第6話

 季節は初夏。気温は三十度を超える日が多くなり、真夏を前にしてそれぞれの思惑が交錯する時期。この暑さを受けて、夏のレジャーが近いことに胸躍らせる者もいれば、存在するだけで汗をかき不快な気分になるようなインドアな者もいる。ちなみに、オレは後者に分類される。夏はしんどいです。


 今日も今日とて昼間の気温は予想で三十度を超えており、強い日差しの下では体が焼かれるような暑さを感じる。にも拘らず、目の前にそびえるショッピングモールには多くの客がいるのか、駐車場は大混雑し、目につくだけでも相当数の人が行き交っているのが見て取れた。


 土曜日の昼過ぎ。

 オレたちは地元でも最大規模を誇るショッピングモールへと足を運んだ。





「さて、たどり着いたな」


 地元の駅から当ショッピングモールへとつながっている路線バス。そのバスから降りた神三郎が、スタスタと歩道の邪魔にならないところまで歩き立ち止まる。


「ひっさびさに来た気がするわ。いやしかし、あっついなぁー」

「うっ……」

 続いて祐樹がそう愚痴をこぼしながらバスを降り、その後ろについていた半助が、バスを出た直後に差してきた日差しにうめき声を上げた。


「……もう完全に夏が始まったって感じだなぁ」

 最後にオレが降りると、バスはドアを閉めて走り出していった。オレたちは一旦歩道の端に集合する。


「さてお前たち。これから検証を始めるぞ」

 オレたちを見回し、全員そろっていることを確認した神三郎は、引率の先生よろしく今後の計画を語り始めた。

「今日の目的は、女子の気持ちを知るために、この格好でショッピングを行うことだ」

 そう言って神三郎は被っている麦わら帽子をくいと引き上げた。


 神三郎の姿は、普段の知的少女漫画系イケメンではない。現在の彼は、まさにいいところの『お嬢さん』といった出で立ちであった。

 自身の銀髪に合わせたのか、全身を白を基調としたワンピースに包み、黒のブーツで色のコントラストを出している。そして透明感のある肌を日光から守るように、小さな麦わら帽子を被っているところが、どこか浮世離れした雰囲気を醸し出していた。

 ぶっちゃけ、こんな大衆向けの施設にいていいような見てくれではない。


「しかし、用意が良すぎだよなサブさん。俺らはこのままなのによ」

 対するオレたちは制服姿だ。といっても、半袖とスカートから伸びる健康的な四肢は、それだけでも十分魅力的だ。……何を言っているんだか。


 昨日神三郎が口にした、変身したままでショッピングを行うという計画。それは早速翌日には決行された。オレたちは昨日そのまま学校……といっても場所が同じだけで実質関係はない地下研究所だが……に宿泊した。そうして元に戻ったことを確認した後、改めて性転換を行い、ここまで足を延ばしてきたのだ。そのため、性転換した後デフォルト設定である制服姿のままなのである。神三郎だけは、別途用意していたようだが。


 しかし性転換しただけでは、そのまま外へ出るというのはまずい。それはオレと半助にあてはまることで……常人にはない見てくれをしている、ということだ。オレの場合は、エルフの特徴でもある長くとがった耳、半助の場合は、最高に目立つ狐耳と尻尾だ。だが今回街中に出るにあたって、その問題が解決していた。


「……して、ショッピングと言うておるが。具体的には何を考えておるのかの?」


 そう問いかける半助の頭部と臀部には、昨日まであった狐耳と尻尾はない。自分では見えないが、オレの耳も常人のそれに見えているはずだ。


 ……まあ、正確には見えなくしている、らしいけどな。


 実はこれ、魔術で幻影を用いることで隠しているのだ。魔術素人であるオレにはそんなことできないので、この術はガルガッディアに施してもらった。どうやら予め神三郎が話をつけていたのか、今朝がた研究所にガルガッディアの姿があったのだ。といっても、術をかけてすぐに去っていったが。多忙の中、ほんの少しの隙間時間をあててくれたらしい。見てくれは凶悪だが、とても面倒見のいいゴブリンである。


 そんなこんなで。オレたちは髪色や人種こそどこの国のものなんだと頭をひねるような見てくれをしているが、ごくごく一般人としてショッピングモールへと足を運ぶことができている。


