! このばか!」
ジャックは、いつの間にか拾った、この家の一部だったであろう木材をかまえていた。エミリーは、ハルさんの足元に隠れるようにして叫んだ。毒づくエミリーがおかしかったのか、険しい顔をしていたハルさんが「ぶふっ」っと吹き出した。
それが恥ずかしかったのか、頭にきたのか、ショウの顔はみるみるうちに真っ赤になって、拳を握ってぶるぶると震えだした。
「い、いい加減にしろよぉ! おれをなめんなぁ!」
いきなり叫び出したショウは、近くにあった、ジャックのより長い木材を掴んで、振り回した。
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