21話「熱い手を繋いで 後編」
21話「熱い手を繋いで 後編」
花火大会の真っ最中だという事も考えられず、翠はイスから勢いよく立ち上がった。
繋がれていた手が、一瞬で外れてしまう。左手にあったはずの熱がなくなっても、翠はそれを感じられなくなるほど、冷静ではなくなっていたのだ。
「おい……どうしたんだ?」
「……私、行かなきゃ………。」
2人の周りに座っている他の客も突然立ち上がった翠を怪訝な目でちらちらと見ていた。明らかにマナー違反をしているため、イヤそうな顔をしている人も多かった。
「どうした?とりあえず、座れ。」
色が翠の腕を掴み、座るよう促すと、力が抜けたようにイスに座り込んだ。
呆然と自分の手を見つめたまま真っ青になる翠を見て、色も心配そうに顔を除き込む。
「おまえ、どうしたんだ?何かあったのか?」
「冷泉様………私、どうしよう……。」
彼に声を掛けられると、今度は焦ったように周りをキョロキョロしはじめる。
「まず、落ち着け。そして、ゆっくり話すんだ。」
翠は考えることも出来なくなった自分の頭を必死に整理して、色の言葉通りにゆっくり呼吸をして落ち着こうと努力をした。
そして、しばらく経った後、翠は花火に負けないぐらいの声で色に説明をした。
「いつも身に付けていた指輪がないんです。エメラルドの………!!とても大切なものなんです。」
「………確かにここに来る途中もつけてたな。」
「はい。この会場で落としたんだ………。」
翠は、ここで歩いた場所、寄った店を必死に思い出す。広い会場だが2人が訪れた場所は、限定されてくる。
「ここで見つけるのは無理がある。人も多いし、夜なんだ、まずは落とし物で届いてないかを………。」
「……ごめんなさい。私、探してきます!」
「………おいっ!」
翠は、自分のバックを持ってその場から走り去った。いつもと違う浴衣に下駄で、上手く走れないが、浴衣が着崩れるのも気にせずに走った。
だけれど、和装が多い色は歩き慣れているために、すぐに翠に追いついて、腕を引っ張り色を自分の方に向けた。
「待ってって言ってるだろ!」
「冷泉様……離して下さい。」
「落ち着け。闇雲に探しても見つからないだろう。」
花火大会中であっても、周りには大勢の観客がいる。色と翠の様子を遠巻きに見ながら通り過ぎる人々が沢山いたが、2人はまったく気に止めていなかった。
「…………。」
「まずは、拾得物を集めてるところを探す。その後に歩いた所を探せばいいだろ。」
「………離して下さい。私は冷泉様みたいに冷静にはなれないんです。あれは、とっても大切なものなんです!無くせないものなんです!」
「………そんな大切なもの、付けてくるな。」
色の冷たい言葉が、翠の瞳を揺らした。
泣きそうになった目は、すぐに怒りの色に変わり、涙を浮かべながら色を睨んだ。
今まで彼をそんな風に見たことなんてなかった。けれど、今はそんな余裕すらなかった。
彼の言葉が心にグサリと刺さり、痛く、苦しかった。
「離して下さいっっ!私の事、好きでもないならほっといてください!あの指輪は私の支えなんですッッ!!」
色の腕を振り払い、彼の胸を軽く押して、翠は色から逃げ出した。
色は、何も言わずにその場に立ったまま、翠を追いかけることはしなかった。
翠は必死になって、色と歩いた場所へ向かった。
その時、花火大会が丁度終わりを迎え、人並みに飲み込まれてしまい色は翠の姿を見失っていたのだった。
その後、翠は色と一緒に会場に入ったところから、地面を見つめながらゆっくりと歩いた。
人の流れと逆の方向に歩くため、何度も人にぶつかって転びそうになった。けれども、頭の中は祖母の思い出と、指輪との記憶しかなかった。
色に言われたことは、最もな意見だった。
けれども、大好きな祖母の指輪は毎日の支えであり、身につけていることで守られている気持ちになっていた。心の支えだった。
それがなくなって、冷静でいられるはずがない。
(冷泉様のバカ………。あんなこと言わなくてもいいのに……。やっぱり私はただの遊び相手で、お互い慰めあってただけの存在だったんだ。)
そんな事を思っては、更に悲しくなり涙が溢れてきた。
自分が望んでいたことのはずなのに、現実を突き付けられると、それは心に大きな傷をつけてしまった。
2人で手を繋いで歩いた道を、翠は1人で下を見ながらゆっくりと歩く。キラキラと光る、あの翠の宝石はどこにも見当たらなかった。
買い物をした出店にも声を掛けてまわったけれど、見かけ人は誰もいなかった。
ポツポツ……と、空から雫が落ちてきた。
さきほどの晴れの夜から一転。いつの間にか空はどんよりとした雲に覆われていた。
あっという間に、ザーーという雨に変わってしまった。
花火大会の会場も撤収されて、今は人影はほとんどない。雨のせいで、観客はいそいで帰っていく。
翠は全身がずぶ濡れになり、足元の下駄や浴衣の裾は泥だらけになっていた。
とぼとぼと歩いてついたのは、色と一緒に見た予約席があった場所。数人のスタッフがいる程度で、ほとんど明かりもなくなっている。
色と一緒に歩いた場所は全てまわった。暗いところはスマホの光を頼りに探したけれど、指輪が見つかることはなかった。
「………おばあちゃん、ごめんなさい………。」
冷えきった体に温かいものが落ちてきた。それが自分の涙だと気づいた頃には、翠はその場に立ち尽くしていた。
もうどうすることも出来なかった。
浴衣は雨水を吸ってとても重くなり、そして夏なのに冷たくなっていた。寒いはずなのに、体の芯は熱くて、頭はボーッとしてしまい、考えられるのは指輪の事だけ。
これからどうすればいいのかも、考えられずにいると、雨音が変わり、体がこれ以上濡れなくなった。
「………ここにいたのか。」
気づくと傘をさして翠の体を支えてくれる、色が側にいた。
彼も濡れており、呼吸は荒かった。探してくれていたことがわかったが、翠はそんな事を考えられる状態ではなかった。
「冷泉様………指輪、見つからなかった。なかったんです………。私、どうすればいいんだろう………。どうしよう………。」
ボロボロと涙を溢しながら、翠は支えてくれている色の胸に顔を埋めた。冷えきった体が、色のほんのり温かい体温で少しずつ安心してくる。
すると、今まで平気だったが、急に体に力が入らなくなり、翠はその場に座り込んでしまった。泥だらけになるのも気にせずに、ゆっくりと目を閉じていく。
もう立つのも、目を開けているのも難しく、しずくは意識を飛ばしそうになっていた。
何も考えられなくなる前に、翠は「俺が見つけてやるから。もう泣くな……。」という、切ない男の人の声が聞こえた。
そして、少し前になくなった温かい手の感触。ぎゅっと手を握られているのがわかった。
その声と言葉を聞き、そして手の温もりを感じて、翠はほっとして目を瞑った。
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