第5話

「そーいやござるよ。お前その尻尾、座るとき邪魔じゃね?」


 垂れ流されているバラエティ番組を横目に、祐樹がオレの向かいに座る半助の方を見た。見ると膝をつけて座る半助の横からは、もふもふの尻尾が手前に流れてきている。尻尾の分、彼はソファに少しばかり窮屈そうに座っている印象を覚えた。


「まあ、平時よりは座りにくいのは認めるところじゃが……特に不都合は感じておらぬよ」

 狐耳美少女の形態だと、のじゃ口調にすることにしたのか、いつものござるとは一風変わった話し方をする半助は、淡々とそう答えた。加えて、軽く尻尾を上下させる。


 ……あのもふもふ、触りたくなるな。


「その尻尾さぁ、どんな感覚なん?」

「よっこらせ」と上半身を起こした祐樹は、大胆に足を組んだ。そしてちらりとこちらを振り返る。その顔には、柔和な顔つきには似あわない邪悪な笑みが。恐らくオレが太ももに目が行くことを想定してからかうつもりなのだろうが、そうは問屋が卸さない。

 ……が、やっぱりオレも元は健康的な男子高校生なのであって。ばっちり肉付きの良い太ももを目で追っていたオレは、目が合うや否やぷいとそっぽを向いた。ちくしょう。


「感覚、か。……例えられる器官が人間には存在せぬ故、何とも説明に困るのじゃが。まあ少し違うが、腕がもう一本生えているようなものと思ってくれればよい」

「キモイなそれ」

「キモイ言うでない! だ、だから説明に困るといったであろう!?」

 変な想像をしたのか、半助の尻尾の毛が逆立って体積を増す。本人の説明を聞いてもよくわからなかったが、何というか無意識に使いこなしている様子だった。


「で、もう一つ質問なんだけどよ。その尻尾、どうやって生えてるん?」

 テレビを映していると言っても、さほど興味がないのだろう。祐樹は半助の方を見つつ、さらに問いかけた。言われてみれば、確かに気になるといえば気になる。


 オレも半助の回答を聞こうと彼の方を向く。しかし問いかけを受けた半助は、勢いよく両手を背中に……恐らく尻尾の付け根だろうか……回した。そしてポツリとつぶやく。



「……へんたい」



「っやめろその反応! なんかちょっとドキッとしちゃうだろ!?」

 恥じらいの感じさせる表情でそんな爆弾発言をした半助に、祐樹が叫んだ。自身の胸に手を当てて若干頬を赤く染めた祐樹は、誤魔化すように頭を振り、やがて大きなため息を吐いた。


「おっそろしい野郎だぜ……。危うくまたあの悲劇の百合ランドを展開するところだったわ」

「……嫌なことを思い出させるでないわ。済まぬ、調子に乗った……」

 先の半助の発言は、恥じらいもあったのだろうが、半分は冗談だったのかもしれない。祐樹の言葉に我に返ったのか、途端渋い表情を浮かべて半助は謝罪を口にした。


 その後しばらくの間、各々それぞれのやり方で時間を潰し始める。オレはスマホでSNSを散策し、祐樹は再びソファに寝そべりテレビ鑑賞。半助は持参した文庫本……ラノベだろうが……を読みふける。

 どれだけの時間が過ぎただろうか。そろそろ暇になってきた頃合いに、不意に研究室につながる扉が開かれた。



「快挙だぞお前たち!」



 現れたのは神三郎であった。いつの間にか変身が解け、元の知的なイケメンの姿になっている。唐突に現れた神三郎へ皆で視線を向けると、彼は両手を広げてつかつかと部屋の中へと入ってきた。

「元に戻ったんだね、サブさん」

「ああ、ついさっきな」

 言われてオレは部屋の隅にかけられた時計を見る。


 部室に行ったときに変身してから三時間って言っていたから……大体五時間くらいは変身してたってことか。


 最終的にどこを目標にしているのかそういえば聞いていないが。数日前には一時間をどう攻略するかと悩んでいたところからすれば、確かに大快挙だろう。


「お前たちの結果も確認しなければならないが。少なくとも二時間は皆変身を維持できるということがわかった。最終的には、今日はここに泊まってもらい時間を確認したいと考えているが。ようやく次のステップに進むことができる」

 ちなみに検証に時間がかかるということを見越して、あらかじめ宿泊するということは、各々家族に伝えている。サブさんの……陽総院に協力するという名目を使えば、取り敢えず納得してくれる。それほど、我々の家族にはありがちな宿泊理由だ。預けるのが息子だからというのもあるのだろうが。


 ほんと、一華が友達の家に泊まるってときは、割と毎回渋るのにな。信頼されてるのか、はたまた放任なのか、よくわかんないけどさ。


「次のステップぅ? 性転換の次はなんかあるんかい?」

 寝そべった状態から、ソファに座りなおしている祐樹が疑問の声を上げる中、神三郎はすたすたと祐樹が座るソファに近寄ると、その背もたれの上に手を置いた。


「お前たち。この実験の当初の目的は覚えているか?」

「……なんだっけ?」

「……えっと、確か――」

 そういえば最初にどんな宣言があってからスタートしたのだったか。そろそろ一か月近く前になる当時のことを、オレは宙を眺めながら思い出す。


「そう。モテるためには敵を知るとかなんとか」

「確か……妾たちがモテない理由を、おなごたちのことを知らないから、と言っておらんかったかの?」

「その通りだ」

 オレと半助の言葉に、神三郎が大きく頷く。


「青春を謳歌すべき高校時代に、俺達は最大の青春となるであろう恋愛要素が、完全に欠けている。彼を知り己を知れば百戦危うからず――自分のこと、そして敵……女子のことを知らなければ、その欠損は埋めることができないだろう。そう考えて、オレは女子のことを知るために、あの装置を開発した」

 そういえば、そのような大義名分のもと、オレたちはこの研究に参画したなと、改めて思い出す。そして同時に感じる。


「……改めて思うと、御大層な装置の割には、きっかけはしょぼいよな」

 すると神三郎は心外とばかりに肩をすぼめて、オレの方を振り向いてきた。

「何を言う成一。異性を求める……立派な生命としての活動ではないか」

「スケールでかくね」

 神三郎が悠然と語った言葉に、しれっと祐樹がそうつぶやいた。すると「……まあ、枠をでかくしすぎたのは間違いないな」と若干すねたように神三郎が口元をゆがめた。


「……兎に角。そんな意思から始まった計画だ。そして本日ようやっと、ある程度活動ができる程度まで変身時間が確保できるようになった。そこでだ。次のステップとして、女性の行動をなぞってみることにした」

 続いて神三郎は、自信満々に次の一手について語り始めた。




「お前たち、ショッピングに行くぞ!」



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