第5話「懐かしい場所と昔の仲間」
5話「懐かしい場所と昔の仲間」
★☆★
白は後ろ髪を引かれる思いで、しずくと別れた。
せっかくの仕事帰りのデート。1日仕事を頑張れるのも、夜の楽しみがあるからだと、白は思っている。
ずっと昔から憧れて、大好きだった女の人。
初恋でもあるし、尊い人でもある。自分にはずっと勿体ないと思っていた。大分年下でもあったし、時々彼女を見ているだけで満足しなければいけないと思っていた。
けれど、時間が経てば経つほどしすぐさんへの想いは大きくなっていった。
自分がやりたいことを見つけられたのも、独りではなくたくさんの人と関わりを持つようになったのも、そして夢を叶えられたのも。
すべては、彼女のおかげだった。
いつからか、自分で納得のいく大人の男になれたら、告白をすると決意するようになっていた。
自立もしたし、絵はまだまだかもしれないが、仕事もうまくいっているのだ。
何よりもう我慢の限界だったのかもしれない。
彼女と話したい。声を聞きたい。話を聞いてほしい。
彼女の瞳に自分を映してほしい。彼女を正面から見つめたい。
彼女に名前を呼ばれたい。覚えてほしい。思い出してほしい。
ずっとずっとそう思っていた。
他の女の子に興味を持つこともなく、ただただしずくを考えてきた。
思いきって告白をした後も、いろいろあってすぐに付き合うことはなかった。むしろ、自分から逃げ出しそうになっていた。
そんな時にまた手を取ってくれたのは彼女だった。
そんなキラキラとした笑顔で笑う彼女が、自分の彼女に彼女になってくれたのは、今でも信じられない。
けれども、毎日連絡や電話をしたり、手を繋いで歩いたり、甘い言葉を囁くと、真っ赤になりながらも応えてくれたり。
そして、キスをすると恥ずかしそうにしながらも、幸せそうに微笑んでくれる。
思い出すだけでもニヤけてしまいそうなぐらいに、毎日が幸せだった。
それなのに。
今日はこうしてせっかくのデートが台無しになってしまった。
彼女が、何かそわそわしていたのにも気になっていたが、それも聞くことが出来なかった。それもこれも、電話の相手のせいだった。
「はぁー、、、。今日は日付が変わる前に帰れるかな、、、。」
ため息をつきながら、まずは車を取りに自宅へと戻ったのだ。
大学祭のポスターを見てから嫌な予感はしていた。大学では沢山の知識と技を知ることができたし、友達や仕事の付き合いも増えるきっかになった場所。そのため、大切な思い出の場所でもある。
だが、それと同時に嫌な事もあるのだ。
卒業してから半年も経っているので、恥ずかしい思いをしなくてもいいと思うが。
もし、しずくとデートしてる時にバレてしまったら、、、と思うだけで、行くのを躊躇してしまった。
そのせいで、しずくは何か大学に行きたくない理由があると思ってしまったようで、優しく「家で過ごそう。」といってくれた。
本当に彼女は優しすぎるし、よく自分を見てくれる。最高の彼女だと思う。
だからこそ、しずくが「行きたい。」っと言った場所には連れていってあげたいのだ。
まぁ、もうみんな自分の事は忘れているだろう。
そんな風に思うようにしていたのだった。
白が向かったのは、彩翔大学の一室。
半年前まで毎日のように通っていた場所だ。つい最近の事なのに、とても昔の事に感じるのは、この半年が濃いものだったからなのか。
部屋の前に立ち、ドアを開けるのを躊躇っていたが、ため息をひとつついてから、ドアノブを掴もうとしたが。
その瞬間、中にいた人物が少し前にドアを開けたようで、白はとっさに腕を引いた。
中から出てきたのは、髪がピンク色に近い赤毛に染めており、白よりずいぶん小さい大学生の女だった。目の前に突然人が飛び込んできたこと驚いた様子だったが、その表情はすぐに変わった。
「あぁーー!白先輩だぁー!」
「久しぶりだな。心花。」
跳び跳ねるように喜んだ彼女は、すぐに顔をほころばせて、白の腕に抱きついた。
それも、白にとっては慣れていた事だった。だが、今は懐かしい。
春日心花。それが彼女の名前だった。女の子らしい名前は彼女をよく表しており、小柄で可愛らしい女性だった。学内でも人気があると他の男友達に聞いたことがある。そんな彼女は何故か白になついていたのだ。
「先輩なんかますますかっこよくなってますー!大人の魅力かなぁー。」
「そんな事はないだろう。半年前に卒業したばかりだぞ。」
「先輩がいなくなって、寂しかったんですよー!」
顔を腕に擦り付けるようにしながら甘えるはな。
甘い香水が鼻に入り、あぁ、心花はこんな香りをしてたな。また、洋服に着くだろうな。なんて、冷静に思ってしまった。
今は、ひとつひとつの事が懐かしくなってしまう。
「わかったから、少し離れてくれ。部屋に入りたい。」
「このまま着いていきまぁーす!」
「はぁー、、、。今だけだからな。」
ため息をつきながら、腕に心花がまとわりついたまま目的の部屋の中に入った。
「失礼致します。」
挨拶をし、軽く一礼してから入室する。それも、四年間通った癖なのかもしれないが、これはずっと変わらないだろうと思う。
ここの部屋の主は、自分にとってずっと目上の人であるし、尊敬する人だからだ。
「相変わらずモテてるみたいで羨ましいな~。」
部屋の奥から声が聞こえる。
部屋に入ってすぐに古びたソファが向かい合うように並んでる。
その中央には、テーブルが置いてあるが今はテーブルというより物置となっていた。山積みになっているのは本やらプリントやらの紙類ばかり。ビルのように高く積まれている。
その上にコーヒーやら食べ物やらが乗っており、少しでもテーブルを揺らしたら、この紙のビルは一気にゴミ山となるだろう。
そんな荒れ果てた部屋のパーテーションの奥から、一人の男がのっそりと出てきたのは。
黒髪はもしゃもしゃで癖毛が散乱しており、白のワイシャツと黒のズモンは、いたるところに絵の具で色鮮やかに染まっている。
しっかりしているのは、鼈甲フレームのおしゃれな丸眼鏡ぐらいかもしれない。
だが、それが妙に似合っており全体の雰囲気がおしゃれに感じられてしまうから不思議だった。
「お久しぶりです。キノシタイチ先生。」
そう挨拶すると、キノシタイチは片手で頭をかきながら、太めの油性ペンを持った反対の手を挙げ「よぉ!」と軽く返事を返した。
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