第9話
朝。ケリーが起きたときには、お母さんはもう仕事に出かけていて、ケリーはちょっぴり寂しい気持ちになった。
でも、テーブルの上の置手紙と朝ごはんのシチューで元気が湧いた。ケリーは、昨日と同じ服を着て、ひびの入った鏡の前でチェックをし、木箱に入った首飾りと銛も、忘れずに用意した。
外へ出ると、冷たい空気が体を撫でた。昨日よりも早い時間だからなのか、通りには人の姿がほとんどなかった。でも海の方からは、漁師や市場の準備をする人たちの、活気のある声が聞こえていた。
ケリーは、お母さんもいるであろう市場に向かって小さく「いってきます」と言って、大佐の家に向かって歩き出した。
町の中を、ケリーは一人で歩き続けた。丘を登り、町を見下ろすと、灯台守のラッパの音が遠くから聞こえて、ケリーはちょっとだけ明るい気持ちになれた。
しかし、大佐の家が近づいてくると、ケリーの緊張は一気に激しくなっていった。
うまく大佐を殺せるだろうか。
ケリーは、そのことばかり考えていた。しきりに、神様がついてくださっていると、自分に言い聞かせていた。
「大丈夫、大丈夫だ。今日だけが仕事じゃないんだ。これから、何度だってチャンスはあるはずだ。とりあえず、今日は大佐の様子を観察しよう。だから、落ち着くんだ、僕!」
ケリーは震える手で拳を作って、なかなか前に進んでくれない足を必死になって動かした。
大佐の家に続く丘には、何人もの兵隊がいて見回りをしていた。ケリーを見ると、不機嫌な目で睨んだり、何かを疑うような目で見る人が何人かいた。
そんな視線は、ますますケリーを緊張させたが、木の陰に隠れてあくびをしているトニーを見つけて、少しだけ落ち着くことができた。
大佐の家に着くと、昨日大声で選考会の説明をしていたおじさんが、玄関の前に立っていた。白髪頭のおじさんは、ケリーを見つけると、眼鏡を上げながら近づいてきた。
「ケリーくんだね? 私は、大佐にお仕えしている執事のフリッツという者だ。これからよろしく」
「は、はい。今日から大佐に新聞を読みに来ました。よろしくお願いします」
ケリーは、頭を下げながら言った。昨日、声を出し過ぎたのか、フリッツさんの声は不自然にガラガラだった。
ケリーは笑いそうになったのをごまかすために、わざと深くおじぎをした。
「うむ。なかなか礼儀正しいようだな。さすがは、大佐が選ばれた子どもなだけはある。しかし、ケリーくん。昨夜言われなかったかな? きみの仕事は新聞を読むだけではない、本もだ。分かっているかね?」
フリッツさんは、大してズレていないのにまた眼鏡を上げた。
「きみは大佐のご要望があれば、それに応じて本も朗読するのだ。それが、朗読員たるきみの仕事なのだよ。分かったかね?」
「はい。分かりました」
「したがって、新聞を読み終えれば、すぐに帰れると思ってもらっては困る。大佐の気が済むまでお相手するのだ。まぁ、新聞自体もこの町の新聞だけではなく、都市部のものまであるから、それだけでも時間はかかる。いいかね? 新聞の朗読は昼のお食事までには必ず終えるのだ。新聞の把握だけで、大佐の機嫌を損ねるなどあってはならない。いいかね? これは、最低条件だ」
「分りました。気をつけます。あの、まだ大佐のところには行かなくていいんですか?」
フリッツさんは、胸のポケットから銀色のきれいな懐中時計を取り出して、時間を見た。
「う、うむ。私としたことが少々しゃべり過ぎてしまったようだな。大佐の部屋は昨日行ったからわかるな? 急ぎたまえ、大佐を待たせるなどあってはならない」
ケリーは「だれのせいだ」と思いながら、フリッツさんの脇を通って玄関まで駆けて行った。すれ違うとき、フリッツさんから香水のきついにおいがして、ケリーは顔をしかめた。
扉を開け、ケリーは階段を一段飛ばしで上って、大佐の部屋まで走った。
部屋の扉の前で、息を整え、深呼吸した。心の中で大丈夫だと繰り返し言い聞かせながら、ノックをして扉を開けた。
「おそくなってすいません! 今日から朗読員になったケリーです。よろしくお願いします」
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