第20話
「これは、すぐに大佐に知らせないと」
トニーが真剣な目つきで呟いた。ケリーは大佐と聞いて、ドキッとした。
「そ、そんな大げさだよ」
「いや、なにも大げさじゃないぞ。町の子供が襲われたんだ。しかも、コソ泥と変態オヤジにだ。これだけでも町の治安維持に関わる重要なことだ。俺には報告する義務がある。そして、お前は大佐直属の朗読員なんだ。いくら子供でも、大佐の下で働く人間だ。その人間の給料、大佐が与えた報酬が、その日のうちに盗まれたんだ。こんなこと、町を警護する軍隊にも、大佐の威信にも関わる重大なことだ。軍の一人として、これはなにがあっても見過ごすことはできない!」
勢いよく立ち上がったトニーは、ケリーを見つめながら続けた。
「なにより! さっきの変態オヤジもそうだが、俺の友達に手ぇ出したのが許せん! ケリーが苦労して稼いだ金を、どっかの関係ない奴が横取りしたかと思うと、腹が立ってしかたない! このままじゃ、お前が可哀想だ。っていうか、俺が怒りで爆発しそうだ!」
トニーは早口で言うと「うおぉぉ!」と叫んで、爆発する前に怒りを吐き出した。
「うるさいねぇ。あんたがここで叫んだって、あたしの耳が悲鳴上げるだけだよ。あんたはさっさと大佐に報告してきな。この子はあたしが送るよ」
ハルさんが耳を押さえながら言うと、トニーは恥ずかしそうに笑った。
「あ、あのハルさん。うれしいけど、お店はいいの?」
「あぁ、あたしの店は基本的に夜しかやってないんだよ。開店までには、まだ時間があるのさ。今日は、たまたまこいつが税金を回収に来ていただけなんだよ。ろうそくだって、こんな天気じゃなけりゃ、つけてないさ」
説明を聞いてケリーは、トニーが軍服を着たままの理由が分かった。てっきり、仕事をサボってお酒を飲みに来たのだと思っていた。
「ほんと、税金は持っていくわ、ついでに一服していくわ、適当な兵士もいたもんだ」
ハルさんが言うことは、間違ってはいなかった。ケリーが笑うと、かけてあった雨具を被っていたトニーは、また恥ずかしそうに笑った。
「い、いいかケリー。今ハルさんが言ったことは、誰にも言うんじゃないぞ?」
「うん。分かったよ」
「おや? あたしは言ってもいいのかい?」
「……言わないでください」
ミルクを飲むと、ケリーはハルさんが洗ってくれた服をもらった。
汚れはだいぶ落ちていたが、濡れたままだった。今着ている服を返そうとしたけど、ハルさんが「あげるよ」と笑って言ってくれた。
ケリーは、一刻も早く報告に行きたがっていたトニーと一緒に、店を出ることにした。三人で外に出ると、雨は少しだけ弱まっていた。
「じゃあ、俺は急いで隊長に報告してくる。そしたら、すぐに大佐の耳にも入るはずだ。ハルさん、ケリーのこと頼んだよ」
「あぁ、まかせな」
トニーは、雨の中を全速力で走っていった。
「まったく、あんなに走って体力もつのかね」
呆れたように言うハルさんがおかしくて、ケリーは笑った。
二人は傘をさして、並んで歩いていた。通りには相変わらず人がいなくて、それがかえって不気味さを増していた。
「大丈夫だよ。この辺の奴らは、だいたいあたしの店にツケがあるからね。一緒にいれば、なにもしてこないさ」
怯えていたケリーを笑って励ますハルさんは、とても頼もしく見えた。
通りをある程度来たところで、ケリーはハルさんに気になっていたことを聞いた。
「あの、ハルさん。トニーとは仲がいいの?」
ケリーのとなりで、ハルさんはおかしそうに「ふふふっ」と笑った。
「おや、それはどういう意味だい? あたしとあいつが愛し合っているのかってことかい?」
