第2話

 無機質な画面に羅列されて行く文字を目で追いながら、私は小さく息を零した。

 打ち込まれ、変換され、初めて意味を成す言葉達。単体では見向きもされない文字達も、書き手の技量によっては読者の心を動かすものとなる。

 ディスプレイを睨んだままの私に、それまで課題に取り組んでいたはずの部長が

天宮そらみや〜」

 とふと声を掛けた。

「部誌も出来たし、発行は来週にするから。他の部員にも伝えといて〜。あと感想用紙の印刷も宜しく」

「面倒臭いですね。そのくらい自分でやって下さいよ。まあ、部長である秋瀬あきせ飛汰ひなた先輩が購買の限定モンブラン買ってくれるって言うなら、やらない事も無いですけど」

「...分かった。買う。買うから」

「了解です〜」

 がっくりと項垂れる秋瀬先輩を横目に、私はそれまで取り外していた赤フレームを装着し直した。

 私立・桜楼おうろう学園の西棟、文芸部室にて。部誌の発行とその日時、二つの重要な報告を控えておきながら、この部長は今日までその事を忘れていて...今に至る。

「だってさ、仕方ないじゃん!?俺だって受験勉強したいの!大学行きたいの!数学勉強したいの!」

「それとこれとは別ですよね。っていうか、それ去年から言ってませんでした?せめて地区総体が終わるまではちゃんとして下さい。部長の自覚無さすぎです」

 私の指摘に先輩が言葉を詰まらせると、私は「...よし、完成」とエンターキーをタンッと叩いた。画面に連なった文字の中、一際目を引くのは『LiaR』という四つのアルファベット。

「新作?っていうかさ、お前の小説って読者からの評判凄いし、もう次の部長ってお前で良くね?」

「...そうですね、一応考えておきます。今の部長より良い文芸部を作る自信はありますし」

 いじける部長を横目に見ながら、私は「ちょっと散歩行って来ます」と断って部室から出て行く。薫る風と吹奏楽の音色に導かれて辿り着いたのは、部室棟の近く、西棟外れのテラス。

 ...そして、弓道場がはっきりと見える場所。

「「「ヨシッ!!!」」」

 澄んだ弦音と的を穿つ矢、そして、射場で息を吐く、弓を持ったままの短髪の青年。

 ...次の小説に弓道を選んで、正解だったかもしれない。

 引退を間近に控えた彼の...射場に立つ姿を描く事が出来るのだから。

「あれ、茜音あかねじゃん。部活どうしたの?」

 突然の声にふと振り向くと、バスケットボールを持った小柄な少女が「えへへ」と無邪気に笑っていた。黒いTシャツとバスパン姿の彼女は、「あ、ここ弓道場見えるもんね」とショートボブを揺らして私の隣に歩いて来る。

「魅音ちゃん、今日オフ日じゃなかったの?自主練?」

「そう!あと二週間もすれば地区総体だからね。私達には最後だから、しっかり練習して臨まないと」

 私の問いに嬉しげに答えると、彼女は楽しそうにカラカラと笑った。

 成瀬なるせ魅音みおんちゃん。この桜楼学園の生徒会副会長を務めていて...強豪として名を馳せる、女子バスケ部の主将。

「そういえば、茜音は小説どう?順調?」

「それがね、今回の部誌に間に合ったの。弓道部が出て来るから、描写とか間違えたくなくて」

「...そっか。三年の引退も近いもんね。バスケ部は夏休みまで誰も抜けないけど、他は大体地区総体を境に引退し出すからなあ...。...そっか、もうそのくらいになるんだね...。



 期待してるよ...『LiaR』」








 魅音ちゃんの言葉に、私はフッと唇を歪めた。

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