第3話
「そうして、氏が魔術的なフォローを入れてくれた結果が、今見えているあの陣でな。元は錬金術にて使用されるものらしいのだが、そこに実験に適したものになるよう、書き換えを行っているらしい。……のだが、いかんせん俺はそのあたりの知識もなければ感覚もなくてな。理論的には、確かに少しばかり食いつけはしそうなのだが……。成一、魔法が使えるお前なら何かわかるか?」
「……え?」
不意に話題を振られて、オレは呆けた声を漏らす。ガルガッディアの魔法技術に首ったけだったオレは、反応が少し遅れた。決して陰キャコミュ障に突然話題を振るんじゃないどもっちゃうだろ、といったものではない。
……まあ、大体あっているのだが。
「ほう、君は魔術……いや、人間たちは魔法と呼んでいるのか。兎も角、使えるのか?」
あ、魔法と魔術の違いって、人間側とそうじゃない側で呼び方が違うだけなのね。
一斉にオレの方に集中した視線に若干戸惑いつつ、オレは居心地悪く腕を組んだ。
「……この姿じゃ分かんないかな。向こうの姿なら、たぶん何かしら感じ取れるものはあると思うけど。こっちで分かるのは、ガルガッディアさんがいかに魔力制御がうまいかってことくらいだわ」
「さっきの火の玉でござるか? あれで何か分かったので?」
中二病を患ったままの半助が、魔法の話に真っ先に興味を示した。それに対してオレは自分の感じたことを話すと、「成程……」と彼は何やら思案し始めた。
もしかして黒歴史ノート(半助が密かにしたためているネタ帳を、オレたちはそう呼んでいる。半助には内緒)に新たな一ページが加わるのか?
「成程、良い目をしている」
オレの言葉に、ガルガッディアが感心そうにそうつぶやいた。その後小さく肩をすぼめると、オレに向かって小さく片手を広げた。
「我も最近多忙故あまり時間が取れないだろうが。どうだ、少しばかり魔術をみてやろうか?」
「ほ、本当ですか?」
オレはガルガッディアの提案に興味を引かれた。が、ちょっとだけ考える。
た、確かに魔法を教えてもらうのはすごいありがたい。ルーイの説明じゃわけわからんしな。ただ……この威圧感がオレの足を止めちゃうんだよなぁ。
オレは美少女エルフの姿になれば魔法が使えるのだが、それは何も変身した直後から使えるようになったわけではない。元々の体の持ち主である異世界人のエルフ……ルーイルスフェルに、夢の中で教わってからだった。
ただ彼女はいわゆる天才肌の持ち主なのか、どうも感覚で魔法を使っているようで、説明が死ぬほど下手なのだ。お前それ本気で分かると思っているのかと、疑いたくなるような説明を普通にする。
だから、今のオレはほとんど独学で魔法を扱っていた。なので、ガルガッディアの提案は非常に魅力的なのだが。……やはり、目の前の講師が屈強なゴブリン様ともなると、恐ろしさが先行する。
態度からそんな悪い人……ゴブリンには見えないんだけどねぇ。まあでも、だからってせっかくの申し出を蹴っても、ルーイの講習じゃこれ以上は望めないだろうし……。
オレは少しの間そんな葛藤をした。が、やはり魔法がまともに使えるようになるかもという期待は大きく、さほど長時間悩むことなく答えを出した。
「それじゃあ、出来れば魔法……魔術? を教えていただきたいです」
「良かろう」
そう言ってガルガッディアは恐らく微笑んだのだろう、口元を歪ませて頷いた。……この表情にも慣れていく必要があるだろう。
「先ほどの言葉から察するに、魔術を使えるのは変化した後なのだろう? 今から変化するのか?」
「えっと、それは――」
オレはちらりと神三郎を見下ろす。毎回この装置を使う時は、神三郎の声がかかってからというのが常だった。今回もその例にもれず、神三郎に確認を取ろうと思ったのだが。
「ああ、もとよりそのつもりでお前達を呼んだんだ。装置に入ってくれれば、すぐにでも発動させよう」
「あ、俺たちも?」
と、そこで祐樹が神三郎の言葉に反応し、魔法陣から目を離した。それに神三郎は「当然だ」とどこか楽しそうに腕を組んだ。認めるのは悔しいが、幼女状態の彼は男の時と同じ所作をしても、シニカルさの代わりに可愛らしさが先行する。中身が重度なロリコンだとわかっていても、見てくれで騙されそうになる。
……オレはロリコンじゃないぞ。
「さあお前たち、早速装置に入ってくれ。ガルガッディア氏が行った調整の結果というのを早く知りたいんだ」
幼女神三郎にそうせかされ、オレたちは各々装置の方へ歩を進めた。
「姿が変わるときのあの不快感も健在だし。あんま変わった気がしねぇな」
背中に長髪を感じながらショーケースの外から出ると、すぐ横からそうつぶやく女性の声が聞こえた。その声にオレは声の主の方を向く。