意地悪な笑みを浮かべながら、ハルさんはケリーの顔を覗き込んだ。ケリーは恥ずかしくなって、ハルさんの目から逃げるように顔をそらした。
「い、いや、その、そういう意味じゃないっていうか。なんだか、昔から知ってるみたいだったから」
「いや、あいつとは今年の初めに会ったばかりだよ。今年から、うちの税金の徴収係になったんだ。残念だったねぇ、期待が外れて」
ハルさんは、ニヤニヤと笑いながら言った。
「でも、なんだか憎めない奴っていうのはあるかもね。初めて挨拶に来てから、仕事以外でも店に来るようになって。いつの間にか、徴収に来るたびに休んでいくようになったしね。でも、いつもふざけてばっかなのに、今回みたいなことにはすごく熱くなるんだよね」
ケリーは、傘に隠れるようにしてハルさんの顔を覗いた。
ハルさんは少しうつむいて、懐かしんでいるような、優しい笑顔をしていた。
ケリーは、やっぱりハルさんはトニーのことが好きなんだと思った。すると、ハルさんは急にケリーに顔を近づけた。もう、優しい笑顔は消えていて、さっきよりも意地悪な笑顔がそこにはあった。
「ま、だからといって、あたしがあいつに惚れるなんてありえないんだけどね~」
このとき、ケリーは自分がからかわれていることに気がついた。
通りを出て、そこから二人並んで通るのがやっとの細い道に入った。
近道らしく、ここを通って行けば、中央の広場に出られるそうだ。ハルさんはその間も、ずっとケリーをからかっていたけど、嫌な気持ちはまったくしなかったし、なにより怖かった気持ちがどんどん薄れていったから、ケリーにとってはありがたかった。
広場に出ると、同じ町にいたとは思えなかった。いつも見ている風景が、とてもきれいで素晴らしいものに見えた。
「ここまで来れば大丈夫だとは思うけど、一人で帰れるかい? なんなら、家の近くまで一緒に行くけど」
ケリーは、初めて会ったのにこんなに心配してくれるハルさんの優しさが、心から嬉しかった。
「うん、大丈夫だよ。ありがとう、ハルさん。本当に助かりました」
ケリーは頭を下げて、精一杯の感謝を口にした。
「いいんだよ、頭なんか下げなくて。あたしは、あたしがするべきだと思ったことをしただけさ。ま、言ってしまえば勝手なおせっかいだよ」
「でも、僕はその勝手なおせっかいが、うれしかったんだ。本当にありがとう」
ケリーが見つめながら言うと、ハルさんはニカッと笑ってケリーの頭を乱暴に撫でた。
「大人が子どもを助けるなんて、当たり前のことじゃないか! 何度もお礼を言う必要なんてないんだよ!」
髪をぐしゃぐしゃにされながら、ハルさんが実は照れていることに、ケリーは気づいていた。
「じゃあ、気をつけて帰るんだよ」
「うん、ありがとう。ハルさんも気をつけて」
ケリーは、さらに弱まってきた雨の中を歩き出した。
「……ケリー!」
ハルさんに呼び止められて、ケリーは来た道を振り返った。
「その、もうあんなとこに近寄りたくないだろうけどさ。でも、悪い奴らばかりじゃないんだよ」
ケリーは大きくうなずいた。ハルさんのことを、どうしたって悪い人だとは思えなかった。
「だからさ、落ち着いたらいつでも遊びにおいでよ。あたしの店に来たら、ジュースでも出してあげるからさ」
離れたせいで表情はよく見えなかったけど、なんとなくハルさんは寂しそうに見えた。
「ハルさん!」
ケリーは、ハルさんにちゃんと聞こえるように声を張った。
「そのときは、友達も一緒にいい?」
ハルさんは嬉しそうに笑った。
「いいとも! いつでも待ってるよ!」
二人は約束を交わして、手を振りながら別れた。
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