第9話:共に毒を食む者

 目代小百合が「悪」? 何を言っているんだこの女は……。


 沖永、向山の両名は顔を見合わせ、一方は笑い出し、もう一方は不快極まりないと表情を曇らせた。


「アハハハハ! いやぁ笑いのセンス抜群だねぇ鶉野さんは! 弁解ってのはさ、もっとを言ったり嘘吐いたりするもんだけどね?」


「……酷い事を言うのね、鶉野さん? 小百合とは中学校からの付き合いだけど、明るいだけじゃなくて、どんな人にでも敬意を以て接してくれる……模範的な人格者なのよ?」


 模範――摘祢は繰り返し、「模範とは良い言葉ね」と頷いた。


「見習うべき人物の事を指す言葉。沖永さんの言う通り、私は目代小百合を模範として――」


 


 ヒラヒラと証明書を動かす摘祢は、俄にカウンターを見やった。沖永が力強く、両手でカウンターを叩いたからだ。


「お、沖ちゃん?」


「好い加減にして貰える!? 小百合を巻き込むどころか、まるで小百合が忌手イカサマを使っているような言い草……友達がそんな風に言われて、黙って聞いているなんて出来ないわ!」


 頬を怒りで紅潮させる沖永に……呆れ顔で摘祢が答えた。


「だとしたら、沖永さんは人を見る目が無かったのね」


「なっ……」


「いいえ、訂正するわ。私も見る目が無かった、あの女を信用した私が馬鹿だった」


 我慢ならぬとカウンターから出て来た沖永、制止しようと駆け寄って来た向山の――二人の手を掴んだ摘祢は、背筋を撫でるような低い声で言った。


「はっ、離して、離してってば!」


「皆まで静聴しなさい、ご友人達。最後まで聴いてくれたのならば、必ず貴女達は私の理解者となるわ」


 両名を引き寄せ、「単刀直入に言うわ」と呟いた。


「一年前……私の親友が当事者となった《札問い》で、あの女は起き札を一枚、余計に


 途端に――沖永と向山は目を見開き、摘祢の口元を見つめた。


 話の続きを欲していた。


「ついさっき……貴女達は言ったはず。『賀留多は信頼関係によって成り立っている』と。沖永さん、質問よ。……って、平たく言えばどういう事かしら」


 たどたどしく答える沖永の双眼が、右に左にと激しく泳いだ。


「…………忌手イカサマを使わない事」


「向山さん、この答えは間違っているかしら」


 重々しく首を横に振った向山。


「そうよね、私もそう答えるわ。……じゃあ、目代小百合がやった事は、一体――」


「間違って引いた、って事があるかも……しれない」


 沖永さん……冷たい声で摘祢が被せた。


「腐っても、あの女は最強とまで言われた打ち手のはず。そのレベルの打ち手が、間違ってもう一枚引く? 仮に間違ったとして、黙って闘技を続ける? 《金花会》じゃないのよ、《札問い》、しかも代打ちなのよ?」


 ジッと摘祢に見つめられた沖永は、その視線を嫌って後退ろうとしたが……掴まれた手が楔となり、思うように動けなかった。


 摘祢の話を聴けば聴く程に――微少な「疑い」が生まれるようだった。


「評判高い女だったのでしょう、『人格者だ』って。ミスなど有り得ない打ち手であるその人格者が、手の内に一枚、更には……まるで隠すように持ち続ける?」


「でも、目代さんが釣り込んだって証拠は無いよね?」


「お返しするわ、向山さん。私が忌手イカサマを使った証拠を、何でも良いから見せて貰える? 『私が見た』ってのは無しよ」


「だったら鶉野さんも同じだよね、釣り込んだ場面を見ただけなんだろう? 水掛け論だし時間の無駄だね」


「えぇそうよ、私がこの目でしっかりと見たの。それだけよ。何? そろそろ私を生徒会に連れて行く? 『この人は一年前から勝率を上げています。忌手を使っているのを私が見ました、それが証拠です』……とでも言うの?」


