第24話
「……役に立たないわけじゃないし」
意識が戻った後の開口一番で、オレは思わずそうつぶやいた。
声質は男の時のものではなく、ここ最近聞き慣れ始めた、どこか凛とした中に甘みのある可愛らしい女性のそれ。
近くに鏡がないので確認はできないが、恐らく現実世界の美少女エルフの姿に戻ったのだろう。
「この姿で元に戻る……ていう言い方も変だけどな」
ベッドに横たわらせていた上半身を起き上がらせながら、オレはひとりごちる。本来は先ほどまで見ていた夢の世界での自分が正しい姿なのだ。今はたまたま諸事情あって彼女の……ルーイルスフェルの姿を借りているだけ。すらりとした四肢(と同じくすらり気味な胸)をした金髪美少女の状態では全く説得力はないが、オレは生まれた時から男である。
オレは男だとかどうとかって、随分とおかしなことになったもんだよな……。
中性的な要素なんて皆無だった一般男子であるからして、誰がどう見ても普段のオレは男でしかない。そんな自分が、まさか『オレ男だから』なんて思う日が来るとは、誰が想像できただろうか。いやない(意味もなく反語)。
「――今何時だろ?」
それはそれとして。あの変な世界に迷い込んだということは、いつの間にかうたた寝をしていたのだろう。軽く記憶を遡ると、すぐさま思い起こされるのが、あまりの何もなさに退屈になりベッドに横になった自分の行動。
そうか、そういえばスマホも取り上げられてるんだった。
どの程度うたた寝をしていたのだろうか。確認しようにも手元に便利グッズ筆頭のスマホはない。いつもの癖でズボンのポケットがあるであろう箇所に手を伸ばしたが、ポケットの開口がない。直後、簡素な貫頭衣に身を包んでいることに気が付き、小さくため息を吐いた。
「暇なのには変わりないんだよなぁ」
はぁとため息を吐きながら、オレは何気なしにベッドから離れ、部屋の隅を眺める。特に何があるわけでもないのは分かっているのだが、ぶらつかないとやっていられなかった。場所指定された手前、下手に外へ出ることも忍びないし――
と、そんな時である。
不意に部屋と外を隔てていた扉がスライドする。そしてそこから神三郎が入ってきた。
その雰囲気は、どこか普段よりもどこか舞い上がっているようにも見える。
「具合はどうだ、成一?」
「具合? いや、別に普通――」
「だけど」と続けようとしたところで。オレはその言葉を口にすることなく目を見張ることとなる。
「……え、えっと。何してるのサブさん?」
神三郎は、オレの言葉を聞かずゆっくりとオレの周りをまわりだした。何かを確認しているのか、その視線はオレの全身に細かく回される。それだけでは済まず、再びオレの正面に立った彼は、おもむろにオレの右手をつかみ、まじまじと見つめ始める。
「……あのー」
おずおずと呼びかけてみるが、反応はない。誰もがうらやむ整った容姿が、目と鼻の先にある。切れ長の瞳はほんの少しだけいつもより開かれていて、何かを探し出そうという凄みを感じられた。
完全に友人を見る目ではない。
……こうなると反応薄くなるんだよなぁ、この人。
「…………」
オレは問いかけるのを諦めて神三郎の行動を見守ることにした。彼はオレの右手を凝視した後、今度は左手をつかみ見つめ始める。かと思ったら、腕の先から肩口にかけてパンパンと軽く手を触れ始めた。まるでオレの外形を確かめるかのような行動だった。
一体サブさんは何を確認してるんだ?
されるがままに神三郎の奇行を身に受けていたオレは、眉をひそめながら彼を見つめる。目の前に顔がありながらも、その目線は合わない。そうこうしているうちに、肩口まで触れた神三郎。しかし思ったような成果が上がらなかったのか、今度はそこから胴体を下がるように手を触れ――
「ちょ、それはさすがにダメでしょ!?」
あと少しで胸を触られそうになったところで、オレは思わず身をよじり神三郎の手から離れる。しかし神三郎は、オレのその動作にきょとんとした顔を浮かべるのみであった。伸ばしかけた腕が、そのままの形で宙に残る。
こ、こいつ人様の胸を触ろうとしたっていう実感なさそうだな! というか、これたぶん自分でも気が付いてないんじゃ……。
「……急に何なのさ。人の体をジロジロぺたぺたと」
オレは何かあるのかと思い、自身の腕を軽くさすりながら神三郎をねめつける。彼のことだから、オレに欲情したという線はないだろうと思う。ロリコンを不治の病レベルで患った神三郎にとっては、小学校を卒業した少女は軒並み年増扱いで、食指が動くことはないという。人並み外れた容姿と陽総院という家名がなければ、本当にただのヤバい奴である。いやイケメンで金持ちだろうと、ヤバいには変わりないけれど。
「……おっと済まない。少し取り乱していたようだ」
少しの間動きを見せなかった神三郎だったが、ふと思いなおしたのか、半端に伸ばしていた腕を戻すと小さく肩をすぼめた。
「不意にお前から謎の信号が発せられたのを確認してな。出所やお前の体に異常がないかどうか、確かめたかったのだ」
「な、謎の信号……?」
もしかして長時間変身している影響が何かあったのか?
思わずオレは、自身の体を見下ろす。小ぶりな胸と華奢な四肢が変わらずあるくらいで、見た目では異常らしい異常はなさそうだが……。
「――信号は既に消失しているし、それ以外のバイタルも正常値だ。外観も変わりないようだから、問題はないと思っているがな」
おもむろにズボンのポケットからスマホを取り出した神三郎は、何か表示を……恐らくオレのバイタルとやらなのだろう……確認すると、スマホを手にしたまま腕を組んだ。
その後の神三郎の話を聞いてみると。どうやらオレが休憩所として案内されたこの殺風景な部屋は、実は超高精度なセンサーの類が壁中に張り巡らされた特殊な実験室らしい。この実験室の中にいる物体のわずかな信号の変化を測定できるとのこと。それだけではなく、微弱な電気信号を照射することで、被験者の反応も観測できるという。招かれてから覚えていたピリピリとした違和感……オレは気疲れからくる過敏反応かと思っていたが、これがその電気信号とやらだったらしい。
性転換装置などというぶっ飛んだかつ大型な機械といいこの部屋といい、一体いつから動き出していた計画なんだろうな……。理論から作ったのだとすれば、とてもじゃないけど在学中に形にできるものではない気がするけど。……こ、これが陽総院の力とでもいうのかっ。
それはそれとして。
そんな一部屋いくらするかもわからない実験室で見事にうたた寝をかましたオレ。謎の信号というのは、意識を飛ばして少し経ったあたりで、オレ自身から発せられ始めたらしい。
「眠りはじめてからの反応だからな……。時間的に浅い眠りであろうから、見ていた夢が何か関係しているのではないかと考えているのだが。何か覚えていないか?」
「あ、夢といえば」
オレもかねてからそのことについて話そうと思っていたところ。丁度良いとばかりに、オレは昨夜と先ほど見た夢について話した。オレの今の姿に瓜二つな少女であるルーイルスフェルのことや、魔法のこと。
そして、魔族がこちらの世界に現れるという話だ。
「…………魔法、か」
オレの話を神妙な顔つきで聞いていた神三郎は、そうぽつりと漏らすと顎に手を当ててスマホの画面に目を落とした。
「今人数を動員して謎の信号の解析を進めているところなのだが、類似の信号というのが全く引っかからない状況でな。……にわかに信じがたい話だが、もしこれが魔法による信号だというのなら、見つからないのも無理はない。本来存在しないものだから……いや、観測をしたことがないだけで、もしかしたら普遍的に存在しうるものなのかもしれないが――」
「ううむ……」とスマホの画面をにらみつけながら、神三郎が熟考を始めてしまった。
……いやまあ、サブさんからしたらそっちが気になるんだろうけどさ。そりゃオレも気になるけども!
「あの、サブさん? 魔族の方とか、どう思う? なんか放っておいたらヤバい気がするんだけど」
「……………………」
おずおずと問いかけてみたが、当の神三郎は全く反応を見せない。相変わらずスマホの画面とにらめっこ。そして何やら口元でよくわからない言葉を発している。
オレの言葉は、ものの見事に両耳を素通りしてしまっているようだった。
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