第6話:未来を壊す手
淡々と場を進めていく目代の後ろ髪を見つめ、摘祢は「流石は最強と名高い《代打ち》ね」と感心していた。
前局――神無月戦にて、齋見は偶然か狙い通りか、《赤短》を完成させる事が出来た。観客は「まぁそれぐらいは出来るだろう」と大した感動も無く、パラパラと頼りない拍手を贈るだけで、齋見を連れて来た「敵」は……。
近くに座り、目代へ祈りを捧げる怜未を――鋭く睨め付けるばかりだった。
不思議な文化だ……摘祢は打たれる札の行方を追いながら、ふと思った。
複雑に絡み合い、解けなくなった揉め事を《賀留多》で解決出来るなんて……。
困り果てた親友を救うべく、代闘を買って出た目代小百合が「超常的存在」の類いにすら思えた。
無料で良いとは言っていたけど……キッチリお礼はしないとね。
引っ込み思案な友人に代わり、いつでも勝ち鬨を上げる準備は出来ていた。摘祢はソワソワと目代の打ち筋を見守っていたが……。
四手目、目代は《桐に鳳凰》を場に打ち出す。声にこそ出さなかったが、「うっ」と息を吸い込むように身体を強張らせた。
途端に――観客は耳打ちをする。「まさかそれは……」と首を捻る者もいた。
花ヶ岡高校二年生鶉野摘祢もまた、多少は《こいこい》の腕に覚えがある。故に……四手目の光札打ちは、幾ら頭を捻れども――。
最低最悪、紛う事無き悪手であった。
「ねぇ……今のって」
「いや、そんな訳無いでしょ。何か作戦があった……と……思うよ」
隣で観戦していた生徒達が話し合う傍で、摘祢もまた「凡人には理解出来ないレベルの作戦なんだ」と無理矢理納得しようとした。が……。
摘祢は考える。
目代さんは《桜に幕》を、相手は《松に鶴》《芒に月》《柳に小野道風》を持っている。《三光》になれない三枚……なれないからこそ、残り一枚――鳳凰を何としてでも欲しているはず。
でも……《桐のカス》三枚は場札にも出ていない。手四は配り直しのはず。仮に、目代さんの手にカス札が二枚あるとして、もう一枚は――闇の中だ。
絶対に現れないと言い切れない限り、余りに恐ろしいじゃない。それが出たらあっと言う間、あっと言う間に一四文なのよ?
代打ちというのは、闇すらも見通してしまうの? 誰も思い付かないような奇策すら、容易く生み出してしまう程なの?
ねぇ、目代さん……本当にその四手目は――。
「っ、しょ、勝負!」
齋見が高い位置からある札を……《桐に鳳凰》へ叩き付けた。俄に観客は響めき、目付役すらが眉をひそめて「出来役の読み上げ」を行えずにいた。
余程に霜月戦での追い上げが嬉しかったのか、齋見は自ら出来役を何度も叫び、周囲に「堂々と討ち取ったのだ」と言い触らしているようだった。
「《雨四光》です、《雨四光》! な、七文倍付けですから! 一四文です、勝負です!」
あれって、やっぱりミスだったの?
摘祢は勿論――目付役から齋見、観客に加えて《札問い》当事者達も皆、一様に目代の四手目を思い返したに違い無い。
同時にこの「疑い」は、闘技前に格の違いを感じて怯えていた齋見のカンフル剤となった。
霜月戦の失敗により、両者の差は一〇文にまで縮まる。
残り一局、されどたったの一〇文差……。素人相手ならまだしも、敵は必死に「出世」を目指して食らい付いて来る《代打ち》である。
沸き立つ観客の声の中――怜未はチラリと目代を見やる。見やり……。
言い様の無い不安が彼女を襲った。
札が撒かれる間、目代は笑うとも焦るとも、ましてや怯えるような表情も浮かべず……。
唯、目を見開き、そこに座っているだけだった。
彼女の変質を悟ったのは怜未だけでは無い、怜未の身を誰よりも心配する摘祢もまた――起こった異常の冷たさに、唇を噛んで堪えていた。
それから最終局は間も無く始まり、怜未の名誉と未来を賭けた《札問い》は結末へと向かい出すが……。
三手目、目代の手番を境に――鶉野摘祢、垂野怜未、そして彼女自身の未来が壊れ始めた。
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