第11話

 黒騎士の姿が消えた後、オレたちはすぐさま学校へと戻った。黒騎士について、落ち着いた場所で会話したいというのもあったが、何よりいつ元の姿に戻るか不安だったからだ。最後の最後に衝撃的な出会いがあったせいか、ショッピングの高揚は冷めやり、戻る際オレたちの間には会話はなかった。



「……んで、どうすんだ?」



 最初に口火を切ったのは、祐樹であった。


 土曜日の夕方、ちらほらと部活に精を出している者たちの目から逃げるように校内を歩いている最中、元の姿に戻った彼。学校に戻って五分と立たないうちに戻ったので、本当にギリギリであったのだなと内心ひやひやした。もう少し遅ければ、公衆の面前で美少女が冴えない男に変身するという悪夢を見せびらかすところだったのだから、ビビりもする。前日確認では、もう少し長く変身できていたような気もするのだが。何か差があるのだろうか。


 その後研究所に戻ったところで神三郎が、昨夜泊まった部屋へ足を踏み入れたところで半助が元の姿に戻り、オレたちは面を向かい合わせてそれぞれソファに座り込んでいた。

 気持ち的には男四人だが、パッと見男三人女一人の逆ハーレムな風景が出来上がっている。全くうれしくない。


「どうすると言っても、やれることは一つだろうさ」

 ソファの背もたれに腕を置いて姿勢を崩している祐樹に対して、まるでドラマの一シーンのように、腕と足を組みゆったりとソファに沈み込んでいる神三郎。彼はそう口にすると、おもむろにズボンのポケットへと手を伸ばす。取り出したのは、スマホ。どぎついアニメキャラをかたどったケースに入ったスマホである。


「呼ばれた当人の判断に従う。俺たちはあくまで仲介を頼まれただけだ。そも二人の間柄さえ知らない俺たちが何かできるわけもないだろう」

 恐らくそのスマホの中には、ガルガッディアの連絡先が入っているのだろう。もしそうであれば、ガルガッディアも同様にスマホを有しているということだが。ゴブリンでもスマホは契約できるものなのだろうか……。それとも、別名義のものを使っているとか。真相はどうあれ、取り敢えず連絡することはできる様子だ。



「失礼します」



 その時、不意に研究所に続く扉があけられた。


「お茶をお持ちしました」


 そう口にしながら現れたのは、以前陽総院家で見たクラシカルなメイド服に身を包んだ見知らぬ女性であった。少なくとも、あのレズっ気たっぷりのお姉さんではない。

 さらりとした黒髪を腰まで伸ばした、たおやかな女性だ。年齢的にはまだ二十代もそこそこといったところだろうか。しかし、若い見た目に反してその所作は年齢以上の貫禄を感じる。


 何かすごい綺麗な人だなぁ。まるで端正に作りこんだような感じだ。作り物っぽいってわけじゃないんだけど、完成され過ぎてるというか。



「おぉお……ガチメイドさんや」

「随分と麗しい女性でござるな……」


 ぼんやりと見惚れていると、横から祐樹や半助のそのような呟きが聞こえてきた。見ると彼らも現れたメイドさんを凝視している。一方で神三郎の方は、見慣れているのか平然としているが。羨ましい限りである。


「どうぞ」

 麗しいメイドのお姉さんは、まるでお手本のようなきれいな所作でオレたちの前にカップを置いていく。そして一通り配り終えると、その場で小さく会釈をすると足音を立てずに部屋を後にしていった。


「さっすが世界に名を轟かす陽総院。えらいべっぴんなメイドさんを雇っておりますなぁ!」

 早速配られたカップの、メイドさんが触っていたところを二度三度さすりながら、祐樹が興奮気味にそう口にした。


 いやなんだよその手つき気持ち悪いな。


「あ、あぁ。そうだろう?」

 対して、神三郎の返答はどこかぎこちないものだった。まあ彼からすれば、すべてのメイドがあんな完璧ではないということを理解しているから、大見栄きって頷けないのかもしれない。


