第4話

「この世界に来て二週間ほど。その間に、我は魅せられたアニメという文化に傾倒した。驚いたことに、ゴブリン族やオーク族など、我が元いた世界と似たような造形の種族に対し、同じ名を当てていることに気が付いた。何かしら起源のようなものがあるのだろうが、まだそこまでは把握できていない。……それはそれとして。各種族とも多少の差異があるものの、概ね我らの世界と似た性質を持っていたのに対し、唯一明らかに見解の異なる種族が一種だけ存在した」

 そこで言葉を区切ると、ガルガッディアはゆっくりとこちらを振り向いた。


「その一種というのが、エルフたちだ」


 ガルガッディアのその言葉に、周りにいたものたちが一斉にオレを振り返る。オレはそんな彼らの視線に驚き、右へ左へと目を泳がせた後、ガルガッディアへと顔を向けた。

「……それって、今のオレの姿みたいな種族を言います?」

 オレの問いかけに、ガルガッディアは小さく頷いた。


「ああ。背丈は人間とほぼ同じで、長い耳を持ち、卓越した魔術の才能と魔力を誇る種族だ。男女ともに見目麗しいものが多く気位が高い、というのも挙げられるな」

 ガルガッディアが語るエルフという言葉に持つ印象は、概ね同じようだった。ちらりと祐樹や半助を見てみたが、こちらを見ながら「まぁ……」と特に反論らしい反論は持っていない様子が見て取れた。「洗濯板だけどな」という祐樹の呟きに関しては、無視することにする。


「そこはほぼ我らの認識と同じだった。……違うのは、ここからだ」

 そう言ってガルガッディアは軽く俯いた。まるで語るのも恐ろしいといった様子であろうか。


「アニメの世界の彼らは、主に善良な市民として描かれていることが多い。ヒロインを演じたり、主人公に協力する役柄であったり……完全なる敵役に回ることはほとんどない。綺麗どころ担当――君たちから見て、彼らはそんな印象ではないかな?」

「……そう、ですね。我々の認識はほぼそのような感じです」

 お互い顔を見合わせていたところ、代表して神三郎がオレたちの総意を口にした。


 少なくとも……内心にとどめて口にはしないが……ゴブリン族よりはよっぽど好待遇だと思う。それに対し、ガルガッディアはふっと小さく息を吐くと、肩を縮こませた。


「我らの世界での奴らの認識は違うのだ」


 その姿は――



「奴らは………………悪魔だ」



 まるで太刀打ちできない大きなものに恐怖しているようだった。




「気位が高いせいで、多種族との交わりを頑なに嫌い、近づく者には容赦なく魔術の嵐を振り撒く。こちらが手を取り合おうという意志を見せても、関係なしだ。無尽蔵な魔力をつかって放たれる、大規模な魔術。それは人を焼き、魔族を消し、国を亡ぼす。彼らの逆鱗に触れて滅亡した国は少なくないし、魔族の中には絶滅した種族もある。彼らは彼らの意志のみで動き、そして……時には気ままに、多種族を滅ぼしにかかる。目について気に入らない……そんな理由でもな」

「奴らは狂っている」とガルガッディアは言った。


「一度だけ、エルフがとある魔族と交戦している現場を目撃したことがある。エルフは……奴らは、笑いながら魔族を燃やしていた。楽しそうに、その首を落としていた。女子供関係ない。自分たちの目についたお前たちが悪いと言わんばかりに、理不尽に破滅をもたらしていた。……後に聞いたことなのだが、魔族子供の一人がエルフたちの住む森にたまたま足を踏み入れた、というのが発端だそうだ」


「…………」

 その場にいた誰もが、あまりの話に言葉を失っていた。


 ……なんだよ、それ。それじゃあまるで、その世界のエルフたちは――


 そして、怯えを隠すように腕をさするガルガッディアは、再び口を開いた。



「奴らは……悪魔だ」








「『奴らは悪魔』……かぁ」


 デザイナーズソファとでもいえばいいのか、球状の一人用ソファに深くもたれかかりながら、オレはポツリと漏らした。


「それであのゴブリンも驚いてたんだなぁ。人間しかいないと思ったら、そんなやつと鉢合わせたんだから」

「話聞く限り、単なるやべーやつだよなエルフ。近づかないでくださいます?」

「やめんか傷つくだろ。乙女心わかってない、減点」

「かっはー、どの面さげて乙女心なんぞ語るかねぇ」


 オレの言葉に応じたのは、美少女の姿のまま三人用ソファに寝そべる祐樹だった。彼は美少女の格好をしていながら、実にオヤジ臭い仕草でポリポリと腹をかきながらテレビを見ていた。


「……お前にだけは言われたくねーよ」


 祐樹の足元付近にいるおかげで、膝を立てた祐樹のパンツがちらちらと目に入る。中身があれとはいえ、見てくれは美少女だ。オレは何となく見たら負けな気がして、ぎこちなく目を反らす。そしてなんだか気になってきて、もぞもぞと居住まいを正してスカートを膝先まで引っ張った。誰も見ていないとわかっているが、念のためだ。




 オレたちは今、研究室の傍に作られた居住スペースに移動していた。まさかこんな部屋まで用意されていたとは思わなかったが、そこは十人くらいなら余裕で寝泊まりできそうなほど広いスペースに、キッチンやリビングを兼ね備えていた。部屋の隅には、浴室とトイレにつながる扉もある。


 ガルガッディアの助力により、変身時間が劇的に向上したとのことなので、オレたち……主に祐樹と半助についても検証することになったのだが。しかしいざ変身したはいいものの、家族にはこのことは語っていないと言う二人を、まさか美少女のまま帰すわけにもいかず。それならばと通されたのが、この居住スペースであった。「こういう空間も必要かと思ってな、最近手を付けていたのだ」と得意げに語った神三郎の顔が、改めてちらつく。


 ……でも、変身してからもう一時間半は経つ。本当に劇的に変身時間伸びたんだな。


 変身した直後こそ、ガルガッディアが語るエルフについてのあれこれに戸惑いこそしたが。その後気を取り直した彼に魔法……魔術か……についての手ほどきを受けて一時間ばかり。本人も多忙と漏らすガルガッディアの時間がなくなったとかで、その場はお開きとなった。次回また近いうちにと約束を果たしたオレは、そのまま祐樹と半助たちの検証に付き合うことにした。


 確かにオレも、一華には話は通ってるけど、親には話してないしな。


 息子が娘になりましたなんて言ったら、両親は果たしてどんな顔をするのだろうか。

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