第23話
三人はケリーを先頭に、兵隊に見つからないように裏通りに抜ける道へ入った。
「なぁ、ケリー。裏通りに行って、それからどうするんだ? オレたち、あの辺のことなにも知らねぇぜ」
「うん。とりあえず、ハルさんっていう人のお店に行こうと思う。昨日助けてもらった人だよ。いい人なんだ」
「へぇ~。裏通りの人って、ほとんど会うことがないからなぁ。ちょっと緊張するな」
「ほんとよね。同じ町の人なのに」
進んでいくと、なんだか先の方が騒がしくなっていた。
「なんだろう?」
「行ってみましょ」
近づくと、裏通りの人と兵隊が言い争っていた。
「……いいかげん正直に言え! 昨日、朗読員の給料を盗った者がいるはずだ! 何か知ってるんだろう!」
「ふざけんな! 知らねぇって言ってるだろ! なんでもかんでも、俺らのせいにしやがって!」
裏通りにいる兵隊は、広場にいた人たちに比べて体が大きくて、目つきも怖かった。
でも、怒鳴り散らす人たちも一歩も引かず、向かい合って睨み返していた。
「どうしよう。このままだと、わたしたちも出ていけないわ」
「少し、様子を見てみよう」
ケリーたちは、物陰に隠れた。
「ここは俺たちの町だ! 余所者のお前たちに、でかい顔されてたまるか!」
「これ以上は、話しても無駄なようだな。全員捕えろ!」
兵隊の掛け声と同時に、その場にいた大人たちがいっせいに取っ組み合いを始めた。聞いたこともないような罵声や雄叫びが、ぐちゃぐちゃに響いていた。
「うわぁ、すげぇ」
「い、今のうちに行こう」
「ほらジャック! 見てないでいくわよ」
スポーツの試合を見るような目になったジャックを、エミリーは必死に引っ張った。
ハルさんのお店に着くまでにも、兵隊たちが何人も巡回していた。
さらに、昨日ケリーがあまり見かけなかった裏通りの人たちも、この日は外に出ていた。
着ている服は、ボロボロのものを着ている人が多かったし、子どもたちも痩せて、泥だらけだった。みんな、ケリーたちを見ると獣のように冷たい目を向けた。
でも、兵隊がいるからか、それ以上のことはしてこなかった。三人は、なるべく目を合わせないようにしながら、ハルさんの店を目指した。
「あった! あそこだよ」
目の前に、ハルさんのお店の赤い扉が見えてきた。ケリーは安心して、自然と駆け足になった。お店の前まで行くと、ケリーは扉を叩いた。
「ご、ごめんください!」
「なんでお前まで緊張してるんだよ」
周りからの視線を気にしながら待っていると、ゆっくりと扉が開いた。
「なんだい? さっきも言ったけど、あたしは知らないよ。なんなら、兵隊のトニーって奴に聞いておくれよ」
ハルさんの姿に、ケリーたちは目をパチクリさせた。
ハルさんは、両肩の細いひもだけで支えられた、膝の上までしかない薄い黒の服一枚で現れたのだ。しかも、生地が薄すぎて、体がうっすらと見えてしまっていた。
「うわぁ、色っぽ~い」
三人の中で、エミリーだけが声を出すことができた。ケリーとジャックは固まってしまい、声が出なかった。
「ん? ケリー!」
ハルさんはケリーを見ると、薄い服のまま抱きついた。
だから、ハルさんの体の温かさとか、やわらかさがはっきりと分かってしまった。しかも、顔はハルさんの胸に、ぎゅっーっと埋まってしまって、なんともいえない気持ちになった。
「あはは。なんだい、もう来たのかい。本当に友達まで連れてきて」
「ハ、ハルさん……」
ケリーは、なにを考えればいいのか、どうすればいいのか、もう何がなんだか分からなくなってしまった。
「え? あ! あははは! ごめん、ごめん。あたしさっきまで寝ててさ。ぼうやには刺激が強すぎたかな?」
ハルさんは、離れると今度はケリーの頭を撫でた。
「や、やめてよ~」
ケリーは、なにもないところで固まっていた手をやっと動かして、ハルさんの白い手から逃れた。
「あはは。ま、中にお入り。お友達も、遠慮しなくていいからね」
ハルさんに言われて、三人はお店の中に入った。
「適当な席に座ってな。しかたないから、あたしは着替えてくるよ」
ハルさんはメイドのお姉さんよりも、意地悪くウインクした。ハルさんがいなくなると、ジャックがケリーに寄ってきた。
「おい! なんだあのお姉さまは! っていうか、なんださっきの。うらやましいぞ、このっ!」
ジャックはケリーの頭を捕まえて、拳でぐりぐりした。
「いたい! あ、あの人が言ってたハルさんだよ。それにさっきのは……べつにいいだろ」
「よくない! で、どうだった?」
「どうだったって……よかったよ」
「このやろー!」
ジャックとケリーがはしゃいでいると、エミリーが大きくため息をついた。
「はぁ~、いやね、男って。いやらしい」
「はいはい。悪かったな」
ジャックも、負けじとわざとらしくため息をついた。
「これじゃあ、大人になったとき、怖いったらないわ。今から気をつけないといけないかしら」
「おいおい、冗談だろ? エミリーはハルさんみたいにならないから、心配いらねぇよ」
「あら、そんなのわからないじゃない。でも、ハルさんって本当にきれいよね。まさに、大人の女性って感じで。きめたわ! ジャックがなんと言おうと、わたしハルさんみたいな女性になるわ! 戻ってきたら、さっそく美しさのヒミツを聞かなくちゃ」
「ムリだって。そんなことより、ケリー。ハルさんにオレのことよく言ってくれよな。選考会のとき、オレも大佐に言ってやっただろ?」
「二人とも、ここに来た理由覚えてる?」
三人が騒いでいると、着替え終わったハルさんが戻ってきた。
ハルさんは黒いワンピースに着替えていた。さっきの服より生地が厚くて、ケリーはほっとした。
「さて、改めて自己紹介しようかね。あたしはハル。見た通り、ここで酒場をやってるんだよ。よろしくね」
「は、はい! わたし、仕立て屋のむすめのエミリーです。あの、どうやったらそんなに胸が大きくて、肌がきれいになりますか?」
「……エミリー」
「はい! オレ、パン屋のジャックです! さっきケリーにしたこと、オレにもやってください!」
「ジャック!」
「あっはっはっは! 面白い友達だねぇ。エミリーちゃん、もうちょっと大きくなったら教えてあげるよ。ジャックくんだっけ? 素直でいい子だねぇ。すぐに着替えて来れるけど、さっそくしてあげようか?」
「え! こ、こんどにします……」
ジャックはモジモジしながら答えた。
「あははは。うん、素直でよろしい。いやぁ、こんなに笑ったのは久しぶりな気がするよ」
「あんまりからかわないでよ、ハルさん」
「ごめん、ごめん。あ、そうだケリー。昨日あんたを襲ったオヤジだけど、夜中にたまたま見つけてさ。知り合いと一緒にお灸をすえといたからね。トニーからも釘を刺されてたみたいだし、安心して遊びにきな」
ハルさんは微笑んで、ケリーの頭を撫でた。ケリーは、その手と眼差しからハルさんの優しさを感じて、温かい気持ちになりながら、うなずいた。
「さ、なにか飲むかい? 約束通り、ジュースでもごちそうするよ」
「やったー!」
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