第7話
店内に入ってまず真っ先に目についたのは、通路からも少しばかりうかがえていた、これからの夏場に向けた爽やかなコーディネートをなされたマネキン、そしてその横に並ぶ関連商品棚であった。夏に向けて当店に全力でお金を落としてくださいという意志が感じられる。そこから目を離しあたりを見回すと、随所にパステル調の広告らしきものが見て取れた。
なんか、紳士用の服屋とは全然印象が違うよな。
今まで男性用の服を扱う店にしか入ったことなかったが、少しオシャレな服屋といえばシックな色合いだというイメージがある。それと比較してこの店はどうか。
男性用の店と比較して明るめな色合いのものが多いのか、感じる雰囲気がどことなく明るい気がする。夏用の服を買うシーズンだから、明るく爽やかなイメージを持たせたいという店側の戦略も、もしかしてあるのかもしれないが。
それにしたって、男性用とは全然方向性が違うということが分かった。
「……いざ入ったはいいがよ。全然分かんねえぞ俺」
「妾も同じじゃ。適当に見繕う未来しか見えぬぞ……」
「……まあ、オレも似たようなもんだけどさ」
そんな未踏の地(大げさ)に踏み入れたオレたちの感想は、実に情けないものであった。
果たして、この後どうすればよいのだろう。「いやもしかしたら……女性キャラに着せる服って考えれば案外いけんじゃね?」とか漏らしている祐樹をしり目に、オレはううむと考え込む。
こうなるんだったら、ダメ元で一華を呼んでみるべきだったかな? 少なくとも見た目詐欺の野郎三人が集まったところで、良い意見なんて出ないわ。
そんな風にオレたちが情けなく思い悩んでいたところ。
「どうです? 何かお探しですか?」
不意に誰かに声をかけられた。慌てて振り向くと、そこには胸元にネームプレートをつけた、二十代半ばに見える女性の姿があった。カジュアルショップらしく私服の従業員さんなのだろう。ふわふわのセミロングで、可愛い系の人だ。
「え、あ、えと」
恐らく友人同士に見えるオレたち三人に声をかけたのだと思われるが、位置的にオレが一番近かった。とっさに何かしら答えようと口を開きかけたが、なかなか良い言葉が思いつかない。
止めてくれよっ。コミュ障にこういう風に不意に声かけられても対応できないんだって!?
何かしらを買いに行った際、お店の人に声をかけられるのが苦手、という人がいることをよく聞く。そして、それがまるっとオレにも当てはまるわけで。従業員の女性が放ついかにも陽キャのオーラも、オレのどもりに強く影響した。
オレが困っている様子に徐々に気が付いたのか、女性従業員はその笑顔をどこか困り気に歪ませ始めた。
そんな時。
「そぉーなんですよ。店員さん、ちょっと協力してくれませんか?」
不意に後ろからオレの両肩に手を置いた祐樹が、ずいと体を近づけてきた。
「この子ったら、明日男の子たちも含めて遊びに行くって前々から言っていたのに、適当に普段の服着ていくーなんて言うんですよ? この子の普段着なんて、家の中で過ごすのと変わらないんですから。私たちだけってわけじゃないんだから、もっと可愛らしい格好にしなよっていっても、首をかしげるばかりで。店員さん、済みませんがこの子を可愛く見繕ってくださいませんか?」
「ちょ、おま」
更には先ほどまでの男口調をひそめ、どこか猫撫で声でそうまくしたてた。思わず背後を振り返ると、どこで覚えたのか綺麗にウインクを飛ばしてきやがった。
いや、俺に任せとけみたいな空気だしてんじゃないよ! 勝手にオレを人柱にすんなよな!
などなど、言いたいことはあったが、女性従業員の前ではおおっぴらに口にすることはできなかった。
「あらあら、それはいけませんね。了解しました、任せてください!」
祐樹の言葉に軽く目を丸くした女性従業員は、やがて笑顔でグッとこぶしを握り始めた。
今更『いえ結構です』と断ることができない雰囲気が漂う。
だが一方。これはむしろチャンスなのではないか、という考えが浮かぶ。
女性ものの服なんて一切知識ないぞと困ってたところだし。いっそ店員さんに全部任せた方が早いし確実なんじゃね?
その考えは、恐らく間違っていないと思う。餅は餅屋というし、知識のない奴らが無い知恵絞って考えたコーディネートより、その道のプロに頼んだ方が良い結果が出るのは間違いない。
ただ、少しばかりコミュ障が影響して居心地が悪いくらいで。
餅は餅屋、か……。
「……すいませんが、お願いします」
結局女性従業員の力を借りることにしたオレは、彼女の方を向き直り、おずおずと頭を下げた。
「じゃあ、お願いしますね。お……私たちは、また別のお買い物してくるのでー」
「ちょ、え!? いなくなんの!?」
オレが『さてうまく会話ができるかしら。まあ、困ったら口が達者な祐樹に任せればいっか』などと日和っていると。唐突に祐樹がそんなことを口にした。慌てて彼の方を振り返ると、既に祐樹はひらひらと手を振りながら離れていく最中だった。その横には半助の姿もある。
お前ら、言うだけいって放置かよ!?
オレが驚愕に包まれていると、不意に祐樹が立ち止まり、こちらを振り向くと肩をすぼめた。
「別に子供じゃないんだから、私たちが付いていなくても平気でしょ?」
「ぐ、そ、そう言われるとそうだけどさ……っ」
「じゃあいいじゃない。それじゃ、何かあったら連絡よろしくねー」
「いやだけど、ちょ、待――」
別にいなくてもいいけど、心細いから一緒にいて……という矛盾した気持ちを抱えたオレは、最後の抵抗とばかりに離れゆく祐樹と半助に向けて腕を伸ばしてみたが。当然のことながら既に背面を向けた彼らには気が付かれることはなく。すぐに人ごみに紛れて、彼らは視界から消えてしまった。
それを確認したオレは、やがて伸ばした腕を下ろしながら、かくんと肩を落とす。
「……えっと。それじゃあ、少しこちらに来てもらっていいですか?」
「…………はい」
その始終を見ていた女性従業員は、何とも言えない表情を浮かべて、店内の奥へとオレを引き連れていくのだった。
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