先読みの巫女

 土御門家本邸の真下には、巨大な鍾乳洞が存在する。自然の采配によって枝分かれした鍾乳洞の形に合わせて大小の部屋が調えられ、その内のひとつ、霊言の間と称される部屋では年端のいかない少女が眠っていた。少女の名は土御門玲奈といい、先読みの巫女と呼ばれる。

 少女一人のためにしてはあまりにも大きなベッドの中央で、玲奈は胸の前で両手を組み合わせて目を閉じている。およそ不快に思える要素などどこにもないというのに、彼女の表情は穏やかではない。結ばれた唇の隙間からは苦しそうに吐息が零れ、額には大粒の汗が滲む。

「うぁ……ああっ」

 玲奈が呻き声を上げた直後のこと、彼女の腕は独りでに持ち上がり、枕元に置かれた筆を執った。目に見えない何かが彼女の手を操っているかのように。玲奈は確かに眠ったままだったけれど、その腕は流麗な動きで筆を走らせ、文字をしたためていく。

 異様な光景はさほど長くは続かず、玲奈の手は筆を取りこぼす。そして、彼女は目を覚ました。視界の焦点を合わそうとしているのか瞬きを何度も繰り返し、ぼんやりとした手付きで枕元の紙を手繰り寄せる。精緻に書き並べられた文字群を読み解くにつれ、彼女の眼差しは剣呑なものへと変わっていく。

「宗絃様に知らせないと……」

 起きたばかりの覚束ない足取りでベッドから脱け出て、玲奈は宗絃の元へと急ぐ。

 彼女が先読みの巫女と称される所以である、予知夢を記した紙を握り締め。

 玲奈の報せを受けた土御門宗絃は大変な名誉を拝したかのように瞑目して、感激を噛み締めた。その眉目は血気の高ぶりを表して赤く染められ、報せを握る手は微かに震えていた。

「よくぞやってくれた、玲奈」

 賛辞を受けた玲奈は恭しく目を伏せ、迷うように、宗絃へと言葉を切り出す。

「夢の中で……神楽の傍に男がいました。黒髪の青年です」

「それがどうした?」

「あの男は――」

 玲奈の声に躊躇いが混じる。先読みの巫女として仕える玲奈の役目は土御門家の未来を先んじることであり、換言すれば、玲奈の言葉が土御門家の歩むべき道を定めることになる。

 迂闊なことを口走れば、関係のない人間を巻き込むこともある。

「あの男には……よくない気配を感じ取りました。我らの躓き石となりかねません」

 されど、玲奈が夢中で懐いた男への感情は、口を動かすには十分すぎるものがあった。

「わたくしの力ではその男を特定するには及びませんが、お耳に入れた方がよろしいかと」

「構わん、見当は付いておる。お前はもう下がれ」

 宗絃の言葉に従い、玲奈は退室する。

 彼女がすべきことは未来を詠むことだけであり、未来と向き合うのは別の人間の役目だ。

 宗絃だけが残された部屋へと、玲奈と入れ替わりに土御門宗二が現れる。

「いかがいたしましょうか、宗絃様」

「志郎を呼び戻せ。まずは、躓き石を排さなければならないだろう」

「承知しました」

 踵を返した宗二の背中から目を逸らし、宗絃は煙管に火を点ける。眉目に皺を寄せながら紫煙を吐き流し、彼は呻くように呟いた。

「やはり、土御門に染まり切ることはできなんだか」

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