「特に買うものに関しては、指定するつもりはない。が、女子の状態で使えるもの……という制限はかけようと思う」

「まあもちろん、男性時でも使えるようなユニセックスなものでも構わんがな」と言いながら、神三郎は肩にかけた白色のポーチに手を伸ばす。

「費用は……実は研究費を融通してもらってな。内緒だぞ?」

 そう可愛く言いながら彼が取り出したのは、九枚の諭吉。オレと祐樹、半助に三枚ずつ配る。


 なんか、幼女の財布から大金が出てくる様は……すごい犯罪臭がするなぁ。それにすがってるオレたちも、傍から見たらどんな印象に映るやら。


 不安になりちらりとあたりを見回してみたが。幸いにして人も車の通りも多い場所でありながら、今の瞬間だけはよい感じに人目がなかった。


「おっほ、欲しかったソフトが買えるやん」

「……買うなよ?」

 大金をもらった祐樹が、ひらひらと諭吉を揺らしながらそう漏らしたが、すぐさま神三郎が釘を刺した。それに祐樹は肩をすぼめると、さっさと自前の財布に紙幣を仕舞う。


「……まあ、正直俺も女子が普段何を買いに来ているのか、皆目見当がつかん。中を散策しつつ、俺も考えてみるつもりだ。が、あの装置だと制服しか形成することができないからな。服を物色してみるのもよいかもしれない」

 その後神三郎は自身の細腕に巻き付けた腕時計を見下ろした。


「昨日の検証でお前たちも四時間程度は維持できることが分かった。だが、どれだけ時間がばらつくかは、正直全く予想できない。恐らく今までの傾向から、一時間も下振れしないとは思うが……。念のため、三時間をめどに研究所に戻りたい」

「ここにいるのは、長くても二時間といったところだろう」と時間を確認した神三郎は、オレたちを見上げた。


「それまでは、各自好きに散策してくれ。勝手知ったる地元のショッピングモールだ、別に固まって動くこともあるまい?」

 その後神三郎に集合場所と時間を指定され確認を取ったところで、オレたちはそれぞれショッピングモールの中へと足を踏み入れた。








「女子の状態で使えるもの……か。服といってもなぁ……」

「何だよ成一。一華ちゃんと買いに行ったりしねーの?」

「あいつと買い物行くことなんてないよ。……いやまあ最近夕飯とか買いに行ったりはしたけど、服とかそっち系は皆無だ」

「では、あまり参考にならぬということじゃな」


 ショッピングモールの入口でそそくさとどこかに歩き出した神三郎と異なり、オレたち三人は固まって施設内を歩いていた。神三郎が課した『女子の状態で使えるもの』という成果物に対して、誰も都合の良さそうな意見を持っていなかったためである。取り敢えず、惰性で施設内を歩いている状態だ。


「……しかしまあ、感じるぞ感じるぞ?」

「? 何が?」

「野郎どもの視線が、俺の罪深きおっぱいに集まるのをな」

「……あぁ」

 祐樹の呟きに、オレはあたりを見回した。


 施設へと入ってからすぐに感じていたことだが。先ほどからすごく道行く人と視線が合う気がしていた。視線が合えばそれとなく反らされるのだが、恐らくオレたちのことを見ていたのだろう。


 確かに、目立つ容姿してるもんなオレたち。


 以前もこの姿で一度だけ一華と外を歩いたことがあったが、その時も随分注目されたことを思い出す。やはり外国人が少ない地方都市であるからして、この金髪碧眼は随分と目を引くようだった。恐らく同じ理由で、半助も注目の的であろう。彼の方は薄桃色というさらに奇抜な色合いをしているから、オレより注目度が高いかもしれない。


 そして祐樹は何より顔が整って美少女然としているということもあるが、その女性らしいプロポーションに目が行っているのだろう。確かにオレもこんな巨乳美少女が歩いていたら、思わず目を向けてしまうと思う。

 ……中身さえ知らなければ。


「いっそ煽りがてらちょっと揺らしてみるか?」

「やめろって。そんな痴女と一緒に歩いて仲間だと思われたくない」

「下品であるぞ、祐樹」

「ちぇ、優等生どもめ。眼鏡もつけてねーくせに」

「いや眼鏡は関係ないだろ……」


 そんなくだらない話をしながら施設内を歩いていると。不意に同年代と思われる女子数人が、とある店舗に入っていくのを目にした。


「なんか今JKたちが入っていったし、こことかいいんじゃね?」

 祐樹がそう口にするのに合わせて、オレはちらりと店舗内を眺める。

 見たところティーンズ向けの女性ファッションを扱う店のようだ。確かに神三郎の言っていた課題への提出物としては申し分ない。


 こういう店には入ったことないけど……。


「取り敢えず、一回入ってみるか」

 誰からも反対意見は出なかったので、オレたちはそのまま店のゲートをくぐった。


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