第9話
「いやーこんなに長時間女の姿でいるなんて。なんか似非とはいえ、俺も結構いけるんじゃね、とか思っちゃうわ。野郎の視線も釘づけだったしよ」
「妾も不思議な気分よ。今まで入れなかった店に入ることができるようになったかと思えば、逆もまた発生して。……普段なら、斯様な店に足を踏み入れれば、白い眼で見られてであろうに」
ショッピングモールで各々買い物を済ませた後。オレたちはその後特に立ち寄ることはせず、地元駅まで戻ってきた。大体買い物に費やしていた時間は一時間程度。女の買い物は長い……とよく聞くし実際一華も買い物に出かけるとしばらく帰ってこないことを考えると、この時間は短い方だろう。
しかし、中身は冴えない男子高校生四人であるからして、オレたちの価値観からすれば、まあまあ居座ったといった心情だ。
そしてその居座るに至った主な原因は。
「あー店といえば」
そう言いつつ、祐樹が後ろを歩くオレの方をくるりと向いてきた。
「こん中で一番堪能した成一君。ご感想はどーでしょうか?」
その目は明らかにからかいの意図を含んだものだった。こいつふんわりした笑顔が似合いそうな顔つきをしておきながら、こういう人を馬鹿にしたような表情を浮かべたがるのは、何とかならないのだろうか。元の姿だと普通に殴りたくなるのだが、美少女の姿だと……やっぱり殴りたくなる不思議。
だが、彼の言い分がすべて間違っているわけでもなくて。
「……服を選んでたんだから、時間かかるにきまってるだろ」
オレは反論できない口惜しさをかみしめつつ、そう漏らす。
今現在オレは肩から大きな紙袋を提げている。服飾店のお姉さんが本気を出した結果、大金を惜しみなく使う勢いでコーディネートされた。それら一式が、その紙袋の中に詰まっている。サイズとしては、二、三日用の旅行バッグもかくやというほど。むしろこんな大きさの紙袋用意されていたのかと驚いた。
一方でオレの前を歩く祐樹や半助においては、コンビニの袋程度の大きさのビニール袋が片手に下げられているくらい。それより大きな買い物をしていそうな神三郎ですら、オレの半分程度しかない。
そりゃまあ……この物量の差を見れば、オレが一番買い物を満喫してたって思われるだろうけどさ。
事実、神三郎から渡されたお金を一番使ったのも、オレのようだった。
「そういうお前らは、随分と無難な買い物しやがって。てか卑怯だろそれ」
せめてもの抵抗として、オレは口をとがらせながらそうつぶやく。すると祐樹は心外とばかりに、手にした袋をパンパンと叩き始めた。
「何を言うか。立派な『女子の状態で使えるもの』だろ? 野郎の時じゃ買いにくい、でも野郎の時でも使える……これ以上ないチョイスじゃねえか」
祐樹の持つ袋には、とある書店の名前が印字されている。その中身は、昨今話題の少女漫画が入っているのを見せてきた。『アニメ見てた時から、欲しかったんだけどよぉ。どうもあの少女漫画が陳列された棚に行くのに躊躇っててな』とは、つい最近彼から聞いた愚痴だった。
「そうじゃぞ成一。普段買えないものを買うというのは、立派に課題達成と言えるのではないかえ?」
そういう半助の手にあるのは、ちょくちょく何かが飛び出ている、祐樹のと同じくらいのサイズの紙袋。そこには雑貨店の印字がされており、その中身は調理用のアイテムが複数個入っているようだった。先ほど見せてもらったときは、ハート形や星型などファンシーな型抜きの姿があったりした。実はこの中で唯一料理ができるという彼らしいチョイスと言えなくもない。
「まあ、本来の目的は女子のことを知るための活動だからな。女子目線での購買ができた時点で、それなりに達成と言えるだろう」
最後そう発したのは、先頭を行く神三郎であった。彼はひときわ小柄……というか幼女ということもあり、オレの手にしている紙袋の半分くらいのはずなのに、すごく大きく見える。中身は、オレと同じく服が入っているらしい。そういえば、集合場所に一番遅く戻ってきたのはオレだったのだが、次点で遅かったのが神三郎らしい。
「楽しかったぞ? 偶然にも同じタイミングで買い物をしていた幼女と話が出来てな。見せあいっこは天にも昇る気分であった」
「こいつが一番性転換させちゃあかんやつじゃね?」
「…………そうだな」
その時のことを反芻しているのか、はあはあと息の荒い神三郎を冷ややかに眺めながら、オレたちはため息をついた。
何か、サブさんの気持ち悪い言動見てたら、どうでもよくなったわ。
