第2話「隠し事」
2話「隠し事」
「っ、、、ちょっと、、、待って、、、」
密室である車の中。聞こえてくるのは、囁くような声と、吐息と水音。
熱を帯びた彼の視線と体温。それに合わせるように、しずくの体温もどんどん上昇しているのがわかる。彼のせいで、自分が涙目になりそして体に力が入らなくなっている。
彼に与えられるついばむような軽いキス、そして時々深く食べられていまうのうな濃厚なキス。その繰り返しに、しずくは翻弄されていた。
「さっき言ってくれたこと、もう1回、、、言ってください、、、。」
言葉の間というよりも、口づけの合間に言葉を伝える白。その表情は10歳下とは思えないほどの大人の視線と色気があり、しずくはいつもこうなると直視出来なくなり、視線をそらしてしまう。
だが、それは白もすでにわかっているのかしっかりと腕で後頭部を支えられており、視線以外は動かせなくなっている。抱き締められてるしずくは、どこを見ても彼しか目に入らなくなり、戸惑ってしまう。そんな事はお構いなしに、白は何回もしずくの唇を奪っていった。
「言ってくれないんですか?」
「、、はっ、、キスしてたら、言えないよ。」
「、、、はは、確かにそうですね。」
白は少し離れがたいようだったが、ゆっくりと唇、体の順番に離れていく。
そして、「早く言って。」と言わんばかりに、親指でしずくの唇を軽く撫でながら、微笑んだ。
まだ濡れてトロンとした妖艶な瞳のままの白を見ていると、自分もこんな顔をしているのかとわかり、照れてしまう。白はかっこいいからとても色気を感じるが、自分はとても醜い顔になっているだろう。そう思い、しずくはそれを隠すように白に抱きついた。
しずくの思いがわかっていたのか、「大丈夫ですよ。」と言いながら、白はやさしくしずくの頭を撫でてくれる。どちらが年上なのか、わからなくなってしまいそうな行動だが、それでもしずくは彼にこうやって頭を撫でられるのが、とても好きだった。
付き合う前から、彼はこうして頭を撫でてくれる。彼の癖なのかもしれないが、それがたまらなく嬉しい。
「好き、、、。」
彼の腕のなかで幸福感に包まれながら漏らした言葉。白も幸せを噛み締めるように「ありがとうございます。」と言ってくれる。
暗くなった車の中。真っ黒な世界になっていても、お互いを感じながら2人だけの時間を過ごしていた。
しずくが白との過去を思い出してから、約1ヶ月が過ぎた。
晴れて恋人になった2人はほぼ毎日のように会っていた。もちろん、お互いに仕事が忙しいときや用事がある日は会わない事もある。
だが、時間を見つけては白がしずくの帰宅時間に合わせて迎えに来てくれていた。少し前、彼が告白したときと同じように。
保育士という仕事柄残業が多く、時間より遅くなることもあった。昔は連絡先を交換していなかったので、白を待たせることもあったが、今は前もって伝えるので、彼に迷惑がかかることはなくなっていた。それでも、いつも迎えに来てもらうのは申し訳ないので、どこか屋内で待っていることを進めたが、「あの公園好きなのであそこがいいです。」と言われてしまうのだった。
仕事帰りに夕食を食べ、2人は本屋に寄り道をしていた。
目的は特になったが、共通の趣味である小説や漫画本をぶらぶらと見ていた。
そして、自然と足を運ぶところがもう一つ。絵本コーナーだった。
「あ、見て!!キノシタイチさんのコーナーが出来てるよ。」
絵本コーナーの中心の1番目につく場所にキノシタイチの特集コーナーが設置されていた。
キノシタイチさんのは白としずくにとって、大切な絵本作家だった。白にとっては、自分に夢を与えてくれた存在であったし、二人の深い出会い、きっかけになった物でもあった。
特設コーナーにはその思い出深い、妖精と少年の絵本ももちろん置いてあり、白は自然と手を伸ばしてそれを眺めていた。
「やっぱりいいですね、この絵本。僕の1番好きな本でもあり、憧れの人です。」
「この本持ってるの?」
「もちろんです。ボロボロになるぐらいに読んでます。」
「そうなんだ。私も何回も子どもたちに読んでるからボロボロだよ。」
そんな事を話ながら、ふたりでその絵本のページをめくり、眺めていた。
色鮮やかなでほのぼのとした気分にしてくれる絵本。そして、ストーリー。ふたりも子ども達も大好きなものだった。
「でも、新刊が出たわけじゃないのに、なんで特集が組まれているんだろう?」
「そうですね、、、あ、これじゃないですか?」
白が気づいて指差した先には、大きなポスターが描かれていた。色とりどりの鳥たちが自由に空を飛んでいて、その鳥たちが向かう先には、大きな建物があった。これは、どこかに大学だろうか?
