第20話

 確信めいた物言いだった。オレは図星をつかれて一瞬焦ったが、改める。


 たぶんというか、この子は何か知っているはずだから、下手に隠さない方がいいだろうな。オレだって好きで変身したわけじゃないし。やましいことなんてないし。


 ちらりと、女の子になったということで、思春期の男子のリビドーを抑えきれなかったシーンがちらほらと脳裏をよぎったが、気にしないことにする。


「……よくわかんないけど。確かに君とそっくりな格好になるときもある。髪の色とか、瞳の色とかは違うけど」

「……ここに呼ばれてるってことは、やっぱりそういうことなのよね」

 がっくりと、少女が大きく肩を落としてため息をついた。そして何やら片手で頭を抱えだす。その表情は不満げで晴れない。


「えと……。まじでよくわかんないんだけど。ここはどこだとか、君はだれだとか、色々聞いても良いかな?」

 恐らく、少女はこの場ですべてを理解していると思う。オレが男だったということは予想外だったようだが、少なくとも気が付いたらここにいたというオレよりは遥かに情報を持っているだろう。


 というか、自己完結していないで、オレに説明をしてほしい。さっきから分からないことだらけで、ストレスマッハなんだから。


 少女はちらりとオレの方に目を向けると、数瞬の間を経て小さくため息を吐いた。

「……そうね。悠長にできるほど時間もないし」

 そう口にすると、少女は軽く片足を上げ、かと思ったらおもむろに地面を踏みつけた。直後、彼女の目の前とオレの目の前に、唐突に切り株が地面から現れる。

「うおっ」

「取り敢えず。座りなさい」

 言いつつ、少女は現れた切り株へと迷いなく腰を下ろす。それを見習い、オレもおずおずと目の前に現れた切り株へと腰を下ろした。土か腐葉土かわからないが、地面から現れた割には、土や水気は一切なく、加工された椅子のような座り心地だった。


「まず自己紹介をしようかしらね。私の名前はルーイルスフェル。ホリュンの村のルーイルスフェルよ。アンタの名前は?」

「お、オレは茅賀根成一だ。一応言っておくけど、成一が名前で、茅賀根が家の名前。えっと……。ご、ごめんけどもう一回名前言ってくれませんか……?」

 思った以上に長い名前だったせいで、一発で覚えることができなかったオレは、おずおずと聞き返す。すると少女……ルーイル何某は、小さくため息を吐いた。

 こいつめっちゃため息吐くな。


「覚えきれないのなら、ルーイで構わないわ。……で、ナルヒト。まずここがどこかっていう質問だけどね。簡単に言えば、ここはアンタと私の夢の中よ」


「オレと君の、夢の中?」

「そう。厳密には似てるようで違うのだけどね」

 ルーイル何某……ルーイはそういいつつパチンと軽く指を鳴らした。すると彼女のすぐ横から厚みのある木の板のようなものがせりあがる。その板は座る彼女のへそあたりの高さまで伸びると、その動きを止めた。ルーイは、その木の板の上に肘を乗せる。


「詳しいことは説明しないけど。兎に角この空間でアンタと会うためには、お互いが眠りについていないといけないの。だから、共通の夢を見ている……という表現が近いのよね。……なんだけど」

 そこまで口にしたところで、不意にルーイの目が細められた。その視線はオレにまっすぐ向けられており、どこか咎めるような雰囲気を感じる。


「ここしばらくアンタと交信しようと思っても一切繋がらなかったのよね。寝る時間帯を色々と変えながら、ようやく今日繋がったわけだけど、アンタいつ寝てんのよ。面倒だから一日中寝てなさいよね」

「無茶言うなよ!?」

 あまりに自己中心的なルーイの言葉に、オレは思わずそう叫んでしまった。


 そんなナマケモノみたいな生活できるかっての。……大型の休みの中日とか、そんな日もあるけどさ!


「時間軸が違ったりするんじゃないのか? 君の世界が夜でも、オレのところが昼だったりとか。あるいは、一日の長さが違うから、時間がずれていくとかさ」

 そういえば、そのような設定をどこかで目にしたことがあったなと、ふと思いだしたオレは、両手で目の前に適当な段差をイメージさせる。するとルーイは、軽く顎に手を当てると、やがて小さく頷いた。


「……確かに、それも一理あるわね。冴えない見た目の割には、良く頭が動くじゃない」

「……あんた、初対面のやつに全く遠慮しないのな」


 確かに彼女くらいの美少女になれば、オレを含めたそこらへんのモブなんて取るに足らない存在なのかもしれないが。それにしたってどんな生き方をしたら、こんな遠慮なしにものをズゲズゲ言えるようになるのだろうか。こんな初っ端から言葉の弾丸撃っていれば、向かうところ敵だらけになるだろうに。


 だがオレは気にしない。伊達に陽総院兄弟という容姿に優れたやつらに振り回されていないというものだ。いくらトンデモ発言をしようとも、彼らは別枠の人間。俗にいう『ただしイケメンに限る』の中にカテゴライズされる人種だ。容姿に優れていれば、多少なにしたって許されてしまう。……ひねた価値観かもしれないが、陽総院兄弟を常日頃見ていると、そういう思想を持ってしまうのだ。


