第8話
お父さんからもらったこの銛で、大佐を刺してお父さんの仇討ちをするつもりだったのだ。
掲示板で仕事の広告を見たときから、ずっと心に決めていた。いや、大佐がこの町に来てから、いつか仇を取ろうと思っていた。
戦争で大佐がいなければ、お父さんは死なずに済んだかもしれないと、ケリーはずっと考えていたのだ。やっと舞い込んできたチャンスなのに、とうとう何もできずに帰ってしまった。
足が、手が、頭が、あのとき殺そうとしてくれなかった。もし、選考会に落ちていたら、二度とこんなチャンスはないかもしれないのに。
「くそっ、いざとなったら何もできないなんて! あぁ、神様。どうか僕が選考会に受かっていますように。もう一度、僕に大佐を殺す機会をあたえてください!」
ケリーは空を見上げると、銛を握ったまま手を組んで祈った。
「そうだ、万が一選考会に落ちていても、町の視察のときとか、やろうと思えばチャンスはあるしれない。あせったらダメなんだ。今回は、きっと神様がまだ早いって言っただけなんだ」
ケリーは、必死で自分に言い聞かせた。でないと、本当に泣いてしまいそうだった。ケリーは、銛を布で巻いて、ポケットにしまった。
「そうだ、そうに決まってる。まだ、落ちたってきまったわけじゃないし。きっと、神様が僕のおねがいを聞いてくださるはずだ。よし。ジャックと遊んで、気分を変えるぞ!」
ケリーは、深呼吸して顔を上げた。
「おーい、おまたせ」
ちょうどそのとき、お店からジャックが走って飛び出してきた。
「ごめんよ。オレの話聞いたら、パパもママも、うれしくて、騒ぎ出しちゃってさ。さてと、どこに行こうか?」
ジャックが息を切らしながら言った。
「そうだね。町の中は大人たちがうるさいから、海で釣りでもしない?」
「いいな! じゃあ、また漁師のおっさんに竿をかりようぜ」
二人は、騒がしい町を背に、海に向かって走り出した。
「それでね、エミリーったら、おじさんにカンカンに怒られたみたいでね。帰りに寄ったら、晩ごはん抜きどころか外出禁止になって、屋根裏に閉じ込められてるんだって!」
夜、晩ごはんのシチューを食べながら、ケリーは今日のことをお母さんに話していた。
お母さんは、一日中ケリーの心配をしていたらしく、帰るなり「怪我はない?」「なにもなかったわよね?」と、ケリーに駆け寄ってきた。でも、今は安心したようで、ケリーの話を笑いながら聞いていた。
「あらあら、エミリーちゃんも大変ね。変装して選考会に行ったのはすごいけど、お店のものを勝手に持ち出しちゃうのは、いけないわね」
「うん。しかも、エミリーが着てた服はお客さんから予約が入ってた、高い服だったんだって」
「あら、そうなの? なら、今回エミリーちゃんが外に出られるのは、ずいぶん先になりそうね」
エミリーがなにかやって外出禁止になることは、前から何度もあったから、お母さんも驚かなかった。
お母さんと笑いながら食べる晩ごはんが、ケリーはなによりも好きだった。具は少ないけど、お母さんのシチューはあったかくて美味しくて、ケリーの大好物だった。少し落ち込んでいたケリーも、ジャックと遊んで、お母さんと晩ごはんが食べられて、すっかり元気になっていた。
「ごめんください」
ケリーのシチューがあと少しになったとき、玄関から扉を叩く音と、男の人の低い声が聞こえた。
「誰かしら? こんな時間に」
お母さんは、首をかしげて玄関の扉を開けに向かった。
「はい、どなたでしょうか?」
お母さんが扉を開けると、見たことのある服装の男の人が立っていた。ケリーが今日、何度も見た服装だった。
「軍の者です。今朝行われた選考会の結果をお伝えに来ました。ケリーくんという男の子は、こちらのお宅で間違いありませんね?」
ケリーは思わず椅子から飛び降りて、お母さんの後ろに立った。
「は、はい。そうですが」
ケリーには、お母さんが小さく震えているのが分かった。
「こんばんは。きみがケリーくんかな?」
軍の人は、後ろにいたケリーに気がついて少しだけ笑って声をかけた。
でも、ケリーは真っ暗な夜を背にしたこの人が、なんだか怖く感じた。笑顔も不気味に思えて、お母さんのスカートをギュッと握った。
「今日の選考会、大佐の審査の結果、きみが合格となった。おめでとう」
軍の人が言い終わると、お母さんはハッと手で口を塞いだ。ケリーはさらに強く、スカートを握った。
「ありがとうございます。うれしいです」
ケリーは精一杯、笑って答えた。
「うむ。では、正式に通達する。ケリーくん。ただいまを以って、きみを大佐直属の朗読員として任命する! きみの仕事は、大佐に新聞および本を朗読し、お聞かせすることだ。よって、明日の朝より大佐宅へ赴き、大佐の前で朗読をすること! 給料は、その月の終わりに支払う。何か質問はあるか」
軍の人は、右手で敬礼したまま家中に響く声で言った。
「いいえ、ありません」
ケリーは、軍の人の目をまっすぐ見つめて答えた。
お母さんは、震えたまま、何も言えずに黙ったままだった。
「よろしい。きみの活躍を期待している。では、私はこれで失礼する。食事の邪魔をしてしまって、申し訳ない」
軍の人はまた敬礼して、明かりで足元を照らしながら夜の中に消えていった。
「あぁ、ケリー。ほ、本当に決まっちゃったわね。本当のことを言うと、お母さんとっても心配よ? でも、あなたが頑張って得た仕事ですもの。お母さんも応援するわ。おめでとう、ケリー」
軍の人が見えなくなると、扉を閉めたお母さんは、ケリーを力強く抱きしめた。
ケリーは、こんなに力いっぱいお母さんに抱きしめられたのは初めてだった。力が強すぎて、体が痛かった。
「お、おかあさん。いたいよ」
「あ! ご、ごめんなさい」
お母さんはハッとしてケリーを離した。でもすぐに、今度はケリーの方からお母さんに思いっきり抱きついた。
「ありがとう、おかあさん。心配かけちゃってごめんなさい。でも、僕がんばるから。一生懸命、がんばるから」
ケリーは、お母さんの胸に顔をうずめて言った。お母さんも、ケリーのことを今度は優しく抱きしめて、頭を撫でた。
お母さんが涙を流していたことを、顔をうずめていたケリーは知らなかった。
ケリーとお母さんは、その夜久しぶりに一緒に寝た。お母さんは暖かくて優しくて、ケリーはぐっすりと寝ることが出来た。
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