第2話
「久しぶり、
午後四時半、本来ならオフ日で開いていないはずの、木曜日の剣道場。微かに籠る熱気を逃がそうと窓に手を掛けた私を呼び止めたのは、どこか柔らかな男の声だった。声の主である黒髪の青年は、ふわりと優しい笑みを浮かべると、
「ごめんね、今日は本当はオフ日のはずだったのに」
と、申し訳なさそうに手を合わせる。
見慣れない黒ジャージの右腕には、『Kaito・Y』という金の刺繍が入っているのが見えた。
「夜桜先輩……お久しぶりです。雅音先輩なら、今部室で荷物をまとめてらっしゃるはずです」
「…そっか。雅音も、もう部活引退だもんね。夢咲ちゃん、今まで有難う。雅音ともども、僕からも礼を言うよ」
「…魁斗、何でうっとこのマネージャー口説いとるん?あかんで、
突如聞こえてきた京都弁に思わず目を向けると、拗ねたように唇を尖らせる、艶やかなロングヘアの女子生徒の姿が見えた。ジャージの背中に『
「確かにうちはもう引退やけど、一葉は絶対に譲らへんからな!」
と、背後から私の首に手を回す。
…元・剣道部主将、
「はいはい、分かったから。別に勧誘とかじゃないよ。マネージャーだったら弓道部にも二人いるしね?」
「んなっ…何や、魁斗のアホォ!剣道部のマネージャーが一人しかいーへんからって馬鹿にするんちゃうで!一葉の敏腕さ言うたらな、桜楼のマネージャーの中でも三本指に入るくらいやで!」
「分かってるって。そのおかげで雅音は全国大会に出場出来たもんね。…ほら雅音、早く帰るよ。夢咲ちゃんの折角のオフ日を僕達が潰す訳にもいかないでしょ」
「…そうやけど……。…一葉、短いあいさやったけど、うちらの事サポートしてくれておおきにな。今年皆で達成した全国出場な…あれ、一葉のおかげ言うても過言ちゃうで。…うちら三年はもう引退やけど、残った一、二年の手綱、一葉が握ったってや?」
「……はい」
こちらこそ有難うございました、と深く頭を下げると、気にせんといて、という声と入れ違うように聞こえて来る二人分の足音。黒い地に白く刻まれた『桜楼弓道部』と『桜楼剣道部』の文字は、やがて階段に差しかかって私の視界から消える。
…雅音先輩は、荒々しさとしなやかさを兼ね備えた剣道で、全国の猛者達を次々と撃破して来た実力者だ。真っ直ぐに伸ばされた髪に人懐っこいアーモンド型の瞳と、学園屈指の美人でありながら、試合中の表情には鬼気迫るものがあり、そのギャップに驚く人も決して少なくは無い。
……そういえば、雅音先輩の恋人である夜桜先輩も、弓を持つと豹変すると風の噂で聞いた事がある。二人は、ただ美男美女なだけではなくて、そういった類似点があるからこそお似合いなのかもしれない。
…それなのに。
学園中が、二人を認めているのに。
雅音先輩には、夜桜先輩しか有り得ないのに。
貴方は…。
かつての『策略家』は、戻って来てくれないのですか?
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