第5話
「あ、魁斗ぉ!部活動お疲れさんどす。剣道部終わってもーたから迎えに来たで」
「弓道部も終わった所だよ。後から紫織も来るはずだから、久しぶりに三人で帰ろっか」
回想に耽っていた私は、ふと聞こえて来た明るい京都弁でハッと我に返った。テラスの下を覗いて見ると、緩い癖毛と艶やかなストレート、二つの対称的な黒髪の男女が楽しげに話す姿が目に入る。
…ふと隣の少女を見やると、黒いボブショートの奥で形の良い唇が噛み締められているのが見えた。思いつめたように揺れる瞳は、『桜楼剣道部』の文字を背負った京都弁を捉えているように見えて…。
「魅音ちゃん、もしかして…夜桜先輩の事が好きなの?」
「…………」
「…そうだったの……?…魅音ちゃん、副会長だよね?…桜楼の生徒会って、確か会内恋愛禁止なんでしょ…?それに……」
「…分かってるよ。桜楼の生徒会が会内恋愛禁止って事くらい。それに…魁斗君には雅音っていう可愛い彼女がいるんだもん。…茜音にはまだ言ってなかったね。雅音と私達はね、親同士が幼馴染だったんだ。私達の名前に『音』が入ってるのも、そういう理由」
ふと小さく息を吐くと、魅音ちゃんは一瞬唇を噛んでゆっくりと口を開いた。
「…雅音はね、実家が京都屈指の名家なんだ。舞妓の一族だったかな?その跡取り姉妹の妹でさ…。小さい頃から華道とか茶道、舞踊って掛け持ちしてたんだけど、剣道だけは自分の意思で始めたんだって。今でもよく覚えてるよ。『自分の身は自分で守りたいんよ』って、幼ながらに言った雅音の目…。…雅音は強い子だよ。厳格な家庭にも、厳しい鍛錬にも耐えて、自分の力で今の実力を勝ち取ったんだから。だから…私は良いんだ。茜音の言う通り、私は魁斗君が好きだけど…それよりも二人には幸せになってほしいから」
フッと息を吐くと、魅音ちゃんはふと視線を下へと落とした。私もつられて目を移すと、
「なあなあ、魁斗ぉ!今年な、剣道部に敏腕なマネージャー入ってん!
「へえ。そういえば、弓道部も一人マネージャーが入ったよ。怜那が上手く勧誘してくれたみたいでね」
向日葵のように咲いた大輪の笑顔と、月夜の徒桜のように静かな微笑。楽しげな二人の後ろ姿を見つめたまま、魅音ちゃんは寂しげに笑った。
「馬鹿だよね。雅音に嫉妬した所で、今更何かが変わる訳じゃないのに。…雅音ね、魁斗君と付き合ってから明るくなったんだ。昔は大人しかったのに、今では別人みたいに人懐っこくなって…。やっぱり、私の出る幕なんて無いんだ。魁斗君と幸せになれるのは、雅音しかいないから。だから…茜音は幸せになってね。茜音も架音も魁斗君も雅音も、私はみんなが笑っててくれたら良いの」
私なんてどうなっても良いんだから、と魅音ちゃんは屈託無く笑った。…でも、見慣れたはずのその笑顔も、今は悲痛なものにしか見えなくて。
初夏を告げる薫風が、彼女の黒髪を少しだけ揺らした。
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