すぐ隣に備え付けられた、オレの背後にあるものと同じケース。その出入り口前に少女が立っていた。ふわりとした栗毛の髪に、同じ色味をしたたれ目が特徴的な美少女だ。あとなんといっても、胸がすごくでかい(ド直球)。同じ学校の制服を着ているとは思えないほど、胸部の盛り上がりが豊かな少女である。
「お二方はどうよ?」
その少女は、顔に似合わず男勝りな口調でオレと、彼女を挟んでオレとは反対側に位置するケースの方に顔を向けた。
「拙者……いや、妾も同じ意見じゃ。成一殿もそうかの?」
すると、栗毛の少女の陰に隠れ見えなかった向こう側から、そんな声とともにひょこりと頭が現れた。声質からこちらも少女であることがわかる。
薄桃色という特徴的な髪の色に、切れ長目にはまるは赤い瞳。まず普通じゃお目にかかれない色を有した少女だった。そこまでで十分特徴的なのだが、彼女はさらに髪と同色の狐耳まで頭部に生やしている。一度見ればなかなか忘れられない、強烈な見た目な美少女であった。
そんな毛色の違う美少女たちに見つめられたオレ。普段ならば、否応なしに気持ち悪くキョドってしまうのだが。
……まあ、中身さえ知らなければな。
「いや、別にオレも何か変わったって印象はなかったな」
男友達と会話するような気さくさで、どこか凛とした中に甘みのある、可愛らしい声を用いて答えた。
そろそろ見慣れてきたとはいえ……。やっぱ違和感半端ないな。
性転換装置を用いたことで、今のオレは金髪碧眼の美少女エルフへと姿を変えた。そして声をかけてきた二人の少女も、同じく性転換装置を用いて野郎から美少女に変わった友人たちだ。
栗毛の少女が祐樹で、狐耳少女が半助である。
「もしかしたら、もう少しおっぱい盛れるか、とか思ったのによー」
「お前それ以上まだ盛るつもりだったのか……」
「お、なんだ羨ましいんか貧乳エルフ。お前より小柄な半助より小さいとかなると、そりゃほしくもなるわな」
「貧乳エルフ言うな。いや別にそういうわけじゃないけどさ」
むしろ大きい方が違和感あって大変だろうに。……まあ、セルフで楽しめるという分にはいいのかもしれないけどさ。いや、この考えもダメだろ……。
性転換した祐樹が自身の胸を揉んで悦に浸っている光景を見慣れてしまった弊害か、オレは無意識に浮かんできた邪念を、頭を振って振り払った。
「とにかく。サブさんの話では、大きな変化は変身時間が伸びてるってことだから、そこさえ確認できればいいんじゃないか?」
ケースから延びる階段を下り、オレたちは装置のメインコンソールであろう設備の前へと集合する。そこには白衣を着た研究員のほかに、腕を組みながらコンソールに表示されている数値を眺める幼女神三郎がいた。
そこに加えて――
「っ……!?」
今まで見たことないくらい目を見開いてこちらを見つめる、ガルガッディアの姿があった。
「変身し終わったぜサブさん」
「ああ……」
腰に手を当てて片足に体重を乗せた際、豊満な胸を揺らした……た、たまたま視界に入っただけですから……祐樹の言葉に、神三郎はコンソールを見ながら生返事をした。
「やはり魔法が行使される際、この信号が発生するのは間違いないようだな。後はこの信号の数値の意味をどうとらえるかだが……。ガルガッディア氏、何か意見は――」
とそこで神三郎がガルガッディアの様子に気が付いた。彼はオレたち……正確には、オレを凝視したまま固まっている。
……そういえば、前のゴブリン騒動のときもそうだったな。
脳裏によぎるのは、先の騒動で半助の様子を確認しに行くために、駅前へと向かっていた最中の出来事だ。あの時も一体のゴブリンと対峙した際、相手はオレの姿をとらえるや否や、逃げるように立ち去って行った。
……お約束では、ゴブリンは女性といえば、その……子作り道具みたいな扱いをしてて、特に見目麗しいエルフなんかは、そりゃあもうとんでもない目に合わせる、なんてもんだけど。いやまあ、そんなお約束通りだと困るんだけどさ。
「? ガルガッディア氏、どうされました?」
「……はっ!?」
神三郎の問いかけに、ようやく正気を取り戻したといった様子のガルガッディア。彼は、大きく息を吐くと、ぼそりとつぶやいた。そこには、どこか自分を納得させるような意味合いがあるように感じる。
「……そうであったな。この世界は、我らの世界と価値観が違うのだったな」
「価値観、ですか?」
自身のつぶやきに首をかしげた神三郎に、ガルガッディアは一度ちらりとこちらに目をやり逡巡するようなそぶりを見せた。だが、やがて「ううむ……」と唸ると、ゆっくりと腕を組んだ。
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