 そんな日ごろの行いもあって、オレはそのあたりは半ば悟っていた。だから怒りも湧かない――


 これが選ばれしルックスに優れたリア充の実力だよな。まあ、いいけどさー。…………オークにでも凌辱されちまえ。




「……取り敢えずは、次交信できる時期がいつになるかもわからない状況だし。手っ取り早く状況の説明だけ先にするわ」


 全く悪びれた様子のないルーイは、気だるげにひらひらと片手を振っている。先ほどまでは、きつめだが目を見張るほどの美少女である彼女を前にして、内心ドキドキしていたのだが、気が付けばその興奮も冷めていた。彼女の性格が合わなそうということもあるが、もしかしたら自分自身も彼女の姿になったことがあるというのが大きいのかもしれない。オレはここまで性格悪くないし。


「なんでアンタが私の姿になれるかというとだけど。私の魔力の一部をアンタの世界に転写したからよ」

「魔力の、転写?」

「そう。超絶有能な私の魔力をアンタの世界に一部送り込むことで、本物の私程じゃないにしても、劣化私をアンタの世界に作ろうとしたの」

 物言いがいちいち癇に障るくそエルフ。それにも増して何を言っているのか、オレにはさっぱりわからなかった。


「……どういうことだ?」

「今ので分からない? やっぱアンタ見た目相応で頭は働かないようね。さっきのはたまたまかしら」

「……妹以外で女の子をぶん殴りたいと思ったのは、初めてだぜ……」


 こいつまじオークとかに凌辱されないかなー。エルフっぽいし、ちょうどいいだろ。


 口元で恨めし気につぶやくほか、内心そう憤慨しつつも、オレは口に出せないし、ましてや行動に移すこともできなかった。見た目は華奢でか弱そうな美少女のルーイだが、彼女の放つオーラはそれとは真逆だ。


 何者も寄せ付けないような、何も持っていないはずなのに、銃口を突き付けられているかのような……そんな印象を覚える。

 こんな感覚は初めてだった。


「要は多少性能は劣るけど、私をアンタの世界に送り込もうとしたってことよ。送り込んだ私は、意思とかはなくて単純に能力だけの器。……そうね、私という人形を送り込んだ、といえばいいかしらね」


 と、饒舌に語っていたルーイが、不意に顎に手を当ててオレを見つめてきた。その視線は話し相手を見るというものではなく、オレの足元から頭のてっぺんまで、品定めを行うかのような気持ち悪いものだ。


「人形だから、動かすための人物を送り先にしたのだけど。ある程度魔力素養があって、かつ『門』に近い地域に住む女の子……っていうくくりだったはずなんだけど、なんでアンタが該当したのかしら?」

「オレが聞きたいよ」


 結局言い直してくれたところで、オレの理解はさっぱり追い付かなかった。いや、言葉上では内容を理解したつもりだが……。詳細を聞き返しても、的が外れていればルーイはこちらの出来を責めるばかりで答えてくれそうにないので、あきらめてわかる範囲で解釈する。


 ひとつ、ルーイは異世界人で、夢を通して異世界のオレと交信している。

 ひとつ、ルーイはオレたちの世界に自身の魔力……彼女は人形と表現したが……を送り込んだ。

 ひとつ、その人形は彼女の能力を継承しているが、意思はない。動かすためには、実際の人物が必要になる。

 ひとつ、その人物は、ある程度魔力素養があり、かつ『門』とやらに近い地域に住む女の子である。

 ひとつ、その結果選ばれたのがオレである。


 ……疑問が減らないな。


 抱いた疑問が解消すると、さらなる疑問が浮かんでくる状態だった。

 ルーイは少しの間オレの方をじろじろと眺めていたが、やがて諦めたようにため息を吐くと視線をそらした。


「だめね、この場じゃそれらしい痕跡を見ることはできそうにないわ。アンタも心当たりがない様子だし、……男に使われるのは甚だ不本意だけど、この問題は一旦保留にするわ。一番重要なことを伝えられていないし」

「一番重要なこと?」

 オレが聞き返すと、ルーイは「ええ、よく聞きなさい」と少しトーンを落としてそう口にした。それにオレは軽く居住まいを正す。



「何故私がこんなことをしたのか、なんだけど――」



 そのとき、不意にあたりに大音量が響き始めた。

 どうやら電子音のようだが、まるで水の中に響いているかのようにこもって聞こえる。そしてその音が聞こえてきた瞬間、あたりがぐにゃりとゆがんだ。



「うわっ、な、なんだこれ!?」

「なっ!? も、もう目覚めるの!?」



 風景が歪むのに合わせて、座っていた切り株の感触がなくなり地面に尻餅をつく……と思ったら、地面の感触すらなくなっていた。

 ふわりと、浮遊感が体を支配する。


「ど、どうなってるんだー!?」


 慌てて歪む木々や地面に手をかけようとしたが、実体がないのかするりとすり抜けてしまう。見るとルーイの方も、宙に体が投げ出されていた。しかし彼女の方は、オレと違って焦りはあるようだが、冷静さを失っている感じではなかった。


「聞きなさい、ナルヒト!」

 と、凛とあたりに響く声で、ルーイが叫んだ。



「迷い込んできた魔族を、殺しなさい! 私の姿ならま――」



 そこで、あたりが一気に白に埋め尽くされ、彼女の言葉もかき消されてしまった。

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