第23話

「え?!」


 ルーイの言葉に、オレはドキンと胸を鳴らす。思った以上に高めの声が出てしまった。


 魔法を……教える? マジで?


 オレは目を見開き、軽く身を乗り出してルーイへと問いかける。

「つ、つまりそれって……オレも魔法が使えるようになる、ってこと?」

「だからそう言っているじゃない。理解の悪いやつね」

「……おおぉぉ」

 ルーイの憎まれ口が気にならないほど、オレは高揚感に包まれていた。嬉しさを前面にだす行為は、流石に理性が働き押しとどめたが、代わりに抑えられなかった期待がうめき声となって漏れた。


 オレが、魔法を。三十歳童貞という意味ではなく、真の意味で魔法使いになれる!


 想像するのは、アニメの主人公のように色鮮やかな魔法を行使する自分。詠唱を始めた途端、何重もの魔法陣が展開され、そこから無数の光の奔流が放たれる。食らった魔族(仮)は、苦悶の声を上げ塵とかした。それだけにとどまらず、縦横無尽に空を駆け巡り、敵を焼き尽くしたり凍らせたり、獅子奮迅の働きを見せ――


「まあ、アンタのその体だと雰囲気絶望的だけど、私の体なら使えるだろうし」


 ――るのは、ちょっとイケメンに見えるオレではなく、可愛いエルフの美少女だった。


 これはこれで、ありです。



「一から教えるといったけど、理論的なところは省略するわ。魔力とか魔法が空想上なんて世界じゃ、言っても理解できないだろうし。それに一朝一夕で説明できるようなものでもないしね。教えるのは、実践的な使い方よ」

 そう言うと、ルーイはスタスタとオレの傍まで寄ってくる。そしてポンと、軽くオレの肩に手を置いた。

「今からあんたの体に魔力を流し込む。過度に流し込むと破裂するから、あくまで微量だけどね」


「破裂!? 怖いなおいっ」


 一瞬自分が水風船のように膨らんで、きったない花火を上げる姿を想像したオレは、体をのけぞらせてルーイの手から逃れる。すると彼女は面倒くさそうに眉をひそめた。

「過度に流し込んだらって言ったでしょ。そんなことはしないわ。面倒だから変に反応しないで、肝の小さい男ね」

「いやだって恐ろしいだろ……」


 人が破裂するって言ったんだぞ? Z指定ついちゃうだろ。オレまだ高二だぞ。


 一応抗議の声を上げてみたが、ルーイは不快そうに顔を歪ませるのみ。なんかこれ以上抵抗すると、逆に『夢の中だから盛大に破裂してみましょうか』とか言いかねない。……流石にしないとは思うけど。

 彼女の言葉を信じ、元の姿勢に戻る。再び肩にルーイの手が置かれた。


「……じゃあ、魔力を流し込むわ。体に魔力が流れる感覚を覚えなさい」


 そういった途端、ルーイの周りに蜃気楼のような靄が発生する。もしかしてこれが魔力か、と思ったその直後。




「!?」




 体に、何か異常なものが入ってきたことを感じた。


 まるで細い電流を流されたかのような感覚……だろうか。ルーイの手が触れている肩から、体中に広がる回路に電流を流されたかのような、何かが巡る感覚。


「――分かったかしら?」


 そう言うと、ルーイは手を離す。その途端、先ほどまで感じていた何かの流れは霧散し、小さな余韻が体の中に残るのみになった。いつの間にか、ルーイの周りの蜃気楼も消えている。


「……今のが?」

 オレは無意識に先ほどまでルーイに触れられていた肩に手を当てる。恐らく余程呆けた表情を浮かべていたのだろう。ルーイは鼻で笑いながら腰に手を当てた。


「随分と間抜けな面ね。そう、今アンタが感じたのが、魔力の流れよ。どうやらさほど鈍感ではなかったようね」

「今のが……魔力」

 オレは肩に手を置きつつ、もう片方の腕を体の前に持ってくる。先ほどまでは全身に回路が作られているのではないかと錯覚したが、いつも通りの肌が見えるばかりでそんな痕跡はない。


 ……投影とかしちゃうあの主人公も、こんな感じなんだろうか。もう完全に決め台詞決まっちゃったじゃん。


 もし魔法が使えるようになった暁には、一回は『トレース、オン』と言いながら発動させようと思ったオレであった。


「魔法というのは、大雑把に言ってしまえば、その魔力を使って起こす事象のこと。火をおこす、風を吹かす、水を作り出す――使い方によっては、空を飛ぶことだってできるわ」

「他にも語り始めたらきりがないんだけど」とルーイは肩をすぼめた。


「まあ、そこまでは求めないわ。取り敢えず、アンタは火を起こせるようになりなさい。大抵の魔族は、燃やせば死ぬから」

「……やめてくれよ、なんか夢が壊れるだろ」

 魔法に対して憧れを抱いていたオレは、ルーイの身もふたもない言葉に小さく苦言を漏らす。



「で? 肝心の火の出し方って、どうやるんだ?」

 とはいえ。魔法というのを前にして、オレはやはり舞い上がっているのだろう。思った以上に明るい声が出て、内心自分でもがっつきすぎな印象を覚えた。自分でもそう思うのだから、ルーイも似たようなことを感じたのだろう。聞かせる気はなかったのだろうが、「……子供ね」と小さく呟く。


 うるさいな、いいだろ期待したって。


「魔法の出し方は、別にそう難しいことではないわ」

 一度ため息をついたルーイは、改めてといった様子でそう口にすると、数歩後ろに下がる。


「魔力の量とか相性によって、出来ることは変わってくるけれど。基本はどの系統の魔法も一緒よ」

 そしておもむろに右の手のひらを軽く突き出す。向ける先はオレ……ではなく、角度的に足元の芋虫オブジェだろうか。

 彼女は、意気揚々と口を開く。



「思ったことを、ばっと出せばいいのよ!」



 直後、芋虫オブジェの真下が赤熱したかと思うと、ぼうと音をまき散らしながら火柱が立った。


 一メートル程度しか離れていなかったオレは、「うえぇ!?」と情けない声を上げながら尻餅をつく。炎は数秒間渦を巻いた後、何事もなかったかのように霧散した。後に残ったのは、円状に焼けた大地と真っ黒に焼け焦げた芋虫オブジェ。そのオブジェも、柔らかく吹く風に崩され、瞬く間に跡形もなくなった。


「…………」


 心臓がバクバクと嫌な音を立てている。これは念願の魔法を熱波が伝わるほど直にうかがうことができた高揚感ではなく。


 ……あ、あっぶねえええぇ。


 命の危機を感じたことからくる動悸だった。


「どう、分かった?」

「…………は、なに?」

 少しの間、心臓を落ち着かせるために荒い息をしていたオレ。その間にルーイが何事か言ってきたが、耳に残らない。そのため聞き返すと、彼女は面倒くさそうに眉をひそめた。

「だから。さっきのが魔法の出し方。わかったでしょ?」


「さっきのが……って」

 オレは自身の胸元に手を当てながら緩慢な動作で立ち上がり、先ほどのルーイの挙動を思い出す。


 ……もしかして。思ったことを、ばっと出せばいい――っていうあの一言で説明終わりか?


 改めてルーイを見つめてみても、説明責任は果たしたと言わんばかりに、腕を組んで佇んでいるだけ。無駄に自信ありげなところが、何の前触れもなく驚かされた身としては、ちょっとイラッと来る。


「……一応聞くけど。冗談ではないよな? 冗談でなく、さっきので説明は終わり?」

「なんで冗談なんて言う必要があるのよ。今ので説明は終わりよ」

 あっけらかんとルーイはそういってのけた。


「………………」

 オレは不覚にも少しの間固まってしまったが、やがて小さくため息を吐いて視線を外す。

「……いやまあ、言ってもいいのか分からないけど。あえて言わせてくれ」

 そしてそう前ふりをしたオレは、改めて視線をルーイに戻して口を開いた。




「まっっっっっっっったく分からん!」




「はああぁぁ??」

 直後、ルーイの顔が歪んだ。


「今ので分からない? 分かりやすいように、とても簡単に表してあげたでしょう。それで分からないとか、アンタの頭の中ちゃんと詰まってる?」

「あれは『分かりやすいように簡単に』じゃなくて、ただの言葉足らずだ! こちとらさっき初めて魔力を感じたってレベルなんだぞ。もっとそんな奴でもわかりやすいように説明してくれ。お前絶対他人に説明とかしたことないだろ」

 自分としては至極当然なことを言っているつもりなのだが、彼女はどうやら納得がいかないらしい。大きくため息を吐くと、呆れた様子で軽く手を広げた。


「やれやれ、これだから人族は。理解力が乏しいったら。そんなのだから、魔力の割に貧相な術しか行使できないのよ」


 それ異世界人のオレに言われてもな。


 よその世界の魔法事情を話されても、「ああそうですよね」なんて言えるわけもない。というか、先の説明の仕方を見るに理解力が乏しいのではなく、彼女の伝える能力が壊滅的なだけなのではないだろうか。


 ルーイは不機嫌そうに視線をあたりに泳がす。同時にぶつくさと何かつぶやいているようだが、声が小さく内容までは聞き取れなかった。

 やがて彼女は観念したかのように小さく肩を落とすと、緩く腕を組んでこちらに視線をよこしてきた。


「……とはいえ。アンタが魔法を使えないとこちらとしても困るから、無理やりにでも魔法を使えるようになってもらうわ」


「む、無理やりにでも……?」

 オレは彼女の気になる物言いに半歩後ずさる。言葉や態度から、ルーイは優しく何かを諭すタイプの人間(……エルフ?)ではないことは何となくわかる。どちらかといえば、荒療治とか好きそうなタイプだ。

 そんな彼女が『無理やりにでも』なんて口にしてしまうと、怖くて仕方がない。


 ……な、なにをするつもりなんだこのエルフは。


 緩く組んだ腕を崩し、彼女は腰に手を当てて値踏みするようにオレを下から上まで見つめてくる。その視線から逃れるように、オレはさらに半歩後ずさった。


「さて、どう理解させてやろうかしら?」


 いや怖ぇーよ! 絶対教えるって雰囲気じゃないっ。


 何故か舌なめずりまでしだしたルーイに、オレは取り敢えず逃げ出すことを決意した。彼女の視界にいたら何をされるか分からない。この世界に逃げ場があるのかわからないが、兎に角距離を取ろう。

 そう思って、回れ右をしかけたその時である。


 唐突に、世界がぐにゃりとゆがんだ。


 前回と同様であるならば、起床の兆候だ。

 この悪夢から離脱することができる!


「また半端なときに!?」


 体制を崩したルーイが憎々し気にあたりを見回す。そしてその視線はそのままオレの方に向けられた。

「アンタ、狙ってやってるんじゃないでしょうね!?」

「そんなんできるわけないだろ!」

 起きる時間をコントロールできるんだったら、毎朝目覚ましと格闘なんかしていない。


「ほんっとアンタって役に立たない男ね――」

 風景の歪みが進み、もはや色味くらいしかわからなくなった空間。そこを落下しながら、ルーイがそのような捨て台詞を吐いた。それに対しオレも何事か言い返そうと口を開きかけたが、言葉を発する前にすべての感覚がなくなった。


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