第10話

 彼らの問答を傍から見ながら、オレはふと先の黒騎士の言葉に思いをはせていた。


 さっきこの人、自分のことを魔族って言ってたな。ゴブリンのガルガッディアさんと同じく。……ということは、この人も異世界から来たってことか?


 鎧に身を包んでいるせいで、シュライザの素顔はうかがえない。だからもしかしたら、そういう設定のコスプレイヤーという可能性も……いやないだろう。この大きさからして、常人とは思えない。きっと彼の漏らした通り、鎧の中身は人間ではなく、その正体は異世界からの訪問者なのだろう。


 もしかしたら、鎧だけで中身は空っぽとかだったりして。



「尋ねたいことというのは、ほかでもない」


 そう言ってシュライザはおもむろにオレと半助の方に顔を向けてきた。まさか注目されるとは思っていなかったので、軽く身をのけぞらせて息を飲む。そんなオレたちの心情を知ってか知らずか。シュライザは淡々と言葉を続けた。


「つい最近、この世界へと現れたゴブリン族の大男……ガルガッディアのことを知っているだろうか」


 オレたちはどう反応したらよいものか分からず、お互いの顔を見る。


 正直に言うと、知っているどころか会話もしたことがあるくらいの間柄だけど……。どうしてシュライザさんは彼のことを聞くんだ?


 ガルガッディアがこの地に来ことを知っているということは、恐らく彼と同じ手段でシュライザもこの世界に来たのだろう。そんな異世界の住人がほいほい来るような出入り口があるのなら、是非とも見てみたいけれども。


 ……じゃなくて。気になるのは、どうしてシュライザさんはガルガッディアさんを追いかけてきたのか、だよな。


 以前ガルガッディアは言っていた。元いた世界では、彼らは迫害される対象であったと。生贄にされても何とも思われないような、駒のような存在だと。そんな存在をわざわざ追いかけてくる意味とは、一体なんだろうか。


「……知っているか否かと問われれば、知ってはいる。突然この世界に現れた異形だからな、随分と騒ぎになった。だからこの街に住んでいるものなら、皆顔くらいなら知っているはずだぞ」

 オレが抱いた懸念は、神三郎も引っかかっていたのだろうか。実は今朝も会っていましたという事実を隠して、神三郎がそう口にした。神三郎の言葉に、果たしてシュライザはどうこたえるだろうか。

 そう思って様子を窺ってみたが、当の彼はどこかやれやれといった様子で肩をすぼめた。


「……職業柄、私は魔術が使えなくても魔力の気配にはある程度敏感でな。おおよそ魔力がほとんど感じられないこの世界で、どことなく感じたことのある魔力を身にまとっていれば、ある程度見知った仲だということは想像がつく」


 魔力をみにまとうって……まさか!?


 オレはさっと自身の耳元に手を置く。横を見れば、半助も自身の臀部に手を添えていた。お互い、そこには何もないように見えるが、それぞれ見えざる何かを有している。実際に触れれば感触もある。見えないようにしているだけ。

 ガルガッディアの魔術が、それを可能にしていた。


「そこの二人からは、ガルガッディアのものだと思われる魔力を感じる。ようやく見つけた手がかりだ。済まないが、満足できる回答が得られるまで解放することはできない。彼は、今どこにいるだろうか」

「……俺たちを脅かすつもりはなかったのではなかったか?」

 不穏なことを口にするシュライザに対して、神三郎が若干責めるような口調でそう問いただす。しかしその言葉を真正面に受けながら、シュライザは淡々と答えた。


「勿論脅かすつもりはない。が、ただ何も聞かぬ間に手放すつもりもない」

「…………」


 やはり威圧感があるというだけで、強力な武器になることがわかった。シュライザは特に声を荒げることはなく、終始冷静な対応をしてくれている。だがその威圧感のおかげで、気持ちが萎縮するのを感じるのだ。萎縮はそれだけで深い思考を妨げる。


「……確かに、ガルガッディア氏は俺たちの良き友人と言っても差し支えない程度には、交流がある。……だが、何分彼は現在時の人……いや、時のゴブリンと言った方が良いのか。兎に角、思った以上に多忙な方だ。どこにいるかは、正直俺も見当がつかない」

「だから――」と神三郎はさらに続ける。


「一度ガルガッディア氏と連絡を取らせてほしい。一応連絡手段は有している。貴方の要件が何かは分からないが、一日待っていただけないだろうか」


 鎧越しだが、神三郎とシュライザの視線が交差する。オレなんかはシュライザの威圧感に圧倒されっぱなしなのに、神三郎は対等に会話しているように見える。彼のその鋼のメンタルは、一体どこから生まれ出でたのだろうか……。


 こんなんだから、いくら犯罪者予備軍の重度ロリコン患者とはいえ、頼りになるんだよなこの人は。


 神三郎の見た目に反した毅然とした態度に、シュライザもどこか感銘を受けたのか、わずかにうなるような声を漏らした。そして考え込んでいるのだろう、その後少し間が空く。

 やがてシュライザは「――わかった」と口にしながら、立ち上がった。


「明日、また話を聞かせてもらおう。同じ時間に、この場所に来てもらえるだろうか」

「承知した。回答だけになるか、本人が来るか分からないが、約束しよう」

「うむ。……話が付いたところで、私は退散することとしよう。人の世でこの姿は、悪目立ちするからな」

 シュライザは小さく頷くと、くるりと踵を返す。そして一歩目を踏み出したところで、ちらりとこちらを振り返ってきた。


「……そこの少女に免じて、信じよう。だが、必ず約束は守ってもらう」

 そして、更に一言続ける。




「お前たちの顔、覚えたからな」




 そう身の毛のよだつようなセリフを残すと、シュライザは再び足を動かした。そして数歩歩いたと思ったら、突然黒い霧のようなものを身にまといはじめる。その霧が完全にシュライザの姿を隠した直後、霧は不意に大きく揺らぎ、中央にできたブラックホールのような黒い穴に吸い込まれていった。


 その始終を目にしたときには、あの異常に目立つ黒い鎧の騎士の姿は完全に消え失せていた。

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