23話「過去の夢と勘違い」
23話「過去の夢と勘違い」
☆★☆
ゆらりゆらりと、体が揺れていた。心地がいい揺れで、小さい頃に抱っこをしてもらう時の感覚と似ているのかな、とボーッとした頭で思っていた。
翠は目を開けるのさえも億劫で、温かい体温に包まれて、また眠ってしまった。
次に感じたのは、白檀の香り。
(冷泉様………?)
色の香りを感じて、翠はゆっくりと目を開けた。そこは知らない部屋で、知らないベットに翠は寝ていた。とても大きなベットで白のシーツに灰色のベットカバー、部屋も黒のインテリアが多く、男の人の部屋だとわかった。
ベットから起き上がり、昨日の出来事を思い出そうとした。色と一緒に花火大会に行って、そこで祖母のエメラルドの指輪を無くした。雨の中、探しまわったけれども、見つからなくて……。体が冷えにきって動けなくなったとき、色に抱き締められた所までは覚えていた。
それからの記憶がほとんどないが、きっと色が自宅へ連れて帰って看病してくれたのだろうと思った。
翠は恐る恐る自分の右手を見たが、やはり薬指には緑色に輝く美しい指輪はなかった。
翠は溢れてくる涙を堪えながら、ベットから降りた。
まだ頭痛とふらつきがあり、気分が悪いが、助けてくれて色に早くお礼を言いたかった。
それに昨日、彼にとても酷いことを言ってしまった。自分が指輪を無くしてしまい、焦って八つ当たりをしてしまったのだ。彼は全く悪くない。
恐る恐る部屋を開ける。廊下を歩いていくと、大きな窓があるリビングがあった。その窓から見る景色は、空がとても近く真下には沢山のビルが立ち並んでいる。タワーマンションなのだと、翠はすぐにわかった。そして、太陽が真上に来ているのに気づき、翠はすぐ焦り、部屋の時計を探した。すると、すでにお昼を過ぎた時間。今日の仕事を無断欠勤していたのだ。
「大変……岡崎さんに連絡しないと!」
部屋をうろうろとすると、バックの中身がダイニングのテーブルに置いてあるのがわかった。
慌ててスマホを取ろうとすると、他にもテーブルに物があるのがわかった。
お茶碗にお粥があり、しっかりとラップまでしている。カットフルーツも置いてあり、その脇には1枚の紙が置いてあった。一目見て、色の字だとわかる。
『温めて食べろ。薬も飲んで寝てろ。』
それだけだったが、色の優しさが伝わってきた。キッチンを覗くと、袋から取り出したばかりのお米やフルーツ、スポーツ飲料がそのまま置かれていた。あまり料理をしていないだろう、綺麗なキッチン。わざわざ、翠のために買ってきて、作ってくれたのだとすぐにわかった。
それを見ると心が温かくなり、自然と微笑んでいた。
スマホを取り出すと、お店からの着信が1件あり、そして岡崎からのメールが入っていた。
『冷泉様から連絡がありました。倒れてしまったそうですが、大丈夫ですか?3日間は休みにしましたので、ゆっくり休んでください。それ以上の時は連絡をお願いします。もし、お店に来ても働かせないので、来てはダメですよ。』
という、岡崎らしいメールだった。心遣いに感謝をして、仕事が終わる時間に連絡をしようの翠は考えた。
ありがたく色が作ったお粥を食べたが、あまり食欲もなく半分で残してしまった。フルーツを2つ食べ、薬を飲んだ。残したものを冷蔵庫に入れて、リビングのソファで外を見ながらボーッとしてしまう。手には色が書いてくれたメモ書きがあった。
翠は、それを大切に眺め、こっそりと持って帰る事にした。
そのメモを持っている右手をフッと見ると、そのにはずっとあったはずのものがなくなっている。
「おばあちゃん。ごめんね。元気になったら探すから………。」
真っ青な空を見つめながら呟く。
すると、薬のせいなのか、眠気が襲ってきた。ベットに移動するのも辛く、そのまま大きめのソファに横になって目を閉じた。
おばあちゃんの夢を見るんだろうな。そんな予感が翠にはあった。
その予想は少し当たっていた。翠は夢の中で、遠い昔の記憶の中にいた。
翠は根っからのおばあちゃんっ子だった。
翠の父親は早くに亡くなっていて、翠は写真でしか父親の顔を見たことがなかった。そのため、母親は、朝から晩まで忙しく働いており、翠は小さな頃は体も弱かったため、祖母の田舎の家に預けられていたのだ。
