第3話

 …一年前。丁度、今の三年生が主力になった頃。

 当時、B立の大前を務めていた俺は、桜楼弓道部の名に耽溺しきり、毎日を何となく過ごしていた。…例えるならば、俺は、濁流の中の魚だった。「強く泳ぐ」なんて言われても、結局は腐敗した中で流されていて。


「泪衣君は本当に凄いね!」

「さすが次期主将!」


 そんな、周りからの名声に溺れて。

 何の意味も無い、堕落した日々を過ごして。

 今考えると、俺は、そんな浮ついた気持ちで『古豪』の名を背負っていたんだと思う。

 でも…地区新人のあの日、射場で『あの声』を聞いてから、俺の景色はガラリと色を変えた。



『お兄ちゃん、頑張って!』



 それは、鈴の如く澄んだ少女の声だった。幾多の強豪ひしめく弓道場で、その声ははっきりと俺の耳に届いた。

 あれは誰の声だったんだろう、と考えた事もあった。それまで堕落していた俺を、腐敗した日常から救い出してくれた声。

 そして…あの、鈴の音のような優しい声に、いつの間にか俺は恋に落ちていて。

 声の持ち主を考える度に思い浮かぶのは、何故か黒髪の前主将の姿だった。

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