第4話

「架音先輩、次の小説で弓道部を取り上げたいんですけど、近々取材に行って良いですか?」

「ああ、良いよ。何なら今日来るか?今日は普通に活動日だし、顧問に話つけとくぞ」

「あ、良いんですか?…分かりました。弓道部に差し支えが無いのなら、今日の放課後に伺います」

「おう、待ってるから」

 魅音ちゃんに似た瞳が笑いを湛えるのを見届けて、私は小さく一礼を返した。

 今年で三年生になる架音先輩は、弓道部の副主将を務めているらしく、実力も主将に次いで部内二番目だとか…。昨年の新人戦ではA立を務め、県大会でもなかなかの好成績を収めたらしい。

 …次の地区総体が、最後。いつか、架音先輩が笑いながら言っていた事を思い出す。負けたら終わってしまうのに…架音先輩の笑顔は、見慣れた屈託の無いもので。

 …心の中で、彼はどれ程の恐怖を抱いているのだろう。

 ギュ、と腕の中のルーズリーフを強く抱き締めた。





 そして、訪れた放課後。

「…誰だテメエ」

 弓道場に近づくと、突然唸り声のように低い声が私の鼓膜を震わせた。目を向けると、そこにいたのは、鋭くこちらを睨み付ける学ラン姿の男子生徒。

「…お前、弓道部の奴じゃねえな。用が無いなら今すぐ帰れ。部外者は来んじゃねえ」

「え…えっと……」

「おい魁斗!何してんだよ!」

 バタバタという慌ただしい足音の直後、現れた架音先輩が、私の眼前の青年を怒鳴りつけた。その直後、魁斗と呼ばれた緩い黒髪の青年は、小さく溜め息を吐いて

「…はいはい。分かったよ、架音。それにしても、二年生が来るなんて珍しいね。入部希望者?」

と柔らかく笑う。

「違います。えっと…文芸部に所属する天宮茜音です。次の小説の取材に来ました」

「俺の中学の後輩なんだ。魅音と同じバスケ部だったけど、桜楼に来てからは文芸部に進んでる」

「…そっか。だから架音と知り合いだったんだね。僕は夜桜魁斗よざくらかいと。弓道部の主将を務めてて、架音とは隣のクラスかな。中学の時はバスケ部で、成瀬ちゃんみたいにPGだったよ」

「んで、今は剣道部主将の神楽雅音かぐらまさねって奴と付き合ってる。茜音も知ってるだろ?ほら、京都弁の髪長い三年。…つか魁斗、お前生徒会長なのに何で彼女は無所属なんだよ。いっそアイツも生徒会に誘ったら良いじゃん。いっつも『人手足りない』とかぼやいてるくせに」

「そんな訳にはいかないよ。雅音も剣道部の仕事で手一杯だからね。それに、桜楼の生徒会は会内恋愛禁止だし」

 柔らかく笑った夜桜先輩は、「あ、取材だったんだよね。どうぞ」と弓道場へと手で促す。

「魁斗、後は茜音の事宜しく。俺顧問のトコ行って来るから」

「ん、おっけ」

 軽く手を上げ、セミナーハウスの方へと走って行く架音先輩。

改めて夜桜先輩に一礼すると、ふと「天宮ちゃん」と柔らかい声が掛けられた。

「…夜桜先輩?どうかしました?」

「…唐突なんだけどさ、天宮ちゃんの眼鏡って度が入ってる訳じゃないよね。噂で聞いたんだけど、目は悪くないんでしょ?」

「あ…はい。これは単純にブルーライトカットなんです。部室ではいつもパソコンを弄ってるので…。…と言っても、本気を出したい時は外しますけど」

「そっか」

「…でも夜桜先輩、何でいきなり眼鏡の事なんて…?」

「ん?ああ、天宮ちゃんの眼鏡が剣道部MGの眼鏡と似てたからね。彼女も天宮ちゃんも同じ赤フレームだから、気になっただけ」

 興味本位だよ、と悪戯っぽく笑う夜桜先輩。その笑顔から裏なんて読み取れなくて、私は彼に曖昧な微笑みを返した。





「あ…紫織ちゃん!」

 弓道場への訪問の数日前。人混みの中に緩やかな黒髪を見つけた私は、彼女の名を呼んだ。

 夜桜紫織よざくらしおりちゃん。女バスのエースや陸上部MGと共に名を馳せる『一年三大美人』の一人で……弓道部主将と生徒会長を務める夜桜先輩の妹。

「!?…えっと……?」

「あ…ごめん、私の事知らないよね。私は…」

「…知ってるよ。文芸部の、次の部長って言われてる天宮茜音ちゃんでしょ。お兄ちゃんから『小説面白いよ』って教えてもらったから」

 紫織ちゃんはふわりと微笑んだけど、私の背筋はゾクリと凍りついた。…何故、夜桜先輩は『私』の事を知っているのだろうか。

 浮かべた笑顔にぎこちなさを感じながら、私は「ねえ紫織ちゃん、架音先輩知らないかな?弓道部副主将の、成瀬架音先輩なんだけど」と問うた。

「成瀬君?…さっき、職員室前で荒木君と話してたよ。夏代君もお兄ちゃんの事探してたし、引継ぎの事なんじゃないかなあ」


 がつん、と頭を殴られたようだった。

 引継ぎ。それは、自動的に三年生の引退も示している。

 架音先輩が射場に立てるのも、きっと残り僅か。

「…?天宮ちゃん?」

 私の顔を心配げに覗き込む紫織ちゃんに、私はぎこちない笑みを返した。



 …三年生の引退なんて、分かっていたはずなのに。

 認めたくなくて、きっと逃げていただけ。




(…そうだ。次の小説は弓道を書こう)

 これが、最後だから。

 もう、『二度と』なんて無くなるから。




 射場に立つ貴方の姿を、最後に私に描かせて下さい。

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