そこで、翠は祖母からギリシャ語を教えてもらっていた。
祖母との時間はとてもゆったりしていて、キラキラとしていた。祖母は、とても優しくてが可愛い人だった。
ずっとここで暮らせるものだと思っていた。けど、その時間は長くはなかった。
小学生低学年の頃。ある事故に巻き込まれたらしい。翠はその時の記憶が曖昧だった。
怪我をして、更に記憶の欠陥があることがわかり、翠の母親は、祖母を激しく非難して、そこから縁を切った。母親と翠は、祖母から離れるように、遠くへ引っ越しをした。
祖母は、何度も「エメルちゃん、ごめんね。」と泣いて謝っていた。祖母は何も悪いことはしていないのに。その泣いた顔の祖母が、最後に見る祖母の表情になるとは思いもよらなかった。
引っ越してから、1年後に祖母は病で亡くなった。家の中で独りきりで、死んでいたと聞いた時は、翠は激しく泣きじゃくった。いつも着けていた祖父からの贈り物の指輪だけは絶対に貰うと母親を説得して、それからずっと身に付けていた。学校に行くときは、ポーチに入れ、家に帰るとすぐにつけていた。
成人してから、母親が亡くなり持ち物を整理していると、祖母のものがほとんどないことに気づいた。母親は、全て処分してしまったようだ。
そのため、あの指輪は、祖母との記憶そのものなのだ。
夢だとわかっていても、悲しい過去を何度も見るのは辛かった。
今は、祖母の笑顔を見るのも申し訳なくて、涙が出てくる。
「おばあちゃん、ごめんね。絶対探すから………だから、待っててね。おばあちゃん………。」
頬に温かい感触を感じた瞬間、翠はパチリと目が覚めた。
目の前には、見知らぬ天井。照明がつけられており、辺りは明るかった。
「おい、大丈夫か?」
横から声がして、驚きながらその先を見ると、スーツ姿の色が心配そうに翠を見つめていた。
「冷泉様………?あれ、私………。」
「うなされてたぞ。ほら、涙まで流して。」
色に指で涙を拭われ、翠は少しずつ今の状況を思い出してきていた。
「体調悪いんだぞ。こんなところで寝ないでベットで寝ろ。」
「あ、すみません。」
体を起こそうとすると、色は腰を支えながら手伝ってくれる。体を労ってくれるのがわかり、翠は嬉しくもあり同時に申し訳ない気持ちになってしまった。
「あんまり食べれなかったんだろ?何か食べるか。」
「あの冷泉様……すみませんでした!」
「倒れたんだ。仕方がないだろ。」
「そうではなくて………花火大会で、その、心配してくれた冷泉様に酷いことを言ってしまって。本当にすみませんでした。」
「あぁ、その事か。」
色は、はーっとため息をつきながら、1度は離れたら距離をまた近づけ、翠の目の前に立つ。
「あれは、俺も悪かった。だから、気にするな。………まぁ、なんだ。彼氏から貰ったものなら、大切にもするだろ?」
「か、彼氏………何の話ですか?」
「………。」
翠はきょとんとした顔で、色を見つめると、彼は驚いた表情になった後に、恥ずかしそうに顔を背けた。だが、その顔は真っ赤になっているのが、すぐに翠にはわかった。
「彼氏からじゃないのかよ………。」
「はい。あれは祖母の遺品なんです。………冷泉様、もしかして、彼氏からだと思ってたんですか?」
「…………悪いかよ。」
片手で顔を覆い、その隙間からジロリと翠を睨むが、照れている顔では全く怖さが感じられなかった。
「私、冷泉様が好きで告白してるのに、彼氏なんていませんよ!」
「……最近、ストレートに言うようになったな、おまえ。」
「え…………す、すみません!」
色に言われて、自分が彼に好きだと言っていることにやっと気づいて、翠も赤面してしまう。
2人で照れているのが面白くなってしまい、同時に笑ってしまう。
こういう時間が、翠は何より好きだった。
「とりあえずは、元気そうだな。……風呂入りたいだろ。沸かすから入ってこい。」
色は、そう言うと準備をするのかリビングから出ていこうとした。
その時、色のズボンの裾が泥で汚れているのに、翠は気づいたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます