ある日の少女と違和感

藍夏

ある日の少女と違和感






カーテン越しの優しい煌めきを持つ陽射しが彼女を包む。夏盛りなのに、クーラーがうっすらとしか効いていない部屋の中で、カーディガンを一人羽織っている。顔はほんのり桃色を滲ませ、うなじに髪の毛がくっついている。白い肌に黒い線がハッキリと存在する。

パタパタ軽く坂野さんが走ってきた。

「ねぇねぇ、北澤くん。あの子、寒いのかな?聞いてみる?」

「あ、ああ、そうだな。」

そう空返事を返す。

俺は確かに一目惚れをしてしまった。だが、これに恋愛の意味は含まれていない。高校生との恋は憧れるが、残念ながらそんな想いは湧き出て来なかった。これは、漫画や小説の中の少女や女性に湧く想いと似ていた。


午前十時。大学の大会議室。今日は大学のオープンキャンパスもどきのようなものだ。学生が企画する、大学案内みたいなもの。○○大学学生企画会が主体となっている。本音、俺のキャラではないが、高校時代の同級生から誘われて断れずに今ここにいる。最低限の活動は参加しているから、何も言われない。俺を誘った張本人はもはや今となっては俺とほとんど話さない。女子と仲良さそうに遊び呆けた挙句、今、この会の幽霊状態だ。今日も合コンがあるとか言って、いない。

その大学案内は高校生対象としている。まぁ公式ではないから、県内の暇な高校生が来るのだろう。そう思っていた。

実際、参加者は三十人くらいだった。ほとんどが一年生。制服は沢山の種類があったから、特に固まっている訳では無さそうだ。どちらかというと、静かだから、きっと、優等生というタイプの子が多そうだった。


そして、話は初めに戻る。その中にあの少女がいた。彼女はひとつに髪を緩い三つ編みにして、肩から流していた。所謂横結びというものの三つ編みバージョンみたいなもの。そして、異様な程の白い肌。顔立ちは特別可愛い訳ではなく、普通な子だった。それでもどこか整った感じだった。制服はきちんと着ていて、ネクタイは一番上まで上げていた。スカートは程よいくらいの長さ。The優等生な感じだった。

「おいって。北澤ぁ。ずっとあの子見てんじゃねぇか。もしかして、あの子を……。何かする気があんのか?」

そう言って片岡が笑う。

「なわけないだろ。年下には興味ねぇよ。」

そう適当に返す。すると片岡は「そっかぁ。残念だなぁ。」と言ったかと思うと、「坂野ちゃん。これ終わったら暇?」とケラケラ笑いながら坂野さんの方に歩いていく。坂野さんは苦笑いして、「地元に彼氏がいるんで。」と言う。


「……えぇっと、これからは班を適当に作りましょうか。そして、班ごとに歩きましょう。」

司会の渡部さんが言った。

「質問でーす。班ってどうします?」

そう片岡が呑気そうに手を挙げて聞く。渡部さんは少し考えて、「大学生が一つの班に一人いればいいから、今ある机に大学生が一人ずつ座って、高校生は適当に好きなとこに座ってって感じにしよっかな。」と言った。片岡はすかさず、「俺、一人やだからな。高校生の女の子、ウェルカムだよ?」と言った。

そういや、あの子はどこに行くのだろうか。なんとなく、喋ってみたいなとか思っていたけど、彼女にしか選択件がないから無理かなとか思って、壁に目を向ける。彼女に目を向けたら、なんか寂しそうに見えそうな気がした。

想定はしていたが、俺のところにはあんまり人は集まらなかった。男子の二人組と女子の二人組が来ただけだった。

「北澤くん。あの……せめてあと一人くらいはお願いしたいけど……。適当に片岡くんのとこから引っ張ってくる?」

と渡部さんが言った。

「俺はこれでいいけど……。」

「いや……片岡くん、任せられなさそうだし……。片岡くんのハーレムはあんまいい眺めじゃないから。」

そう言って渡部さんは笑った。

「えっと、片岡くんの班の女の子の中で、北澤くんのとこ行っても言いよって子いる?いたら移って欲しいなぁ。」

そう渡部さんは言った。小さなざわめきが起こった。女子は比較的グループで固まっているから尚更難しそうな感じがする。

そんな中、一人立ち上がってこっちに来る子がいた。彼女だった。片岡の方をちらっと見る。片岡は何も言わなかったが、すごくニャニャしていた。

「私で良ければ移動したいのですが……。」そう言って、彼女は僕に微笑んだ。


「……ここが売店で、大抵ここに授業中もこもって遊ぶ人もいますよ。ちなみにここにある食堂は安くて美味しいから、今度の学園祭で食べるのもいいかもっすね。」

そうありきたりなことをいう。最初からいた二人組は二人ずつで喋っていた。彼女は一人僕の後ろで静かに歩いていた。白い陽射しが彼女に反射する。

「やっほぉ!北澤くんじゃん!!君んとこが最後の写真の班だよね?」

そう言って、長澤さんが手を振る。

「うん。」

そう言うと長澤さんは微笑んで、「やっと私も高校生と喋れるぅ!」とかいって笑った。

「ところで北澤くん。この子達の名前、聞いた?」

俺はこういう所で抜けてるんだよなぁ、とか思って頭をかく。

「……やっぱり?北澤くん、しっかりしなきゃぁ!」

そう言って笑った。

そして、俺は彼女の名前を知った。彼女は近くの高校の一年で桜庭奈々と言うらしい。

「私、前の男女の二人組の子相手するから、桜庭さんのこと、相手してやって!北澤くん、あの輪の中で喋るの苦手そうだから。」

そう言って「ねぇねぇ、君たちは、なんか知りたいことあるぅ?」とか言った。


「北澤さんでしたっけ?」

そう桜庭さんは口を開いた。

「そうだよ。」

そう言う。

「北澤さんって、どこの学部なんですか?」

「俺は理学部の数学科だよ。」

「そうなんですね。私もそこ志望なんですよ。」

そう言って桜庭さんは笑った。ずっとさっきから桜庭さんは笑顔だった。

「ずっと笑顔だよね。めっちゃいいね。」

そう言うと、はにかんで「そうですか?」と言った。

「……あの、北澤さんに、聞きたかったことがあるんですけど。」

もしかしてずっと見ていたことがバレたのだろうか。

「なに?」

「北澤さん……私の事、知ってますか?」

「なんで?」

そう言うと彼女は笑って「なんでもないです。忘れてください」と言った。

「北澤さん。今、何年ですか?」

「俺は三年だよ。」

そう言ったら桜庭さんはホッとした表情を浮かべて言葉を切り出した。


「私、どう見えます?」


「え?どういうこと?」

「そのままの意味です。」

そう言って、また微笑む。

「さっきから思っていたのは、カーディガン暑くないの?」

そう聞いた。

「そう聞いてくれるの、待ってました。」

そう言って笑う。

「さて、私の腕には何があるでしょう。」

そう言って微笑む。その桜庭さんの様子で俺はあることに確証を持った。

「そう驚いた顔なさらないで。これはあくまでも私の趣味みたいなものですから。」

そう言って笑う。

「普通なのが嫌なんです。」

そう言って微笑む。

「私の周りには特別な人ばかりいます。才能に溢れすぎて世の中を嫌悪する人。片想いの相手に蔑ろにされて病んでしまった人。想像力に恵まれ世の中を改革しようとする人。そういう人達はみんな人望に恵まれると同時に心が狂っています。変わっている人、変人、変態、などなど言われてます。私はそんな人に憧れているんです。」

「どうして?ちなみに桜庭さんは違うの?」

正直、どう返したら良いかなど俺にはわからなかったし、今でも分からない。

「私はイミテーションです。本物じゃないんです。狂人のフリをしているだけです。みんな私のことをおかしいと言います。狂ってると言います。普通に接したら優しいと言います。けれど、まず、私には人望がありません。そして、私には中身がありません。自分でも恥ずかしいんです。なんでこんなことしてるんだろうとか思うんです。良心から優しくするわけではないんです。意地です。私が人間として最低限持つ意地です。私は人間だと宣言しないと不安なんです。そう北澤さんに話すのもあくまでフリでしかない。わかってるんです。特別だと見られたいんです。人間の姿をしたがらんどうだとは思われたくないんです。」

そう言って、また桜庭さんは微笑んだ。風が彼女の髪の毛をさらおうとしたが、無理だったみたいだ。


「凄すぎだろ……。お前、ほんとに、桜庭ちゃんになんかするつもりだろ?」

そう言って、片岡が笑う。

「なんでそうなるんだ?」

「だって、俺には、話してくれなかったんだぞ?信じらんねぇ。」

そう言った。

桜庭さんに最後、長澤さんに撮ってもらった写真を手渡す時、こう言われた。

「私、もう、あなたに会うつもりはありません。でも、あなたにはとても感謝してますし……、なにより、楽しかったです。」

「奈々ぁ、行こ!!」

「それでは。」

そう言ってお辞儀をして、去っていった。その時の彼女の笑顔は口元が固まっていた。


本当にそれ以来会っていない。姿は思い出せても顔は思い出せない。

俺の中の違和感はいつまで経っても風化してくれない。



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