「と、兎に角だ。俺のスマホにはガルガッディア氏の連絡先が入っている。取り敢えず今からコンタクトを図る」

 仕切り直しのためか、一回空咳を挟んだ神三郎。彼はその後そう口にしながら、自身のスマホを軽く掲げて見せた。そしてそのまま操作をし始め、すぐに耳元へあてがい始める。


 直後、何故かポケットに入れたオレのスマホが振動し着信を知らせ始めた。



「え?」



 慌ててオレはスマホを取り出すと、かけてきた相手を確認した。


「悲報、ガルガッディア氏、いつの間にか貧乳エルフとなる」

「違うわ!」


 あまりのタイミングの良さに、祐樹がそう茶々を飛ばしてきた。


 誰が悲報か失礼な。貧乳はステータスという言葉を知らんのかこいつは。


「誰でござるか?」

 阿呆の祐樹は放っておくことにして。半助から上がったその問いかけに答えつつ、通話ボタンに指を伸ばす。

「ああ、ジローさんだよ。何だろうな、突然?」


 スマホの画面に映っていたのは、陽総院神二郎の文字。陽総院家の次男で、現在は東京の大学に通う現役の大学生だ。

 無茶をしでかすことの多い神一郎や神三郎の諫め役に回ることの多い彼を、オレは陽総院兄弟の良心と勝手に解釈している。切れ長な瞳などから、割とシャープな印象のイケメンである神一郎と神三郎とは異なり、どちらかといえば柔和な笑顔の似合う、優し気な雰囲気をまとった好青年だ。イケメンなのには変わりないが。


 それはそれとして。上京してからはたまにしか連絡を取っていなかったのだが。一体何の用だろうか。


「じ、ジローさんて、お前――」

 勝手知ったる相手だったので、何も考えずすぐに通話ボタンを押して耳元にスマホを近づける。そのわずかな時間で、祐樹が慌てて立ち上がったのに気が付いたが、気にせず着信に応じた。


「もしもしジローさん? 一体どうし――」



『ひっ!?』



 久々に聞く神二郎の最初の台詞は、言葉にならない息を飲む声であった。しかも、その後電話越しに何かが崩れるような物音が聞こえてきた。


「ちょっ、ジローさん!?」

「おい待て成一! 自分の格好を考えやがれ!」

 不意にぐいと肩を掴まれる。振り返ると、いつの間にか祐樹が目の前に立っていた。彼はひどく慌てた様子でそう口にする。その言葉の意味を、オレは瞬時に理解した。


 そうか、今のオレは……女性の姿だったっ。


「あ、や、やべ――」

「ちょい貸せ!?」

 通話中のスマホを軽く祐樹の方に差し出すと、彼はすぐさまひったくり、スマホ越しに神二郎へと声をかけ始めた。その様子を見ながら、オレはきゅっと胸元を握りしめる。それだけでは飽き足らず、もう片腕で頭を抱えた。


 やってしまった……っ。


 オレの中で罪悪感が渦巻き始める。


 陽総院神二郎は、陽総院兄弟の中で一番穏やかな性格をしている。また天才肌の二人と違い、かなり自分たち一般人と価値観が近いせいもあって、陽総院家にお近づきになりたいと目論む輩からの接触が多かったらしい。とはいえ神二郎自身も馬鹿ではないので、うまいことそんな奴らを躱していたのだが。あるとき、それでもうまいこと近づいてきたとある女性に、彼は手痛く裏切られた。

 詳しいことは聞いたことないのだが、しばらくは部屋からも出られないような日々があったことを、オレたちは知っている。オレたちが想像つかないような、酷いことがあったのだろうと思う。


 それ以来、神二郎は女性恐怖症を患ってしまったのだ。


 それはもうひどいもので、一時期は女性の姿を見るだけで吐いてしまうような有様だった。今でこそ一般社会で生活する程度なら大丈夫なようだが、不意に至近距離での接触……例えば耳元で女性の声を聴くようなことがあれば、体が硬直してしまうのだという。


 オレはオレのスマホに向けて必死に声をかける祐樹の姿を眺めながら、心細さを感じていた。祐樹や半助以上に交流があるからこそ、神二郎を驚かせてしまったという罪悪感が重荷となってオレを苦しめる。

 祐樹の声かけが功を奏したのか、一方的だった祐樹の声かけが、やがて会話をしているようになった。どうやら、大きな物音がしたものの神二郎は無事なようだ。


「ジロー殿、大丈夫でござろうか……?」

「……多分、大丈夫だと思う。祐樹の言葉ぶりからすると」

 いつの間にか半助も近くに寄ってきていた。一方の神三郎は、ガルガッディアから応答があったのか、少し離れたところで何やら会話を行っている。だがそのかたわら、ちらちらとこちらを観察している素振りも見えたので、話半分にはこちらの状況を気にしているようだ。


「あぁ、そう。ビビるかもしれねぇけど、成一だから。安心してくれ。やばそうだったら、また変わるから」


 不意に、そう言って祐樹がこちらを振り返ってきた。そしてそのままオレの方へ近寄ってくると、無言でスマホを手渡してきた。


「え?」

「一応説明はしたからよ。成一に変わってくれってさ」

 キョトンと差し出された自身のスマホを眺めていると、祐樹はそう口にした。オレは何度か瞬きをすると、おずおずとスマホを受け取る。見ると、まだ通話は続いているようだった。


 オレは恐る恐る耳元へとスマホを近づける。



「……も、もしもし?」



 そして、ためらいがちに声を出した。

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