第3話:ココアを二人で
「摘祢ちゃん、私……虐められているんだ」
行き付けの喫茶店でいつものようにパフェを食べている時、別のクラスに在籍する幼馴染み――
しかし怜未は苦笑いもせず、黙して自分のパフェを見つめるだけだった。普段ならすぐに器を空にしてしまう怜未は、この日ばかりはスプーンを持つ事も無く、摘祢の助けを求めているような雰囲気を醸し出していた。
「……本当に?」
コクリと頷く怜未。
「心配掛けたら悪いと思って……黙っていたんだ」
彼女は訥々と「推測の理由」を語り出したが、聴けば聴く程に……全く下らない内容であった。
「纏めると……先月のディベートの授業で、その女子に意見しただけなの?」
再び頷く怜未は、深い溜息と共に呟いた。
「意見っていうより……あの人の主張が正しいとしたら、加害者の取った行為は正当化されるようで……思わず『それは違うんじゃないの』って……」
ザリザリと音を立て、器の底に敷かれたコーンフレークを掬い取ろうとする摘祢は「あのねぇ」と呆れながら言った。
「その女子は、自分の意見が通らないと拗ねるようなタイプなんでしょう? そんな奴と討論したって何も有益な事は無いし……無視が一番よ、そんな奴」
言い終え、摘祢は「しまった」と口を噤んだ。
放って置きたいけれど、それが出来ないの……そう言いたげな怜未が、目に涙を浮かべて俯いていた。
「……ごめんなさい、怜未。私が悪かったわ」
「ううん……摘祢ちゃんの言う通りだよ。ああいう人と関わるからいけないの……」
怜未曰く――ディベートの一件から日に日に嫌がらせが増えていった。
下駄箱に虫の死骸を入れられる、トイレに行けば上からゴミが降ってくる、机に罵詈雑言の落書きは当たり前、二日前は《八八花》を入れている手縫いの巾着袋に墨汁が掛けられていたという……。
「……先生には言ったの?」
「言ったけど……あの人の方が成績が良いし、学級委員もやっているから……上手く逃げられて……」
「何それ。そんな事で先生が引っ込むとかありえないわ! 怜未、今から一緒に職員室へ行きましょう、それで駄目なら生徒会に直訴するのよ、貴女は何も悪くないのに……絶対に間違っている!」
怜未は「ありがとう」と微笑み、一粒の涙を溢した。
「でもね、もう遅いんだ」
泣きじゃくりながら……怜未は途切れ途切れに訴えた。
「あ、あの……定期考査、で……私……その人に、カンニングしたって……言われて……違うのに、そんな事していないのに! 誰も……信じてくれないの……」
顔を覆った手の隙間からポタポタと涙が流れ落ちる。一滴、二滴と数える内に――摘祢は沸き立つような怒りを覚えた。顔面を殴り飛ばしてやりたい、そうも思った。
駄目、殴ったところで問題は解決しない。根本から「怜未は悪くない」と証明する方法が必要――。
少しの間を置き……摘祢は「怜未」と問い掛けた。
「ここまで来たら、あの手段に頼るしかないわよ」
「……何、それ」
「《札問い》よ。これだけは誰も逆らえないでしょう? 前に聞いた事があるわ。怜未と似たような状況の人が、《札問い》に勝って無実を証明したって……」
駄目だよ摘祢ちゃん――赤い目でかぶりを振る怜未。
「私、弱いもん」
その実、怜未は賀留多闘技が酷く苦手であった。要所に直面する度に失敗を重ね、《こいこい》では相手に八〇文差を付けられる事も多々あった。
どれ程気を付けても、必ず姿を隠したハプニングが襲い掛かり、結局「駄目人間」の烙印を押されがちな人種――それが怜未であった。
「大丈夫よ怜未。賀留多を苦手とする人の為に……代わりに戦ってくれる人がいるでしょ?」
「……私の《代打ち》なんて、誰も引き受けないよ」
「それも大丈夫。揉め事を公平に取り扱ってくれて、しかも滅茶苦茶に強い《代打ち》が二学年にいるのよ。その人を頼りましょう――」
使えるものは何でも使うのよ……摘祢は彼女を力付けるように笑った。
翌日。昼休みの事である。
何処からか投げ付けられた黒板消しを所定の位置に置いてから、怜未は足早に目的の教室へと向かった。
三階の奥に教室があるでしょ? どの部活も使っていない空き教室……その中に、天狗のキーホルダーが下がっている場所があるの。彼女は、昼休みはいつもそこにいるらしいわ。
摘祢の言葉を反芻しつつ、三階奥に向かってスタスタと歩いて行く。遠くで聞こえる笑い声が、「情け無く他人に助けを求める」自分を笑っているようで、怜未の胸が苦しくなった。
果たして――目当てのキーホルダーを認めた。中からは給湯ポットを使用する音が聞こえた。
震える手でノックをする怜未。「はい」と明るい声が返って来た。
「し、失礼します……」
開いた扉の向こうには――柔和な笑みを湛える女子生徒が、ココアの入ったマグカップを大事そうに持っていた。
「あれ、三組の垂野さん? どうしたの? 何だか具合悪そうだけど――」
「お願いがあります!」
扉のすぐ近くで……怜未は落涙しながら頭を下げた。
「目代さん! 私の《代打ち》になってくれませんか! お願いします、お願いします!」
蹲り……その場で泣き出してしまった怜未を、しかしながら――。
《鬼百合》と渾名される程の打ち手、目代小百合は邪険にする事無く、彼女の肩にソッと手を置いた。
「美味しいココアがあるの。一緒に飲まない?」
涙に濡れる怜未の顔を、目代は惜しげも無く自身のハンカチで拭いた。
「私で良ければ、力になるよ」
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