第3話
…それは、まだ私達が中学生だった頃。
「茜音!」
交錯する視線。
反響する地響きとスキール音。
空を裂いて行き交うボール。
…そして、跳び上がる少女と揺れるゴールネット。
魅音ちゃんと同じ中学校だった私は、当時は彼女と同じバスケ部に所属していた。特に上手い訳でもなかったけど、姉のように慕っていた魅音ちゃんと一緒だったから楽しくて。
…丁度、中体連も間近に迫った二年の五月だったと思う。それまで名前も知らなかった彼と、初めて邂逅を果たしたのは。
「魅音ちゃん!」
ミニゲームの最中、それまでコートを駆けていた魅音ちゃんが、突如倒れてしまった。
黒いボブショートが真っ白な顔に張り付き、弱々しく呼吸する姿は、いつもの元気な面影を留めていなくて。
…魅音ちゃんは、そのまま保健室に運ばれて行ったけど、暫くして顧問が「茜音、魅音の様子見に行ってあげて」と切羽詰まった表情で私を呼び止めた。
その表情が何を物語っているのか分かった気がして、私は何も言わずに体育館を飛び出した。
「失礼します!」
保健室の扉を開けると、そこにいたのは、ぐったりとベッドに横になる魅音ちゃんと、そんな彼女を見つめる短髪の少年だった。物音に気付いた彼は、ふとこちらを振り向くと「お前は…?」と訝しげに眉根を寄せる。
「女バスSGの天宮茜音です。…魅音ちゃん、大丈夫ですか?」
「養護教諭から話は聞いてる。魅音なら軽い貧血起こしただけだ。俺は
その人は、魅音ちゃんによく似た瞳でくしゃりと笑った。
「そうなんですか?良かったです…。…それより、架音先輩は部活に出なくて大丈夫なんですか?」
「ああ。顧問公認でここに来てるからな。さっきまで普通に部活してたら、顧問が血相変えて走って来たんだよ。そんで話聞いてみたら、魅音が部活中にぶっ倒れたっていうじゃねーか。…軽い貧血だったから良かったけど、体調悪いなら無理すんなっつの」
「…魅音ちゃん、具合悪そうな素振りは全然見せてなかったんです。だから皆でミニゲームしてたんですけど…」
「無理しすぎなんだよ、コイツは。他人の事を思いやりすぎて、いっつも自分を後回しにして…。『自分なんてどうなっても良い』とか思ってるんだろーけどよ、もっと自分を大切にしろってな」
架音先輩は、呆れたようにも見える表情で魅音ちゃんの額をぺチンと叩いた。綺麗に切り揃えられたボブショートが、突然の衝撃にはらりと耳から落ちる。
心なしか、魅音ちゃんの表情も和らいだように見えた。
そして、三年生に上がって少しして、背中を追い続けた双子が桜楼学園に進んだと風の噂で聞いた。
変わらずバスケ部を選んだ魅音ちゃんと、それとは反対に弓道部に入部した架音先輩。それぞれの道を選んだ彼らの姿は、相変わらず私の憧れで。
…だからかもしれない。二人の後を追って桜楼に入学した私が、バスケも弓道も選ばず文芸部に入部したのは。
「茜音ちゃん、ペンネーム何にする?」
「…そうですね。じゃあ…『LiaR』で」
…二人の事は、見ているだけで良い。二人がそれぞれの道を歩むのなら、私は陰で応援するだけで良いから。
そんな意味を込めて、私は『LiaR』と名乗る事を決めた。本心なんて全て隠して、『理想』にすぎない物語を書けば良い。
…淡く花開いた私の恋心なんて、どうせ仮初めに過ぎないのだから。
そして…それから間もなくして、初作品を発表した『LiaR』は華々しくデビューを飾る事となった。
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