第15話「誘いのキス」




   15話「誘いのキス」




 昼食を遅くに食べたため、まだ空腹を感じていなかった白としずくは、カフェに入って、休憩することにした。

 昼間は暖かくても、夜になると肌寒い気温になる。そのため二人はホットドリンクを注文し、それでも季節の変わり目を感じていた。

 そのカフェは地下にあるため、あまり目立たないためか、とても空いていた。アンティークな家具やクラシック音楽が静かに流れており、お洒落な空間だった。

 フカフカのソファに向かい合って座り、疲れた体を休ませた。


 「今日は驚くことばかりだったなぁー。まさか、白くんが絵本作家だったなんて、驚きだったよ!」

 「僕もまさかしずくさんがサイン会に来るなんて思いもしませんでしたよ。」

 「でも、いい思い出になったね。」


 今日の事を振り返りながら「また、来年も来ようね。」と約束できる関係がとても幸せだった。暖かくても甘い、そして少しだけピリッとして刺激もある、ジンジャーチャイティーラテを飲みながら、その幸福感に浸っていた。

 だが、白の視線に気がつき、「どうかしたの?」と聞くと、少年のような顔付きから、大人っぽさが増した顔で綺麗に微笑みながら言った。

 「今日のワンピースも素敵です。しずくさんって、レースとか花柄とかにあいますよね」

 「ありがとう!自分でもお気に入りだったから、白くんも気に入ってくれてうれしいなぁ。」

 「ニットワンピースとかも似合いそうです。今度いっしょに買い物に行くとき見てみたいですね。」

 「うん!白くんがどんなの好きなのか気になるなぁー。」


 白の好みに合わせた服装だったにしても、褒められるのは素直に嬉しい。それが、大好き人なら尚更だ。


 「それに髪型も素敵ですよ。こんなアレンジが出来るなんてすごいですねー。」

 「ありがとう。でも美冬がやってくれたの。本気だすならって、わざわざ朝に来てくれて、、、。」


 今日も沢山白が自分の事を褒めてくれたり、彼の昔や仕事をしている時の姿を見ることが出来て、しずくは気分が盛り上がってしまったのかもしれない。

 話すつもりがなかった事がポロリと口から出てしまった。しかも、1番まずいことに、それを表情でも示してしまい、白は怪訝した顔を見せていた。


 「えっと、、、美冬は優しいよね、、、ははは。」

 「しずくさん、本気ってなんの事ですか?もしかして、、、。」

 「いや、それ、なんでもないようなー、、。」

 

 白と目を合わせられず、違う方向についつい四川が逃げてしまう。誤魔化したいと思いつつも、もう彼は何かを勘づいているみたいだった。よく見ているし、察しが鋭すぎる。

 白の言葉をビクビクした思いで待っていると、、、。


 「もしかして、少し前から僕に何言いたそうにしていたことですか?前の、サイン会の電話があって、デート出来なくなってしまった時とか。」


 そう言われてしまうと、しずくはもう何も言えなくなってしまう。白が自分の事をよく見ていてくれるのは嬉しいが、今日だけはその察しの良さを恨みそうになってしまう。


 「、、、、。」

 

 誤魔化すのを諦めざる終えなくなったしずくは、どのように話をすればいいのか考え込んでしまう。考えれば考えるほど恥ずかしくなってしまう。


 黙り混んでしまった、しずくを見て心配なってしまうのは白だった。何か彼女は言いにくい事があるのかと思ってしまうのだった。

 心配そうに覗き込む白を見て、しずくは迷っていた心が少しずつ溶けてなくなるのを感じた。


 白が仕事を内緒にしていたのは、しずくに絵本をプレゼントするためだった。そして、その絵本はしずくのためだけのオリジナルだった。

 自分の事を思って、いろんな事をしてくれる彼は、きっとしずくが話したことも、しっかりと受け止めてくれるだろうし、笑ったりもしない。

 そうわかっていた。けれども、少しだけ恥ずかしくて、少しだけ心配であった。

 どんなに信じ合っていても、不安になる事は誰にでもあるのだと、気づいたのだ。


 心配そうにして自分を見てくれる白に「違うよ。大丈夫だよ。」と言ってあげたい。伝えたいという気持ちが不安や羞恥心よりも大きくなっていた。


 「白くん。笑わないで聞いてほしいんだけど、、、。」

 「はい。」

 「あのね、私、白くんのおうちに行ってみたいの。」 

  

 妙に姿勢がなり、背中がピンっと伸びていたが、手は、力が入っていたのかスカートをぎゅっと握りしめていた。顔は真っ赤になっていたのはわかっていたが、しっかりと彼の事を見て話しをしたかった。

 すると、白は少し驚いた顔になったが、すぐにいつもの優しい微笑みで「いいですよ。」と答えた。


 「本当は自分から誘うべきだとわかっていたのですが、仕事場でもあるので内緒にしてた事がバレてしまうと思って。すみません。心配でしたよね。」


 そう謝罪までしてくれる白。少しは恥ずかしそうにしてくれるかな?と期待していたしずくだったが、全く動じない彼を見て、残念だったのと同時に恥ずかしさも感じてしまった。部屋に行くことがどういう事なのか、しずくだけが変な期待をしてしまっているように思ったのだ。


 「今から行きましょうか?時間もまだありますし。」

 「いいの?」

 「はい。近くの駅から電車ですぐなので。夕飯も何か買って帰りましょう。」

 「ありがとう、白くん。」


 白くんがすぐに家に招待してくれた事に、安心をしながらも、しずくは少しだけ寂しさも感じてしまったのだった。



 近くのデパ地下で、ピザやサラダ等のお惣菜やデザートのフルーツやケーキを買った後、お店を出ようとした時だった。

 「しずくさん、お酒は飲みますか?」

 近くにワインショップがあり、そこを指差しながらそう言った。


 「ワインは好きだよ。白くん、詳しいの?」

 「知り合いに詳しい人がいて、少しなら。」

 「そうなんだー!私は全然分からなくて、、、。」

 「甘いのが好きですか?」

 「うん。白くんは?白くんのおすすめでいいよ?」

   

 お店に入り、白くんはワインを物色しながら、しずくの好みを聞いてくれる。


 「僕は、飲まないのでしずくさんの好みの味にしましょう。」

 「え?飲まないの?苦手とか?」


 ワインを勧めててくれるのに、彼が飲まないのは寂しいと思い、ついつい質問してしまう。

 一緒にお酒を飲みたいのだった。食事に行くときは大体白が車で送ってくれるため、白はお酒を飲まないことが多かった。


 「苦手ではないですよ。しずくさんを帰り車で送るつもりなので。」

 

 その言葉を聞いて、「あぁやっぱり。」としずくはまた沈んだ気持ちになる。

 白くんは、ずっと一緒にいたいと思ってくれないのだろうか?

 そう思っているのは自分だけだと感じられる瞬間は、自分だけが先回りしているのかと不安になる。


 「白くんと一緒にお酒飲みたい。」

 「え、、、。」

 「送らなくていいから。ダメかな?」


 さすがにこの言葉を言う時は、恥ずかしすぎて下を向いてしまった。そのため、しずくは白がどんな顔をしているのかわからなく、それがまた不安を倍増させた。彼は照れてくれてる?それとも、呆れてる?顔をあげたくても、怖くてあげられなかった。


 すると、しずくに近づく気配を感じ、ぎゅっと目を瞑ってしまうと、耳元で囁く声が聞こえてきた。


 「今日は泊まってくれるんですか?」


 自分にしか聞こえない小声で、優しくそして男らしさを感じる低い声で白はそう言った。

 その瞬間、しずくは胸が締め付けられるような感覚に襲われていた。でも、その感覚はイヤなものでもなく、何故か心地よくて彼といるとよく起こる、幸せな痛みだった。それがいつも以上に強い事に驚きながらも、白の顔が見たくてしずくは少しだけ顔を上げる。

 そこには少年のような顔はなく、大人の男性の顔があり、そして少しだけ頬を染めながら、余裕がない表情で返事を待つ彼の姿があった。

 彼の見たことがない表情に目が離せなくなりながらも、コクリと頷き何とか返事をする。


 すると、その表情のまま更に彼の顔が近づき、気づくと短いキスをされていた。

 しずくは、頬が緩むのを隠せず、片手で口元を慌てて隠してしまう。店内には客もほとんどいなく、二人がいた場所も店の奥だったため、誰にも見られてはいないのはわかっていた。

 彼がこんなにも大胆な事をするとは思ってもいなく、驚きながら彼を見つめてしまう。


 すると、白は「ワイン買ってくるので待っててください。」と、1本のワインを棚から出して、そのままレジへ行ってしまった。


 

 その後、2人は会話も少ないままタクシーに乗り、白の家へと向かったのだった。



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