22話「傷跡」






   22話「傷跡」




 ★☆★



 

 色は、翠の行動の意味が時々わからなかった。

 いや、わかろうとしないようにしていたのかもしれない。


 家庭教師の報酬をキスにしたのか。

 翠の家に自分を招いたのか。

 手を繋ぐのを拒否するのか。

 右手の薬指の指輪を大切にするのか。


 その理由を聞くのが怖くて、逃げ続けた結果が、今回の出来事のきっかけを作ってしまったのは、色自身がよく理解していた。

 


 (俺は翠にどうしてもらいたいのだろう。)



 それを考えると、よくわからなかった。


 ずっと憧れ探している人に似ているから。

 ただ、それだけで近づいた。そして、彼女の話す魔法のような言葉を聞いて、更に目が離せなくっていた。

 それからは、泥沼にはまるように彼女に捕らえられてしまった。知れば知るほどに、気になる存在になった。


 でも、告白された瞬間に「翠はあの人ではない。」と冷静になってしまったのだ。

 自分でも最低な男だと思う。

 甘い香りで誘い、寄ってきたら拒否をしたのだ。


 それなのに、彼女は離れなかった。

 そして、俺もそれを拒絶出来なかった。

 


 契約の関係。

 愛人のように愛する行為だけを楽しむ、最低な男になっていた。

 3ヶ月だけと決めて、それが終われば諦められる。そんな風に考えていた。


 だけれど、翠の影に男の存在があれば激しく嫉妬をして、彼女の誕生日は独占したいと考えてしまう。


 

 そんな時、翠が初めて自分を拒否して、逃げた。

 色は焦り、激しく動揺してしまった。そして、その気持ちに驚きもした。



 今、腕の中でぐったりする彼女を見つめる。色は、ただ守りたいと思った。純粋に、そして強く。




 

 濡れることは気にせずに、傘で強い雨粒から翠を守り、濡れた巾着からスマホを取り出した。

 この突然の豪雨だ。タクシーを呼んでも見つからないのはわかりきっている。色は、会社に電話をした。



 「俺だ。運転手は誰かいるか。知り合いが倒れたから、急いで車を呼んでくれ。あぁ、悪いなこんな時間なのに。おまえも早く帰れよ。場所は………。」



 色は細かく場所を指示して、大きめのタオルも準備するように伝えた。

 到着するまでは時間がかかるだろう。

 

 翠を抱き上げて、雨宿りが出来る場所を探した。

 

 翠を抱えながら歩いていると、2人がお好み焼きを買った出店のスタッフが気づいて、片付ける前だった出店の中に入れてくれた。


 翠の事を覚えており「お嬢ちゃん大丈夫かい?指輪は見つかったのか?」と、心配してくれた。


 色は、借りたタオルで濡れた翠の顔や、首を拭いた。彼女は、夏だというのに肌は冷たく、震えているのがわかった。

 色自身も濡れた着物のせいで大分体温を奪われていたが、それでもまだ彼女より熱はある方だった。

 そのため、彼女をぎゅっと強く抱きしめて、彼女が少しでも温かくなるようにと、願った。


 ほんの少しだけ、彼女の辛そうな表情が和らいだ気がしたのは気のせいではないと、信じたかった。





 迎えに来た部下に礼を言い、受け取ったタオルで翠を包んだ。

 彼女が温まれる場所へ早く連れていきたかった。この場所から一番近い所。



 「もう少し我慢してくれ。もう楽になるから。」



 冷えきった顔に張りつく濡れた髪を、丁寧に避けて顔を片手で包み込む。色は、そう優しく呟きながら翠を見守り続けた。



 彼が向かった先は、色の自宅だった。






 

 自宅に付くとすぐに暖房を入れた。

 湯船に浸からせたかったが、翠はまだ起きる様子もなかった。寝室に向かい、タオルの上に寝かせる。少し戸惑いながらも、色は翠の浴衣の帯に手を掛けた。

 

 濡れた浴衣のまま寝かせるわけにもいかない。なるべく、後ろ向きに座らせて正面は、見えないように脱がせていく。濡れて汚れた浴衣などを脱がせていく。徐々に素肌が目に入る。もともと、色は白いが今は更に青白くなっている。長襦袢も濡れていたので、仕方がなく脱がせる。彼女は下の下着だけの姿になってしまうがタオルで水を拭き取った後、すぐに色の長いTシャツを着せた。


 その時、翠を支えていた手に、他の肌と感触が違う部分がある事に気づいた。

 色は、何か着いているのかと気になり、彼女には悪いが服を捲って確認した。


 すると、左胸の下の、長細い痣があったのだ。古傷のようで、今は大分薄くなっているが、それでも肌質は変わってしまっているようだった。


 色はすぐに服を戻して、翠をベットに寝かせた。布団を掛けて、ベットの脇に腰を下ろし翠を見つめる。

 


 「おまえだったのか………。どうして………。」


 

 色は、目を細めて翠を見つめる。

 起こさないように、軽く額にキスを落とした後、色は脱がした浴衣をもって部屋を出た。


 冷たくなった緑色の浴衣を、手が濡れるのを忘れて、ただじっと見つめていた。





 「エメル、なのか………?」







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