第8話
「何かこういう服がいい、というような要望ってありますか?」との女性従業員の問いかけに対し、「……と、取り敢えず動きやすそうな服で」としどろもどろに答えた後。オレは陳列された服を流し見ながら思案気にしている女性従業員の横で、所在なさげに突っ立っていた。
「……それにしても、日本語が通じて安心しました。声かけたはいいけど、通じなかったらどうしようって、ちょっとひやひやしてたんですよ。私英語とか全くわかんないんで」
服を選びながらそうポツリと漏らした女性従業員。その顔には苦笑が漏れていた。
確かにオレの今の見た目は、日本人のそれとはかけ離れている。見てくれだけ見れば、その可愛らしい口から発せられるのは異国の言葉のように思えるが……。中身は生粋の日本人であるからして、出てくるのは異国情緒が一切ない普通の日本語である。
完全に見た目詐欺なので、初対面の人には分からないだろう。
……見た目に反してってことだよな。何か適当にそれっぽい理由で誤魔化しておいた方が良いのかな?
「えっと。こんな見た目ですけど、オ……私日本で生まれ育ったので、逆に日本語しかしゃべれないんですよ」
一瞬いつもの癖で『オレ』と言いかけたが、辛うじて言い直すことに成功した。オレの言葉に、女性従業員はそのメイクバッチリでくりくりした目を軽く見開く。
「へぇ、そうなんですか。じゃあご両親のどちらかが外国の人なんですか?」
「そ、そうですね。そんな感じです」
『そんな感じ』って、どういう状態だよ……。
取り敢えず話を合わせようと試みたが、自分の謎発言に内心突っ込みを入れる。
因みに、我が茅賀根家の家系には外国籍の血は一切流れていない。生粋の醤油人である。
「……でも、やっぱりハーフなだけあって、すっごい綺麗な髪ですよねー。カラーじゃ絶対に出せない色と艶……。目もすごい宝石みたいだし。それにすごーくスタイルもよくて、手足もきれいだし。羨ましいなぁ」
一度陳列棚から目を離した女性従業員は、オレの方を振り向くと足先から頭のてっぺんまでまじまじと眺めてきた。似たような身長をしているせいで、ちょいちょい顔が近くなるのが、とても恥ずかしい。
オレは居心地の悪さを感じて、慌てて両手を振る。
「いえいえそんなことは! 何というか、宝の持ち腐れというか……店員さんのように、女の子っぽくないし」
そりゃあ中身は生粋の男なんだから、女の子っぽくなるわけがないわな。
しかも趣味はゲームと昼寝という、ダメな部類の男だ。
オレがそう口にすると、女性従業員ははははと快活に笑った。
「そんなことないよー。着飾ったら君の方が断然可愛い女の子になるから、安心して!」
「……それで?」と女性従業員は少し間をあけた後、言葉を続けた。その顔には、どこか俗っぽい笑みが浮かんでいる。
「お相手はどんな男の子なの?」
「……はい?」
オレが理解が出来ずに呆けていると、彼女は楽しそうにポンとオレの肩を叩いた。
「とぼけなくてもいいって。お姉さん、分かっちゃったから。さっきお友達が言ってたように、明日男の子たちと遊びに行くんでしょ? だから着飾ろうと思ったんだよね? で? どんな男の子を狙ってるの?」
「はぁ!?」
思わずオレは素っ頓狂な声を上げてしまった。
どうやらこの女性従業員、先ほどの祐樹の発言をだいぶ俗っぽく捉えたらしい。そりゃまあ、何も知らずに異性と遊びに行く……なんて言われたら、恋愛絡みを疑うのは無理な話ではないが。あれはあくまで祐樹が勝手に脚色したでっちあげであるからして、残念ながらそこには女性従業員が考えているであろう、甘酸っぱい恋模様は一切存在しない。
オレは勢い良く首を横に振って全力で否定する。
「い、いやいや別にそんなんじゃないですからっ。普通にこう、服を買いに来ただけで」
「隠さなくてもいいじゃない。ほらほら、聞いても黙っててあげるから。むしろ、その彼が好きそうなコーデを考えてあげるから。ちゃーんと装備整えていかないと、あの胸の大きなお友達にとられちゃうよ?」
「いやだからですねっ」
再度オレは違うとばかりに両手を振ってみるが、しかし女性従業員は全く信じてなさそうで。からからと笑うと、ふぅと小さく息を吐いた。
「いやー、可愛いね君。お姉さん気に入ったよ。お名前は?」
いつの間にか敬語が抜けて、垢抜けた口調をし始めた女性従業員。どうやら気に入られたようだが……内心大人のお姉さんに気に入られてたじたじである。
「な、名前? 茅賀根ですけど……」
「下の名前は?」
流石は陽キャといったところだろうか。初対面で下の名前まで聞きこんでくるとは……。いやまあ、陽キャが関係しているのかはよくわからないが。
それもそうだけど、下の名前って……どうするよ。
正しく答えるのならば、『成一』となる。が、それは男の名前だ。今この姿は女性であるからして、余計な詮索をされないためにも、その名前を口にするべきではないと思う。だったら、この体の本来の持ち主であるルーイルスフェル……ルーイの名前を借りるか。
……いやでも、あんな傍若無人の権化みたいなのと同じ名前って嫌だな。
妙案だという考えよりも、嫌悪感の方が湧いて出たので、この案も却下する。
「えっと。茅賀根……ナルです」
多少悩みはしたが。最終的に何のひねりもない、元の名前から一部抜粋したものを採用することにした。
茅賀根ナルという金髪碧眼エルフが誕生した瞬間である。
「ナルちゃんかー。いいね、似合ってる」
「あ、ありがとうございます?」
何がどう似合っているのかよくわからなかったが、オレは取り敢えず女性従業員のお褒めの言葉に小さく頭を下げた。
「んーまだちょっと反応が固いけど、そこは仕方ないか。……さてナルちゃん。どんな服装が良いかな? 動きやすいのって言ってたけど……あ、そういえば予算いくらくらいある? その範囲で選んじゃおう」
ようやく話が服の選定に戻ってきたようだ。オレは初対面の女の人とのトークに、既にヘロヘロ気味になっていた。その状態だったため、特に考えもせず先に神三郎から貰っていた金額について思い浮かべる。
「二、三万くらいなら……」
「おっ。興味なさそうな雰囲気を出しておいて、本気だねぇ。いいよいいよ? お姉さんも俄然頑張ろうって気になってきた。絶対にナルちゃんを明日のデートの華にして見せるよ!」
「いやだから違うって……いつの間にかデート扱いになってるし」
こうして従業員のお姉さんのおかげで、神三郎が課した本日のお題はクリアできそうだが。やたら人懐っこい陽キャのオーラにあてられて疲労困憊になるのであった。
祐樹のやつ……戻ったら一発殴ってやる――
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