などと他愛もない話をしながら、四人で固まり駅前の広場を歩く。まだ夕方まで時間があるということもあって、人通りはそれなりにある。傍から見たら、美少女で姦しい集団に見えているのかもしれない。あるいは、髪を特殊な色に染めたがるコスプレ系女子たちか。いずれにせよ……内情を知ったら絶望すること必至だ。ここに女子はいない――
駅から先は、各々自転車での移動である。この後は、一旦学校に……というより研究所に集まる予定にしていた。荷物をそこに置いているということもあるが、何より神三郎の提案で、装置を使って身体状態の確認をしたいとのことだった。
駅から市営の駐輪場までは、僅かに距離がある。その間をのんびりと歩いていると。
「済まない。少しいいだろうか」
不意に横合いから声をかけられた。一体誰に声をかけたのか分からなかったが、聞いた直後、随分とくぐもった声だなという印象を覚えた。声質から男性だということは分かったのだが。
示し合わせたかのように、オレたちは一斉に声の主を振り返る。
「っ!?」
そして、皆同様に言葉を失った。
視界に現れたのは、まるまる一人分の甲冑。背丈は二メートルくらいありそうに思える。骨子は中世に使われていそうな、すらっとした鎧だが、肩や腰回りなどは複数の板金を組み合わせており、背丈以上に大きな印象を覚えさせる。全身をくくまなく黒で彩ったそれが、不自然に突っ立っていた。
え、何これ。さっきまでなかったよな……。
しかし、甲冑は目の前に佇んでいる。平和な現代日本の風景には、おおよそ似つかわしくない存在感だ。そして、それ以外近くにあるものはない。声をかけてくるような人影は、何も。
……ま、まさか。この甲冑が話しかけてきたのか?
そうオレが疑問を浮かべていると。不意に甲冑が軽く両腕を開いた。
「尋ねたいことがあるのだが」
「う、動、しゃべった!?」
甲冑の動作、そしてそこから発せられた声に、祐樹が大げさに驚く。無理もないと思う。オレも内心逃げ出したくなるような威圧感を覚えていた。
なにせその背中には、オレたちの背丈はありそうな金属の板……直剣が背負われていたのだから。果たしてそれは、本物か否か――妖しく陽の光を反射するそれがどちらかなのか、オレには判断できなかった。
「っ。……貴方は?」
この場にいた全員が動揺している中、辛うじて動きを見せたのが神三郎であった。一番小さい身をしていながら、率先してオレたちの前に立って甲冑を見上げる。彼我の身長差は圧倒的で、幼女姿の神三郎など踏みつぶしてしまえそうだ。彼も内心大きさの差に慄いているのか、尋ねる言葉はわずかに震えていた。
「…………」
その様子を見ていた……鎧越しなのでよくわからないが、頭部が動いたから恐らく見ているのだろう……甲冑は、僅かに間を持たせた。時間にすれば幾秒もない間なのだろうが、まるで何分か経ったのではないかと思えた。
その後、ようやく甲冑が動きを見せる。
「……済まない。驚かせるつもりはなかったのだが、この姿では致し方ないか」
そう言っておもむろに片膝を折り始めた。すると身長差がだいぶ軽減され、頭の位置が立つオレの身長よりも低くなった。幼女状態の神三郎からすればまだ高いだろうが、それでも先ほどよりは断然威圧感は薄れたはずだ。
「私の名前は、シュライザという。このように黒き甲冑をまとっているからか、よく『黒騎士』と呼ばれている。私はお前たちを脅かそうなどと考えてはいない。少し尋ねたいことがあるだけだ。突然現れた魔族に対し、信じろと言っても土台無理なのは承知している。だが、どうか分かってほしい」
甲冑……黒騎士シュライザは、とても理知的な言葉づかいでそう口にした。オレは目の前に立つ神三郎に目を向ける。彼はちらりと後ろに立つオレたちに目を向けると、その後思案気に目を泳がせた。やがて小さく息を吐くと、黒騎士の方へ向き直った。
「本当に我々を害するつもりは、一切ないということだろうか」
「ああ」
「尋ねたいこととやらを、聞いた後も?」
「騎士の誇りにかけて誓おう」
「…………」
慇懃に首を垂れそう口にする黒騎士に対して、神三郎は見定めるかのようにじっと彼を見つめる。
やがて神三郎は、小さく頷いた。
「……分かった。今は取り敢えずその言葉を信じてみよう。貴方からは、戦いの意志はないように見える」
「……小さき者の勇気に、敬意を表する」
神三郎の承諾に対し、黒騎士は胸に手を当てて祈るような仕草を見せた。その姿はまるで姫に誓いを立てる騎士のようにも見えた。
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