第14話
「神三郎様たちが作った装置だってことだし、何でもありってことはわかってたけどさ。ホントに兄貴、女の子になったのね」
一華はオレのことを足先から頭のてっぺんまで眺めた後、それでも飽き足らず少し左右に場所を移し、側面も観察し始める。
「……それに、あんたたちも」
かと思ったら、オレの背後にたたずむ祐樹や半助にも目を向けた。一華の視線を受けて、二人は意味もなくちょっとしたポーズをとる。
「ふ、どうだ。全力美少女だろ?」
「魂のこもった力作でござるよ」
プルンと豊かな胸を揺らす祐樹と、ふわっと尻尾を揺らす半助。ちなみに一華は、後者は当然のことながら、前者も有していない少女である。
おもむろに自身の胸元へ手を添える一華。そんな彼女は、ポージングする二人を温度の低い目で眺めると、スタスタと両者のもとへと歩み寄った。
急に近寄ってきた一華……しかも何故か無言で……に、二人は思わず顔を見合わせる。
やがて彼女は祐樹の眼前で立ち止まった。
「あ、あの……一華さん?」
感情の読めない無表情のまま、じっと祐樹を見つめる一華。祐樹も性転換したおかげで身長が十センチ以上縮んでいるため、ほぼほぼ真正面からその視線を受けている。いたたまれないのか、おずおずと祐樹が声をかけると、不意に彼女は右腕を軽く持ち上げ始めた。
一体彼女は何をするつもりなのだろう。
その場にいた全員がその動向に目を向ける中、彼女はすっと持ち上げた右腕を後ろに引き――
祐樹の豊満な胸へと張り手をかました。
服越しとはいえ、パン! となかなかに派手な音が鳴り響く。
「うぐふっ!?」
「ちょっ――」
横からの強い衝撃を受けて、祐樹の胸が大きく変形した。かと思ったらすぐに弾力のある動きで元に戻る。突然の痛覚にうめき声と同時に及び腰になり、胸元を腕で支え始める祐樹。その姿勢のおかげでただでさえ大きな胸がさらに強調されるようになった。なんとけしからん……――違う、目が行くのは突然の張り手に痛そうだなとか思ったからであって、決して胸そのものに目が言ったわけではない。そう、違うのだ!
「な、ななな何すんねんおたく!?」
何故か急に片言の関西弁になりつつも、祐樹が非難の声を上げた。そんな彼の言葉を無視して、一華はあろうことか小さく舌打ちをこぼす。
「……」
「ひっ!?」
それだけでは飽き足らず、彼女はギロリとその横にいる半助へと目を向けた。こちらは普段と身長差が逆転しているため、半助は一華に見下ろされる側だ。その圧力も相まってか、彼は短く悲鳴を漏らすと、くるんと腰元に尻尾を巻きつけた。誰がどう見ても、おびえた小動物そのもののような反応。
一華はそんな彼の姿を眺めると、一歩近づいた。合わせて半助も一歩退いたが、尻尾を巻きつけているせいでその歩幅はとても小さい。あっという間に一華に距離を詰められる。
目と鼻の先まで半助に近づいた一華。彼女はじっと尻尾に目を落としていた。
そして射程圏内に入るや否や、唐突に手を伸ばしむんずとその尻尾をつかみ始めた。
「うひっ!?」
奇妙な声を漏らしながら、半助の背筋がピンと伸びる。毛が逆立ったためか、掴まれたことで尻尾の体積がぶわっと大きくなった。尻尾の感覚については、まだいまいち慣れないと口にしていた半助だったが、さすがにあれだけ無遠慮に触られると気持ちの悪さを感じるらしい。
「な、なんてえげつない……」
突然始まった一華の奇行を目の当たりにして、オレはポツリとつぶやいた。こちらに飛び火してきたら嫌なので、そろそろと距離を置く。二人の犠牲は無駄にしません。
「……どちらも本物なのね」
握りしめた尻尾の先をまじまじと見ながら、一華がそう漏らす。ただ真偽を確かめたいだけなら、ここまで思いやりのない確かめ方をしなくてもよかろうに……と思わなくもないが、藪蛇になったら嫌なので黙っておく。
オレもなにされるか分かったものじゃないからな。
「ず、随分と遠慮のねぇ確認だなおい……」
一華の言葉に呆れた様子で姿勢を戻す祐樹。一方の半助は、未だにプルプルと身を震わせていた。
「あ、あの一華氏。そ、そろそろ離してもらえないでしょうか……?」
ついにはいつものござる口調すら引っ込む弱々しい半助の要請。……なんだかその怯えた感じが、普段の澄ました態度とのギャップを生み出して何とも言えない愛らしさを生み出して――って、何空しいことを考えているのだろうか。相手の中身は冴えない中二病の野郎だというのに。
「あぁ、ごめん」
一応謝罪の言葉を口にしながら、一華は半助の尻尾を離す。その途端尻尾の先は瞬時に一華から距離を置くように動く。それだけに飽き足らず、両手で顔を覆うと、その場にうずくまってしまった。
「お、おい……大丈夫か?」
横に立っていた祐樹が膝を折り、半助の肩に手を置きつつ声をかけた。オレもまさかそんな反応を示すとは思わなかったので、恐る恐る近寄る。よく見ると、不規則にぴくりと体を震わせているようだった。
「え……?」
一華も一華で驚いた様子で、半助を見下ろす。原因が無遠慮に尻尾を触ったことだと感じてか、若干ばつの悪そうな表情を浮かべていた。
「どうしたんだ、半助?」
再度祐樹が声をかける。すると半助は、手を閉じて顔を覆っていた状態から手を広げ、指の隙間から祐樹やオレの方を見つめてきた。
「…………いや、何というか」
「おう」
「……今まで触られることはあれど、尻尾を無遠慮に握られることはなかったでござろう?」
「おう」
「それで、今回初めて握られたわけでござるが――」
とそこでふと言葉を切った半助。彼は目元まで覆っていた両手をするすると下げ、手のひらを合わせると指先で口元を隠した。そしてどこか言いにくそうに眼をそらす。
その頬は、ほんのりと朱が差していた。
「……何というか、こう、『感じた』というかなんというか」
「……………………おう」
半助のカミングアウトを耳にした祐樹は、長い間を経たにもかかわらず、たったそれだけつぶやくにとどまった。そして半助の肩に置いていた手をゆっくりと放すと、すくっと立ち上がる。
そしてそのまま神三郎のもとへ歩み寄った。
「――で、サブさん今日は何をするんや?」
「何事もなかったかのようにスルーしやがったこいつ」
オレは祐樹の塩対応に呆れ気味にぽつりとつぶやく。かくいうオレも、半助へのフォローをするかといえば、しないのだが。というか、どう反応すればいいのかわからない。
『感じた』ってなんだよ。「良かったね」とでもいえばいいのか。
オレたちの心情をよそに、半助は何かに耐えるかのように、再び顔を両手で隠すと「う~~」と小さく呻き始めた。
少女の格好でされるとちょっと可愛く見えるのは、マジで勘弁してほしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます