第26話

「――で、見事にフラグを建築したと」

「やかましい。偶然だ」

 肩をすぼめながらうそぶく祐樹に対して、神三郎は憮然と答える。


 そっとしといてやれよ……。


「しかし……夢ん中で魔族を殺せって言われてただぁ?」

 そう言いながら、祐樹が疑わし気に大きく顔をゆがめた。


 祐樹が半助からの連絡を受け取ったその後。オレたちはすぐさま神三郎が手配した車へと乗りこんでいた。陽総院の名前を振りかざすということに興味のない彼が家から呼びつけたのは、運転手こそスーツを着たやり手そうな人物だが、日本製の普通車だった。まあ、普通車に見えても陽総院家用に装甲強化とかされている特殊な車なのだが。

 そんな車は、オレたちを拾うと学校を出て、半助がいるであろう町の中心駅へと向かっていた。


「詳しいことは俺も聞かされていないが。成一自身もいまいち掴めていないらしくてな。俺も今しがた聞いた」

「兎も角、半助もその場にいるのなら状況を確認する必要がある」と助手席に座った神三郎は、顔だけ後ろに座るオレたちに向けてそう口にする。


「魔族ねえ……」

 ポツリと呟いた祐樹が、再び手にしたスマホの画面に目を落とす。端から隠す気がないのか、膝に置かれた手に握られたそれは、横に座るオレからも丸見えだ。横から覗き見てみると、表示されていたのは先ほど半助から送られてきた画像だった。

「するってぇと、このゴブリンみたいなやつらは、異世界の住人ってわけだ。どうやってきたのかは、わかんねえけど」


「ゴブリン……まあ確かにそんな感じだな」

 画像に映し出された、焦げ茶色の肌をした通常の人間にはない顔つきの異形の者たち。正式な名前がどうか知らないが、ゴブリンと言われれば確かに納得できる出で立ちだ。


「……てか、結局その格好できたのか? 元に戻らなかったんかい」

 スマホから目を外した祐樹が、代わりにこちらを振り返る。


 本来なら実験室での検証が済み次第、オレは一度元の姿に戻る手はずとなっていた。しかしそこに急に割り込んできたのが、魔物騒ぎである。巻き込まれた可能性のある半助といち早く合流したいと考えたオレと神三郎は、バイタルも安定しているということで、止む無く変身継続を決めたのだった。貫頭衣で街中を歩くわけにはいかないので、一応制服には着替えなおしたが。


「仕方ないだろ、時間がなかったんだから」

「もういっそそのままエルフ美少女で過ごせば?」

「冗談」

 神三郎に協力する形で性転換しているが、元々オレは女性になるということに興味はない。あくまで実験への協力者という心積もりでいる。今だって、戻る余裕があるなら戻っていた。


 十六年も男やってるんだ。今更それを変えるなんて、ちょっと考えられないよな。


「オレは男を捨てるつもりはないからな」

「童貞も捨てられない男だもんな」

「それはお前も一緒だろ!」

 自分のことを棚に上げて下品なことを抜かす祐樹を、オレは指さしながら非難する。


 というか、十六歳で童貞なんてふ、普通だろ。別におかしいことなんてないしっ。十八禁は十八歳からだし!





「……というかよ。さっきからさっぱり動いてなくね?」


 その後何気なしに自身のスマホを眺めていたオレと祐樹。最早ライフワークと化しているSNSの呟きを散策していると、ふと祐樹がそのような言葉を口にした。その声にスマホから目線を外したオレは、窓の外を眺める。


 確かにオレも車の進みが悪くなってるなとは、薄々思っていたけど。


「なんか、いつの間にかすごい混んでるな」

 都会とは離れた片田舎なのだが、中心駅だけは立派なのがオレの地元だ。その駅につながるメインストリートは、片側四車線という市内でも一番の広さを誇る。駅の周囲には役所や百貨店などが集中していることもあって、車通りが多くなることを見越してだろう。事実、休日の朝である今の時間帯は、ひっきりなしに車が通り、赤信号になろうものなら各レーン十台以上は並ぶ。

 それでも信号さえ変われば車は流れるし、大都会のように車が多すぎてノロノロとしか進めないなんて現象はまず起こらない。

 だが今はそのメインストリートが、車で埋め尽くされ大渋滞を起こしていた。


「何かわかるか?」

 神三郎は運転手へとそう問いかける。しかし当の運転手の方も事態が掴めていないのだろう。オレたちと同様周囲を見回すも首をかしげるばかりだ。

「……済みません。普段ここがこのように混雑することはまずないのですが。事故か何かで交通規制をしているのかもしれません。……それにしても流れなさすぎな気もしますが」

