第4話

「零音」


 それは、1月中旬の放課後、一段と寒い風の吹く夕方だった。

 いつも通り体育館で自主練をしていた私に、誰かがふとそんな声を掛けた。振り返ってみると、そこにあったのは明るい茶髪と片耳ピアスが特徴の男の姿。

 ...確か、高等部の先輩だった気がする。高等部の練習に交ざった時に、何度か見掛けた覚えがある。

「...何ですか」

「ちょっと良い?別に時間かかる事でも無いし...」

「...」

 訝しげに眉を顰める私と、何も言わずこちらに近づいて来る男。やがて、私が警戒している事に気付いたのか、彼は

「俺は桐崎きりさきあおい。高等部一年で、男バスの副主将のPG」

 と名乗った。

「...初めまして、御厨零音です。...ポジションはSF」

「知ってる。つか、寧ろ零音を知らない奴なんて桜楼にいねえだろ。鳴り物入りでこの桜楼バスケ部に入部した、中等部随一の天才プレーヤーなんだから」

 天才、という桐崎さんの言葉に、私の眉はピクリと動いた。...かつて、悠也君と一緒にいた時に貼られたレッテル。そして、一人になった私を締め付ける言葉。

 ...何故だろう。不意に、瞼の裏に懐かしい『彼』の姿が蘇った。

 微かに顔を歪めた私を見据えると、桐崎さんは

「あのさ、ずっと言いたかったんだけど」

 とおもむろに口を開く。

「さっきも言った通り、零音は桜楼中に名前が知れてる訳。外部入学でバスケ部に入った奴らも、入部早々口を開くのは零音の事だしな。...俺も、昨年ここに来たばっかの時は件の天才・御厨零音に興味があった。んで、気になって中等部の練習風景を見てみたら...」


「そこで見た黒髪の天才SFに、惚れちまった訳だ」



「だから...」






「御厨零音。俺と...付き合って下さい」




「...はい」




 口が、勝手に動いた。

 桐崎さんの事なんて知らない癖に。

 好きでも無い癖に。

 でも...後悔は、していなかった。


 誰かの温もりが欲しかったから。

 誰かに隣にいて欲しかったから。



 ...正直な所、当時の私は自分の気持ちなんてどうでも良かった。





 ただ、心にぽっかりと空いたままの、空虚な穴を埋めたかっただけ。

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