第25話

「…………」

 オレはさてどうしたものかと、腕を組んで神三郎を眺めた。


 手元のスマホを眺めているせいで、少しうつむきがちな神三郎の顔。端正な顔立ちを彩る切れ長の瞳には、女性顔負けの長いまつげが影を作っている。まるで少女漫画に出てくるインテリ系のイケメンのようだ。

 これが少女漫画であったなら、次の瞬間には顔を上げたところで目が合って『……どうした。俺の顔になにかついているか?』などと、すっきりとしたフォントで書かれ、あたりにはキラキラした光とかが散りばめられたコマ構成になることだろう。その仕草にヒロインがキュンとしてしまって、『ああ、憧れのあの人が私を見てる』とかなんとか――……いやまあ、少女漫画なんてほとんど読んだことありませんけどね。一華が持っているものをちょっと見たことあるくらいで。


 そんな浮世離れしたイケメンであるからして、うつむくという些細な仕草でもとても絵になる。何気なく電車に乗ったら、その車両にいた女性全員の視線を釘付けにしたという実績を持つのも納得だ。


 ……まあ、オレにはわからないけどな。この顔見ても腹立つだけだわ。相変わらずイケメンだなーおい。まじで不平等。爆発しろ。オレは障害物じゃないぞ。


 ちなみにそのとき横にいたオレは、邪魔だの消えろだと散々影口を言われました。

 死にたい。



「もしもーし、サブさん」


 そんなオレの心の傷はどうでもよくて。今は神三郎の気を引くのが最優先だ。オレはそう言いつつ軽く肩を叩いてみたが、神三郎は感覚をすべて置き忘れたかのように反応しない。完全にスイッチが入ってしまって、周りの一切が気にならなくなっているようだった。


「…………」

 神三郎が何の反応を見せない傍らで、オレは口をへの字に曲げる。別に用がなければ、彼の熟考を邪魔することはしないのだが。生憎と今回はまだ聞きたいことが残っている。

 何とかして彼の気を引かなければならない。


 まあ、そんな苦労はしないけどさ。


 そんな状況でも、オレはあまり悲観していなかった。伊達に子供のころから付き合っているわけではない。何事かに集中して周りの一切が見えなくなっている彼の対処法は、持ち合わせている。


 オレはふと神三郎から顔を反らしつつも横目で見ながら、ぼそっとつぶやく。



「……………………あ、幼女」




「!!?!?!??!?!??!!?!?」



 その直後、神三郎の反応はてきめんだった。


 目が光り、常人の動体視力では到底追い付かないほどの速さで顔を上げる。見たこっちが本人の首の具合を気にするレベルの、普通ではまず動かさない速度だった。効果音を加えるとしたら、某工作員が敵に見つかったときのあれだろうか。頭に赤い「!」とかついてそう。

 その後神三郎がぎょろぎょろと気味の悪い視線の動きであたりを見回す。


 いや怖いよっ!


「幼女だと! どこだ!?」

「そこまで反応する?」


 確かに『幼女』という単語を出せば反応するだろうと、承知の上で口にしたが。まさかここまで気持ち悪い動きをするとは思わなかった。


 ……前はもっとおとなしい反応だった気がするんだけど。こいつ、悪い意味で成長してやがる……。


 普段はやり手の頼りになる先輩な分、あまり幻滅はしたくないのだが。


 ドン引きであった。



「……ごめん、サブさん。勘違いだったわ」

「…………………………そうか」

 途端、しょんぼりとした様子を見せる神三郎。いつか犯罪に手を染めそうで、オレは気が気じゃない。


「それはそれとしてサブさん。魔族についてはどう思う?」

 オレは神三郎の反応が得られたとわかると、強引に話を切り出した。もたもたしていると、しょんぼりモードからまた熟考モードに入りかねなかったからだ。

 その甲斐あってか、今度は神三郎の返答をもらうことができた。


「魔族か? ……にわかに信じがたい話だな」

「まだ異星人が攻めてくると言われた方が納得できる」と神三郎は肩をすぼめた。


「話に聞いただけでは何とも言えないな。どんな種族なのか、そもそも知性はあるのか、情報が一切ないから判断しようがない。何をすればよいのか、さすがに見当がつかん。後手になるかもしれないが、その件は保留にするしかないだろう。……しかし、思わぬ産物が得られたものだな」

 言いつつ神三郎は、テーブルに備え付けられた椅子に腰かけた。


「元々俺は性転換できる装置を作り出しただけなのだが、まさかそこに魔法やら魔族やら、未知の要素が絡み合ってくるとは、想像もしていなかったぞ」

「……まあ、オレのあの夢を信じるなら、だけどね」

 神三郎が座り込んだのを見て、オレも先ほどまで寝ていたベッドに腰かけた。自分で言っておいて何だが、オレ自身もあの夢の内容を信じていいのかどうか、少し悩んでいる。


 あまりに内容が突飛するぎるんだよな。何だよ魔法とか魔族って、漫画かよってな。


 けれど、普通に考えればそう一蹴して良いような内容であったとしても。あの夢の鮮明さは、まるで別の世界に迷い込んだかのようなあのリアル感は、オレに出鱈目だと切り捨てるという選択を思いとどまらせる。本当に放っておいていいのかと、不安な気持ちにさせるのだ。


「――その夢が意味のあるものか否かは、今は判断できないだろう。兎に角情報がなさすぎる。この件に関しては、実際に魔族とやらが攻めてくればわかるだろう。来れば事実、来なければ空想ということだ」


 そんなオレの葛藤を知ってか知らずか。神三郎は小さく鼻を鳴らすとそう口にした。その口調はどこか落ち着かせるよう諭すような雰囲気を感じた。

 恐らく、オレの懸念を払しょくしようとしてくれているのだろう。


 ……ちょっと感性がぶっ飛んでるけど。なんだかんだ、この人は友達想いだよな。


「…………なんかそれ、すげーフラグに聞こえるんだけど大丈夫?」

 オレは神三郎の言葉に、照れ隠しもかねて自身の髪の毛先をいじりながらそう聞き返した。すると神三郎はふっと口元に不敵な笑みを浮かべると、くいと眼鏡の位置を直す。

「事実そうだろう? それよりも俺は今お前が発していた謎の信号に首ったけだ。……すまないが一度服を脱いでもらえないか?」

「やめんか変態!」


 こういうところ、ホントぶれないよなこの人は!


 素で問題発言を放つ神三郎に対して、オレは咄嗟に腕で自身の体を守った。そんな彼のアホな発言の成果か、少しだけ気が紛れた気がする。口には出さないが、内心で小さく礼を口にする。


 ほんと、ありがたい先輩だよ。

 ……変人で変態だけど。




「サブさん! 成一!」


 とそんな時である。

 閉められていた扉が再び開き、やけにあわただしい様子で祐樹が部屋に入ってきた。その手にはスマホが握られている。


「どうした祐樹よ。そんなに慌てて」

 普通でない祐樹の様子に目を開いたオレよりも先に、神三郎が反応した。彼はゆっくりと立ち上がると、肩をすぼめた。

 当の祐樹は、走ってきたのか荒い呼吸をしながら、手にしたスマホを掲げる。

「わりい実験中に。今ござるから、ラインが届いてよ。そこに――」

 そう言いつつこちらに向けてきたスマホの画面。オレと神三郎はお互い首を傾げながら、その画面に目を向けた。


 映し出されたトーク画面は、半助との個別ラインが表示されている。そして、その画面の真ん中には、大きく画像が添付されていた。


 画像の直前には、半助のメッセージが。




『今駅前に化生共があふれ返っているでござる!』

「なんか化け物があふれ返っているんだってよ!」




 添付された画像には、町の中心街にある大型駅周辺の幹線道路に、焦げ茶色の肌をした人型の化け物たちが、大量に跋扈している光景が映し出されていた。

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