「ふむ。……回り道をすることも、難しそうだな」

 左右の車線も後方も、車で挟まれて身動きが取れない状態だ。身を乗り出してそれを確認した神三郎は、「……やむを得ないか」と呟くとおもむろにシートベルトを外し始めた。


「済まないが、このまま徒歩で向かう。必要になれば呼ぶから、一度戻っておいてくれ」

「かしこまりました」

「おいお前たち。ここからは徒歩で向かうぞ」

「おいおいマジかよ」

 先んじて神三郎がドアを開けるのを見るや、オレと祐樹は慌ててシートベルトを外しにかかった。両者ともスマホを片手に持っていた分、少しまごつく。


「まあ確かに、この渋滞じゃ身動き取れないもんなぁ」

「そういうことだ」

 シートベルトを片付けながらつぶやくと、ドアに手を乗せながら中をうかがっていた神三郎が頷いた。


 車の外に出ると、むわっと自動車の熱気が襲い掛かってくる。また四方八方から聞こえるエンジン音から、道路を埋め尽くすほどの車の多さというものがうかがえた。エルフ耳になったおかげか、いつもよりも音が良く聞こえるような気がする。後方を見ると、刻一刻と車の列が成長する様子が見て取れた。クラクションも、どこからともなく散発的に聞こえてくる。


「すごいな……。なんでまたこんなに渋滞してるんだ?」


 もしかして、本当に駅前にゴブリンがあふれてるとか、そういうことなんだろうか。


 半助が送ってきた画像には、見慣れた駅前に見慣れぬ異形が跋扈する様子が映し出されていた。だがそれを見たところで、あまり現実感が湧かなかったというのが本音である。


 確かにルーイが魔族が来るとか言っていたけども。やっぱどこか現実感がないというか……気にはなってたけど半信半疑なんだよな。流石に非現実的すぎるし。


「この先の道が詰まっているのだろうな。何故か、と言われると……」

「この先でゴブリンどもがうじゃうじゃ湧いていやがるから?」

「……本当にそうであるのなら、混乱により交通網が麻痺することは十分考えられるな」

 現実感がないというのは、祐樹も神三郎も同じなのだろう。二人とも半ば冗談交じりに口にしている雰囲気を感じた。


「兎も角、一度確認してみないことには始まらない。取り敢えずこのまま駅に――」




「……っ!? サブさん、あれ!?」




 神三郎がオレと祐樹を回し見て動きを伝えようとしたその時。不意にオレは小さな異音を聞きつけた。

 不規則に板を叩くような音。そして音のした方向を振り返ると、鋭く声を上げる。


 音の正体は、車のボディを叩く音であった。何かが、連なる車の上を走り抜けている。


 その何かとは、小柄な体躯の焦げ茶色の肌をした人型の異形――ゴブリンであった。




「うわっ、本当にゴブリンいやがった!?」

「っお前たち、早く車の中へ入れ!」


 車の上を疾走するゴブリンは、まっすぐにこちらへと向かっている。そのスピードは思いのほか速く、接触するまでには幾秒もないだろう。


 神三郎の声を皮切りに、オレと祐樹は慌てて数歩離れていた陽総院家の車へと舞い戻る。だが後部座席運転席側に座っていたオレは、二人よりもほんの少しばかり時間を食ってしまった。


「あ――」


 ドアを開けて身を入れ込む前に、オレはふとゴブリンの位置を確認すべく顔を上げた。その瞬間、小さく声が漏れる。


 ぎょろりとしたゴブリンの瞳。その視線が、ばっちりオレの姿をとらえていたのだ。

 ゴブリンといえば、ファンタジー世界の中ではお馴染みの魔物だ。登場する作品によって差異はあるものの、基本的にはさほど強くない魔物として描かれる場合が多い。

 同時に、知性は弱く、会話になる前に襲い掛かってくるという気性の荒さも併せ持つということも。


「!? やっべ」


 オレはそう吐き捨てると、無意識に止まっていた体に力を籠める。今襲い掛かられても、対処するすべは何も持っていない。武器もなければ、魔法もない……というか、使えるらしいが使い方がわからない。そしてなんといっても、今のオレは美少女エルフの姿だ。これが同人誌とかだったら、凌辱対象待ったなしの状況ではないだろうか。


 そんなもん、絶対有り得ないだろ! 童貞を捨てる前に処女捨ててたまるか――って、そういう問題じゃねえ!


 心の中でしょうもない悲鳴を上げながら、オレは慌てて車の中に逃げ込もうとした。しかしオレが車へ乗り込む前に、事態は動く。



「~~~~!?」



 不意に隣の車の上で立ち止まっていたゴブリンが、金切り声を上げる。直後彼はくるりと踵を返すと、一目散に駅の方へと飛び去っていった。

 それはまるで小型の野生動物が人間に出くわした時に逃げる様に似ていた。


 その様子を眺めていたオレは、中途半端に足だけ車に突っ込んだ状態で呆然とする。

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