大きく「彩笑祭」と書かれていた。
「こうしょうさい?どこかの文化祭かな?」
「彩翔大学ですね。僕の母校です。」
「え!?そうなの?有名な美大だよね。すごいねー、白くん。」
彩翔大学は、有名な芸術家やデザイナー、ゲーム製作や漫画家などが卒業している大学だった。しずくは、アニメやゲームが好きだったためよく知っているが、一般的にも芸術大としての知名度は高いものだった。
白は、彩り豊かな笑い溢れる文化祭、という意味で彩笑祭と言うらしいと教えてくれた。
そして、そのポスターをよくみるとキノシタイチさんのサイン会やグッツ販売があると書いてあったのだ。
そのため、この本屋では特集が組まれてるようだった。
「キノシタイチさんのグッツかー。すごいねー!気になる。」
「、、、行ってみますか?文化祭。」
「うん!行きたい!」
すぐに、そう返事をする。
しかし、白は何故か苦笑気味に「わかりました。」と返事をするだけだった。
いつもなら、次のデートの予定が決まると、とびきりの笑顔で「楽しみですね!」と、喜んでくれていた。
だが、今回は今まで見たことがない反応だ。
何か予定でもあったのか?それとも、大学に行きたくなったのだろうか?
それからは何かを考え込むように、白は一緒にいてもいつもより反応が遅かった。
でも、しずくと時間を大切にしてくれ、手をしっかり握り笑顔を見せてくれる。
気のせいだったのかとも思ったが、一度に気になった気持ちは、消せなかった。
買い物も終わり、白はしずくの家まで車で送ってくれた。車内でも、いつもと変わらず優しく話しをしてくれる。ちょっとした沈黙もいつもなら、ドキドキするだけだった。けれど、今日は何かが違うのだ。空気感というか、雰囲気だろうか?
何が違うと、はっきりとはわからなかったが、白は何かを迷っているようだった。
モヤモヤした気持ちのまま、白とわかれてしまっていいのかと思い、しずくは思いきって彼に話を切り出した。
「白くん。もしかして、文化祭の日って何かあった?」
しずくがそう声をかけると、びっくりし目を広げて白はしずくを見つめていた。だが、すぐにいつも白に戻り、「大丈夫ですよ。その日は仕事もありません。」と返事をした。
別件ではない。そうなると、思い当たることはひとつだ。
「じゃあ、大学にあまり行きたくなかった?」
「、、、そんな事はありませんよ。」
ちょっとした間と、彼の視線が揺れたのがわかった。何か大学であるのかもしれない。
彼が動揺する姿をみて、直感的にしずくはそう感じた。
白の母校である大学の文化祭にいってみたい、という気持ちもある。だが、彼はあまり乗り気ではないようだ。
いきたくないところに行っても、彼は嬉しくないだろう。そう思うと、白に無理をさせたくないという気持ちが勝る。
「あのね、やっぱり来週末はおうちでゆっくりしたいかなーって。仕事忙しいから、持ち帰りの仕事もあると思うし。」
そう彼に伝える。理由は話したくないなら言わなくてもいい。白と二人でいれるなら、大学に行かなくてもいいのだ。
白と一緒に居たいだけ。
すると、白はなぜか息を軽く吐いて、しずくの頭をポンポンっと軽く撫でるように叩いた。
「心配してくれて、ありがとうございます。でも、大丈夫です。大学祭行きましょう。」
白はそう言ってくれた。
先程と同じように、少しだけ苦い顔で。
しずくは、その表情が気になって仕方がなかった。
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