第25話
ジャックは解放されると、照れ隠しでジュースを一気に飲み干した。ケリーとエミリーはお腹が痛くなるまで笑っていたが、やがてケリーが口を開いた。
「ハルさん、実は僕たち昨日の泥棒を見つけようと思ってるんだ。協力してくれないかな?」
「なに言ってるんだい。そんな危ないこと、トニーたちにでも任せときな。あんたたちがやることないよ」
ハルさんの目からは、三人を心配する気持ちがはっきりと映っていた。
「ううん。これは、僕たち……というか、僕がやらなきゃいけないんだ。こんな騒ぎになって、町の人に迷惑かけちゃった。それに、もし裏通りの人が犯人として捕まったら、関係ない人まで差別がひどくなっちゃうよ。ハルさんがひどい仕打ちをうけるなんて、絶対に嫌だ」
気づかないうちに、ケリーは拳を握りしめていた。
「これ以上差別がひどくならないためにも、今回のことは僕が終わらせなくちゃいけないと思うんだ」
「気持ちは嬉しいよ、ケリー。でも、あんたが見つけてどうするんだい? あんたが捕まえたとしても、ここの人間が犯人なら、周りの見る目は変わらないよ」
「分かってる。僕に考えがあるんだ。うまくいくか分からないけど、とにかく犯人を見つけないと、なにもできないから」
ケリーは、自分の考えを三人に話した。
「すごい、ケリー!」
「へぇ、さすがは朗読員さまだな」
ジャックとエミリーは、驚きと感嘆の声を上げた。でも、ハルさんだけは渋い顔で考えていた。
「ケリー、この辺りは確かに差別を受けているけど、悪人がいることも事実なんだよ。昨日、あんただって襲われただろう? うまくいくかね?」
「でも、このままじゃ、なにもしてない人たちまでどんどん悪者扱いされちゃうよ。なにもせずに、ただ見てるだけなんて今の僕にはできない」
ハルさんの話を聞いてから、ケリーの中で強い使命感が燃えていた。
ただ騒ぎを治めるだけでなく、この町の悲しい現実がなくなるきっかけを作りたい。ケリーは、自分が考えた小さな可能性に賭けてみたかった。
ケリーが考えを変えないと察したのか、ハルさんは大きく息を吐いてうなずいた。
「分かったよ。犯人探し、協力するよ。ただし、危ないことは極力やらないこと。危険だと思ったら、無理やりにでも止めるからね」
「うん、ありがとう。ハルさん」
「よし! じゃあ、さっそく探しに行こうぜ!」
ジャックが元気よく立ちあがると、エミリーもつられて立ちあがった。
「こらこら、どこに誰を捕まえに行くつもりだい? 情報が足りないんだ。ちゃんと、計画を立てないとね」
ハルさんは、ジャックとエミリーの頭をポンポンと叩いた。
恥ずかしそうに座る二人を見ながら、ケリーはハルさんがみんなのお母さんのように思えた。
「ハルさんは、なにか犯人について知ってることはない?」
「いや、悪いけど知らないね。町中の店に連絡がまわってるなら、たいした金遣いもできないだろうし。たぶん、どこかに隠れているんだろうね」
ケリーは、なにかいい案がないか考えた。ジャックとエミリーも腕を組んで考えこんでいた。
「そういえば」
「なにか思い出したの? ハルさん!」
ハルさんは、ゆっくりと話し出した。
「三日くらい前かな。うちにたくさんツケのある、ゲルって男がいるんだけど。そいつが近いうちに、ツケを全部払うって言ってたんだよ。酔っぱらってたから、どうせ冗談だろうって相手にしなかったんだけど。もしかしたら、なにか知ってるのかも」
思わぬ手がかりに、ケリーは喜んで立ちあがった。
「よし! じゃあ、その人のところに行こう」
早速ケリーたちは、みんなでゲルをいう人を訪ねることにした。
三人は、ハルさんの家にあった帽子やフードのついた上着を貸してもらって、外へ出た。顔を隠すにはちょうどよかったけど、エミリーの帽子は大きくてほとんど顔が見えなくなっていた。
「いいかい、あんたたち。もしかしたら、ゲルは犯人かもしれないんだ。危ないマネはしちゃだめだよ」
歩きながら、ハルさんは小声で言った。三人はうなずいたが、緊張してなにも言えなかった。
ジャックとエミリーは、恐怖と興奮で胸がドキドキしていたし、ケリーもずっと、ポケットの上から銛を握りしめていた。
「さ、着いたよ。ここがゲルの家だ」
ゲルの家は、木でできたボロボロの家だった。壁は指が入りそうなすき間だらけで、トニーが殴れば壊れてしまうんじゃないかと思わせるほどだった。大きさも、家というより小屋に近かった。
「ゲル、いるかい? 酒場のハルだよ」
ハルさんは、扉を軽く叩いた。中から返事はなかったが、そのうちゆっくりと扉が開いた。
「なんだ? わざわざツケを払わせに来たのか?」
出てきた男を見て、ケリーは犯人じゃないと思った。無精ひげを触る男の頭は、禿げてつるつるしていたからだ。
「そうだね。まぁ、遠くないのかもね。ほら、あんたこの前もうすぐツケを全部払うって言ってただろ? あれはどういう意味だい?」
「どうって、そのまんまの意味だよ」
めんどくさそうに話すゲルは、ケリーたちに目を落とした。
「おい、なんだこのガキたちは」
エミリーがビクッと体を強張らせた。
「あぁ、最近ここらに流れてきた子たちだよ。まだここのことよく知らないからね。あたしが色々と世話してやってんのさ」
ゲルはハルさんに視線を戻すと、大きくため息をついた。
「お前も、いい加減にしたほうがいいぞ。来るガキみんなに世話焼いてたらキリがねぇ。死んだ息子と娘の代わりを探すのも、もう終わりにしたらどうだ?」
三人は驚いてハルさんを見た。ケリーも知らないことだった。でも、ハルさんが初めて会ったケリーたちにも優しく、お母さんのような感じがした理由が、なんとなく分かった気がした。
「うるさい! そんなの、あんたなんかに言われる筋合いないんだよ! さっさと答えな! どうやってツケを返すほどの金を手に入れようとしたんだい!」
ハルさんは、あっという間にゲルの胸元を掴んでグイッと引き寄せた。
ハルさんの声は低く、それまでとは全く違っていてとても怖かった。
エミリーはとっさにスカートを離したし、ゲルの顔も一瞬で真っ青になった。三人からは見えなかったけど、このときのハルさんの顔を見てしまえば、エミリーは泣き出してしまっていたかもしれない。
「お、俺が世話してやってるショウってやつが、こ、今度大金を手に入れるから、今までの借りを返すって言ってきたんだ」
「そいつは、どうやってそんな大金を手に入れようとしてたんだい」
「し、知らねぇ! 聞いても教えちゃくれなかった。今日、金を渡してもらうときに話すって言われたんだ」
「いつ? どこで?」
「こ、このあとだ。そいつが寝床にしてる廃墟で会う約束だった。この先にある、砲弾で吹っ飛んだ家だ」
ゲルがそこまで言うと、ハルさんは乱暴に手を離した。ゲルは息が荒くなって、髪のない頭には汗が光っていた。
「そうかい、一応礼を言うよ。ツケの支払いはもう少し待っといてやる」
倒れこむゲルを一度も見ずに、ハルさんは歩き出した。
「行くよ」
「は、はい」
三人は、慌ててハルさんのあとを追った。
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