第26話
しばらくの間、何も話せない空気が四人を包んでいた。
ときどき、後ろで兵隊と住人の言い争う声が聞こえても、誰も振り向くことはなかった。みんな、ずっと声を出す機会を探っていたが、先頭を歩いていたハルさんが振り返って、一番最初に口を開いた。
「さっきは、驚いただろ? あたしもさ、元々は、あんたたちと同じ表町に住んでたんだ。でも、息子が不治の病にかかってね。周りから、うつされるって避けられて、どんどん居場所も仕事もなくなってさ。夫は事故で死んでたから、あたしはなんとか働かないといけなくて、あそこで酒場を始めたんだよ。この辺は、あたしたちのことをとやかく言う奴はいなかったからね、一から始めるにはちょうどよかったんだ。でも、最初のころは、なかなかうまくいかないもんでね。お金がなくて、高い薬は買えなかった。そのうち、息子は死んで、お兄ちゃん想いだった娘も病気で死んだんだ。それから、あたしは子どもを見ると放っておけなくてね。ここに流れてきた子どもに、ごはんを食べさせたりしてるのさ」
ハルさんは、無理に明るく話そうとしていた。話し方がわざとらしかったし、笑顔もぎこちなかった。
「別に、あの子たちの代わりなんて探してるつもりないんだよ。まぁ、あんたたちを見てると、あの子たちがもし生きてたら、いい友達になれたんじゃないかなって思うけどね」
無理やり笑っていた目から、涙がぽろぽろとこぼれた。
「あれ? あの馬鹿が余計なこと言うから、ちょっと思い出しちゃったじゃないか」
「ハルさん!」
ケリーは被っていたフードを脱いで、ハルさんに駆け寄った。ジャックとエミリーも帽子を脱いで、ケリーに続いた。
三人の目にも、涙が流れていた。
それがなんでなのか、本人たちにも分からなかった。
そして、さっきハルさんにやられたときより、ずっと強く抱きしめた。そうしたかったし、そうしなくちゃいけないような気がした。
「どうしたんだい、あんたたちまで泣いて。こら、痛いだろ。痛いじゃ、ないか」
声を押し殺すように泣き出したハルさんに、三人は顔をうずめて泣いていた。誰も通らない暗い道で、四人の押し殺した泣き声が、静かに流れた。
「ありがとう。気を遣ってくれたんだね」
ハルさんは三人にお礼を言った。ケリーが見上げると、ハルさんは止まらない涙を拭いて、一生懸命笑った。呼吸を整えると、三人の頭をエミリーから順番に撫でた。
「あの子たちのことを、子どもに話したのはあんたたちが初めてだよ。ありがとう、慰めてくれて」
ハルさんはまた笑った。ケリーたちは、なんと言っていいのか分からず、顔を見合わせて笑った。
「さぁ、涙拭いて行こうか。こんなところ、例の悪ガキに見られたら、なめられちゃうよ」
四人は涙を拭いて、ケリーとエミリーは鼻をかんだ。
それからは、みんなで話しながら歩いた。ハルさんは子どもの思い出を、泣かずに笑って話していた。今度、四人でお墓参りに行くことを決めたとき、ゲルが言っていた廃墟が見えてきた。
「あそこだ!」
「うわぁ、本当にふきとんでるのね」
指をさすジャックのとなりで、エミリーが驚きの声を上げた。
廃墟は、おそらく元々はケリーの家よりも立派な家だったであろう大きな家だった。でも、屋根はほとんど崩れていて、左上がえぐられたように消えていた。
ケリーは、ほとんど復興が終わっている町の中で、こんな建物が残っていることに驚いた。店で聞いたハルさんの話が、現実であることを実感した。
「ここに、ショウって人がいるんだね」
ケリーは、扉のない玄関を見つめながら言った。
「そうだよ。あんたたちは、外で待ってな。あたしが行って、問い詰めてくるよ。もし犯人だったら、その場でとっちめてやるさ」
力強く言ったハルさんに、ケリーは首を振って答えた。
「いや、ハルさんにだけそんなこと頼めないよ。僕も行く」
「分かってるのかい? ショウって奴が一人で待ってるとは限らないんだよ? とても危ないんだ」
「分かってる。でもだったら、なおさらハルさんを一人では行かせられないよ。それに、僕は行かなくちゃいけないんだ。自分で見て、自分で判断しなくちゃ」
ケリーは、拳を握りながら言った。
「もちろん、オレも行くぜ!」
「わ、わたしも!」
ジャックとエミリーも、腕を上げて続いた。ケリーには、二人がとても頼もしかった。
「そうかい。でも、危なくなったらすぐに逃げるんだよ?」
「うん」
「よし、行こうか」
「こんなところで、なにをしてるんだ?」
ハルさんを含めた全員が飛び上がった。すぐ後ろから声をかけられて、ケリーは心臓が飛び出るかと思った。
四人が振り返ると、銃を担いだトニーが立っていた。
「ト、トニー! びっくりするじゃないか!」
「こんなところで、なにしてるの?」
「それは、今俺が聞いたんだろうが。俺は組んでた奴と手分けして、この辺りを捜索中なんだよ。ケリー、今日はゆっくりしろって言ったのに、みんなでなにしてるんだ? ハルさんまで一緒になって」
ケリーは、自分たちで犯人を捕まえようとしていること、ここにいるショウという男が犯人かもしれないことを話した。
「その話、本当か? なら、俺が行くからお前たちは家に帰れ。危険だ」
「ちょっと、トニー。ケリーの話聞いてたのかよ。犯人は、オレたちで捕まえるんだよ」
「ばか! そんなの、本当に子どもに任せられるか! ハルさんもらしくないぜ。子どもにこんな危険なことをさせるなんて」
トニーに言われて、ハルさんはふっと笑った。
「たしかにね。でも、この子たちにも考えがあって、危険を冒そうとしているんだよ。ただのわがままじゃない、覚悟の上でだ。だから、あたしも一緒に来たのさ。もし危険な目に遭ったら、あたしが命がけで守る」
ハルさんは最後の言葉を、力をこめて言った。ハルさんの力強い目に、トニーは少したじろいた。
「その考えってのは、なんなんだ?」
「そこまで話していたら、逃げられちまうよ。あんたの選択肢は二つ。あたしたちに協力するかしないかだ。どうするんだい?」
トニーはケリーたちを見回すと、ため息をついて両手を上げた。
「わかったよ、降参だ。協力する」
ケリーとジャックは、顔を見合わせて喜んだ。
トニーがついて来てくれるなら、こんなに心強いことはない。トニーの強さを知っているケリーは、なおさらだった。
「危険なマネは、絶対にするなよ。いいな?」
喜んでいた三人に、トニーは顔を近づけて念を押した。
廃墟の中には、トニー以外の四人が入って、軍服姿のトニーは外で待機しておくことになった。もちろん、いつでも助けにいけるように準備をした上でだ。
「じゃあ、気をつけろよ」
廃墟に入る直前にも、トニーはみんなのことを心配してくれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます