第3話「不安と信じる事」




   3話「不安と信じる事」



 大学祭に誘われた次の日。

 白は仕事が遅くまであるため、彼との予定はなかった。

 仕事が終わり職場を出ると、見慣れた車が止まっていた。運転席に座っている人がしずくに気づくと窓を開けて、片手挙げて名前を呼んでいた。


 「しずくー!お疲れー!」

 「美冬!」

 「お迎えに上がりましたよ、お姫様。」


 美冬は見た目は綺麗なのに、こういう面白いところがある。そして、何故かしずくを「可愛いかわいい」と褒めるのだ。初めは美人に言われて恐縮してしまったが、今ではもう慣れっこだ。

 1番の友達が可愛がってくらるのだから、幸せだろうと思うようにしている。


 助手席に座ろうとドアを開けると、後部座席にも人が乗っているのに気づいた。


 「お疲れ様、雨ちゃん。」


 しずくの事を「雨ちゃん」と呼ぶ人はひとりしかいない。幼馴染みでつい最近再会した、彼だけだ。


 「光哉くん!」

 「行きたくないって言われたけど、無理矢理連れてきたの。フラれたからっていつまで逃げるなんて女々しい男はダメだよねー。」

 「逃げてないし、女々しくない!」

 「はいはい。」


 美冬と光哉が揃うといつもこの調子での会話が繰り広げられる。仲がいいのだろうが、それを2人に言うと「違うっ!」と突っぱねられてしまうが、、、。


 美冬が運転する車は、おしゃれなレストランではなく居酒屋だった。

 だか、しっかりと個室になっており清潔感がある美冬おすすめの店だった。そのため、私も光哉も何回か来たことがあった。


 適当につまめるものを注文し、ビールや酎ハイを注文する。ちなみに、美冬と光哉がビールでしずくが酎ハイだ。もういい年の大人なはずなのにビールの苦さはどうもダメだった。


「では、しずくの新しい恋に乾杯っっ!」

「かんぱーい!」


 お酒を一口飲んだ後、すぐに美冬は「で、どーなの!?」と突っ込んできた。

 光哉はあからさまに悔しそうな顔をしながらも、何も言わなかったので、話しを聞いてくれるようだった。


 「白くんとの記憶を思い出す事が出来ました!それで、そのー、、、お付き合いすることになりました。」

 「それは知ってるよー!電話も少し聞いたし、光哉くんからも聞いた!」

 「え、、、光哉くんから?」

 「雨ちゃん、誤解しないでね。美冬さんが話せ話せってうるさいから、俺がフラれたんだって話だけしただけだから。」

 「えっと、その、何だかごめんね。光哉くん。」


 自分が告白を断ったのに、さらに友逹に自分がフラれた話を、自らするなんてあまりにも可愛そうになってしまい、しずくはとりあえず謝ってしまう。

 光哉は「いいよ。雨ちゃんが悪いわけじゃないし。」と笑ってくれる。

 やはり光哉くんは優しい。


 自分がこんなかっこよくて優しい幼馴染みに告白されたという事がいまだに信じられない。

 飲み屋さんに入る時も、若い女の子たちにチラチラと見られたり、店員の女の子も頬を染めながら注文をメモしていた。

 

 離れていたとは言え、自分の事をよく知った上で好きだと言ってくれた光哉くん。

 そして、告白を断ったからと言って、怒ったりもせずにしずくの背中を押してくれた。

 そして、こうやってまた会ってくれるのだ。

 とてもありがたい。

 そんな風に、幼馴染みを見ながら考えていると、目の前に座っていた彼と目があった。

 「どうした?」と優しく問いかける光哉くんに「ありがとう。」と告げる。

 脈略のない言葉だったはずだ。

 それでも、光哉くんはわかっていると言わんばかりに微笑みながら頷いてくれたのだった。







 「それにしても、今日白さんに会えないの残念だったなぁー。」


 美冬は焼き鳥を齧りながら、ため息をつきながらそんな言葉を漏らした。

 いつもしずくを迎えに来る白の事を知っていた彼女は、突撃で白も居酒屋に誘うつもりだったらしい。会わない方が珍しいので、今日はタイミングは悪かったようだ。


 「年下くんだけど、話聞く限りしっかりしてそうだよね。リードしてくれそう。」

 「しっかり者だよー。いつも遊びにいくときはいろいろ調べたり予約してくれてるの。」

 「いいねー!光哉くんも見習わないとね!」

 「俺だってそれぐらいやりますよ!」


 美冬にはなぜか敬語になったり、さん付けにしたりと同じ年なのに頭が上がらない光哉。

 美冬にとっては、弄りがいのある相手なのかもしれない。


 「リードねー。」


 なにか考えるように視線を上に向けながら、残りのビールを一気に飲む美冬。

 それだけなのに、かっこよくみえるのはやはり彼女が美人だからだろう。そんな呑気な事を考えていると、その綺麗な顔がにやりと微笑んだ。

 この表情は危険だと、長年の付き合いでわかっている。その場から逃げたくなるが、それも敵わない。「トイレに、、、。」と言う前に、彼女が話はじめてしまったのだ。


 「そういえば、朝は保育園まで送ってくれるの?」


 が、美冬の問いは思いがけずに普通の話だった。

何か言いにくい質問でもしてくると思ったが、勘違いだったのだろうか?

 だけれど、隣の光哉は何故か苦い顔をしている。

その理由がわからないまま、美冬へ返事をしてしまった。


 「朝は別々だよ。夜には帰るし。」


 その言葉を、発した途端。美冬の目がキラリと光った。ように見えたのは気のせいではないはずだ。


 「お泊まりしないの!?もしかして、手出してこないの?!20代前半の男が!!」

 「美冬さん、落ち着いて!声大きいよ!」

 「だって、こんな可愛い彼女がいて手を出さないなんておかしいでしょ?」

 「それはそうですけど。」


 何故か納得してしまう光哉くん。

 そして、美冬のこの反応をみて、先程の質問の本当の意味を理解してしまい、一気に恥ずかしくなってしまう。

 「そ、そんな事ないよ。そのー、まだ付き合いはじめて1ヶ月だし。キスはたくさんしてるし!」

 「、、、だってよー。光哉くん。」

 「あいつ、本当に殴りたい。俺なんか1回しかしてないのに。」

 「光哉くんっっ!」


 あまりの恥ずかしさに、大きめな声を上げてしまう。ついつい自分から話してしまったこととは言えど、こういった話に慣れていないしずくにとっては、ハードルが高かった。

 

 「大切にしてくれてはいるんだろうけどね。白くんの家に行ったりしないの?」

 「仕事場でもあって、散らかってるから今は見せたくないみたい。」

 「なるほどねー。仕事何してるんだっけ?」

 「絵描いてる?みたい?」

 「え!?仕事の内容も聞いてないの?」

 「、、、うん。」



 美冬からいろいろ質問されて気づいてしまった。

自分は白の知らないことが多いという事を。







 仕事や、自宅、それに誕生日も詳しく聞いてないのいなかった。母校だって、たまたま話に出たから白が教えてくれたのだ。

 付き合いはじめてた事に浮かれて、白が優しいのに甘えて、白を全く知ろうとしてなかったことに気づいた。

 しずくが問いかければ、彼は教えてくれたのだろうか?それも疑問だった。

 仕事の話はするが、詳しくは教えてくれなかった。

 自宅にも行ってみたかったが、1度やんわりと断られてからはなかなか言いにくい部分があったのも事実だった。


 「話を聞く限り大丈夫だと思ってたけど。本当に大丈夫?」

 「大丈夫だよ!白くんは、しっかりしてるし、タイミングが悪かったのかも。」


 少し不安はあるものの、白の事が好きなことには変わりはない。少し何か問題があったとしても、ふたりで解決していけばいいし、白となら大丈夫だと思えるのだ。


 「すっごい汚い部屋だったらー?」

 「一緒に片付ける!」

 「彼女と同棲してたらー?」

 「、、、え?」

 「もしかして、奥さんかも!」

 「えええぇぇ!?」


 容赦ない美冬の考えに、しずくは一気に不安になってしまった。

 部屋に呼べないのは、やはり理由があるのだろうか。仕事場でもあると言われてしまうと、どうしても「行ってみたい!」と言えなかったりもするのだ。

 白に限ってそんな美冬が言ったような事はない。そう言い切りたいし、そう思っている。

 けれども、他の人はそんな事を考えてしまうのだと理解すると、やはり悲しくなってしまう。


 「美冬さん、言い過ぎですよ。雨ちゃん、、。」

 「光哉くん、どーしよー?」

 「悔しいですけど、白くんはそんな男ではないですよ。俺と話した限りは、誠実だったし雨ちゃんをすっごく愛していたから。だから、雨ちゃんは心配しなくていいよ。」

 「そうかなぁ。」

 「本当に気になるなら聞いてみるといい。答えてくれるだろうからさ。」


 光哉くんは、心配そうにそうアドバイスをしてくれる。そして、腕を伸ばしてきてやさしく頭を撫でてくれるのだ。

 前はドキドキしたけど、今はとても安心する感触になっていた。

 幼馴染みの言葉は、しずくの心にすとんと落ちていく。

 

 「ありがとう。いつも助けてもらってばかりだね。」

 「雨ちゃんの事、大好きだからね。もちろん、幼馴染みとして。今はそういっておくよ。」

 「あ!ずるい!私も大好きだからね、しずく!もし白くんに苛められたら仇とってあげるから!」


 拳で叩くようなポーズをとりながら、そう言ってくれる美冬。


 こうやって、話を聞いてくれる友逹もいる。

 そして、大好きで信じたい彼もいるのだ。


 「ありがとう。白の事信じてるから大丈夫!でも、気になることは聞いてみるね。」


 心配し、応援してくれるふたりに笑顔で宣言した。

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