 苦虫を噛み潰したような顔の向山は、しかし摘祢の視線から逃げる事無くその場にいた。


「私が忌手を使う時は『大尽博打』の時ぐらいよ。花石を貯めるだけ貯め込んで、使い道が無いからと馬鹿張りする連中から取るだけ。気になるなら記録でも何でも見てご覧なさい」


 逆に――摘祢の声調が少しだけ、荒くなった。


「絶対の信用関係で成り立つ《札問い》に、貴女ならと手札を渡すのが《代打ち》なら、あの女はどんなにをしたのでしょうね。それに……一度でも忌手イカサマを疑われたら、他の《代打ち》も《金花会》でも、全部……使っているのでは、と考えるのが普通よね」


 摘祢は沖永を一瞥した。強い不安を彼女の表情に感じた摘祢は、追い打ちを掛けるように続けた。


「そもそも……《札問い》の場で忌手イカサマが横行していたなんて、噂程度でも他の生徒に知られたらどうするの? 目付役を派遣する会計部の立場は悪くなる一方よ。知らぬ存ぜぬで通すつもり? 人格者らしく、『見抜けませんでした、ごめんなさい』と謝るのかしら?」


「……うぅ」


「今、頻繁な活動が確認された《代打ち》は何人いるの?」


「目代さんを含めて。一年生が二人、二年生が一人……だね。四人とも《姫天狗友の会》のメンバーさ」


 向山の方を向いて摘祢が問うた。


「勝率は?」


「……皆、八割以上だよ」


「賀留多は技術と運が必要なのよ、幾ら技術があるとはいえ……その勝率はどうなのかしら。しかも他人の揉め事を背負った場……もしかすると――」


 


 誤解しないで欲しいのだけれど――二人の顔を交互に見やる摘祢。


「私、あの女のように逃げ切ろうなんて思っていないわ。遅かれ早かれ、私は生徒会に忌手イカサマを使ったと出頭するつもり」


 えっ……と二人の声が響き渡った。


「貯め込んだ花石で豪遊しようとなんて考えた事も無いわよ。この花石は……温め続けた計画の為に、一切合切使うのよ」


 怯えたように沖永が口を開いた。


「もしかして……に?」


「えぇ。。相手は忌手イカサマの常習者、普通の闘技じゃ一手も二手も先んじられるわ」


 ご友人達、よく聴いて頂戴――摘祢は続けた。


「私は善悪で言えば悪よ。にある貴女達が出張る必要は無いのよ。丁度良いでしょう、悪と悪が戦って、勝手に対消滅するんだもの。私はあの女を仕留められるし、貴女達にとっても忌手イカサマ使いが消え去るのは嬉しいはず。……いいえ、嬉しくないとは言えない。何故なら貴女達は善の人だから」


 私の話が信じられないでしょう……泣く子を宥めるような声色で、摘祢は二人の肩にソッと触れた。


 最早――沖永と向山に抵抗の意志は認められなかった。


「そうよね。信じられないわよね……当たり前よね。だって、私が一生懸命話しても訴えても、それは一人の言葉だから。人間は悲しい事に、一人の正論より百人の詭弁を信じてしまう生き物。だから――」


 貴女達に、私の協力者パートナーをご紹介するわ……スマートフォンを取り出し、手早くメッセージを協力者に送信する摘祢。


……まぁ花ヶ岡だもの、女よね。彼女も目代小百合というよりは、どちらかと言えば《札問い》そのものを恨んでいるみたい。伝統って、時には理不尽だけれど……『そういうものだ』と無条件に信じ込ませる力がある。利用しない手は無いのよ」


「……本気で、目代さんを潰そうとしているんだね」


「勿論。私の親友を下らない手で不幸にしておいて、何が《姫天狗友の会》よ。笑えてくるわよね。悪は滅されるもの、全く同意するわ。私は罰を受ける覚悟は出来ている、それなら……あの女も当然、罰されるべきよね?」


 コツコツと事務室の扉を叩く音が聞こえた。業務終了時刻をとうに過ぎているにも関わらず、ノックをするという事は――。


 扉の前に、摘祢の「協力者」が現れたという意味だ。


「いらっしゃい。怯えなくても良いのよ、だってここには……」


 私と、私のお友達だけなのだから。

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