第13話

 その反応を表すとしたら、『絶句』だろうか。


 いつものように装置が稼働した直後に意識がなくなり、ふと目が覚めるような感覚で覚醒する感覚。最初こそ戸惑ったこの感覚も、回数を経ることでだいぶ慣れた気がする。もう変身直後にふらつくこともない。


 目隠しのシャッターが上がり、ショーケースの外へと出られるようになったことを確認すると、目元に垂れてきた金髪を耳にかけながらオレは装置の外へ出た。

 そうして出てきたのは、目鼻立ちが整った、誰もが美少女だと答えるほどの美貌の持ち主であるエルフ風の少女。……まあ、中身は冴えない男子高校生なのだが。

 同じタイミングで、横に並ぶ装置からそれぞれ美少女と化した祐樹と半助の姿も現れる。


 そんなオレたちを階段の下から見上げた一華は、目を見開いて口を半開きにしていた。そんな彼女の表情を、オレは初めて見たかもしれない。


「……まあ、そういう表情になるのもよくわかるわ」


 まだ聞きなれない、凛とした中にどこか甘みのある可愛らしい声。そんな変化も感じながら、オレは苦笑いを浮かべつつゆっくりと階段を下りる。

 変身直後は、やはり男の時との感覚の違いがあるので、その影響で足を踏み外す可能性があるからだ。まだ滑落したことはないが、踏み外しそうになったことは何度かあったため、最近は気を付けるようにしている。変身初日の『大して変わらないじゃん』とか思っていた自分は間違いであったのだ。


「え、え……え?」

 装置から降りてくるオレたちの間で目を泳がせながら、一華が遅れてうめき声を漏らす。どう見てもこの状況が理解できていない、といった様子だ。



「どうだ一華。これが俺と長兄が作り上げた奇跡の体現……性転換を成し遂げる装置だ」



 オレたちが無事に変身できたことを確認した神三郎は、コンソールから離れこちらへと歩み寄ってくる。両手を広げ喜々として口を開く彼は、悪戯が成功したかのような満面の笑みを浮かべていた。

 本来なら、その表情に一華は胸をときめかせ『素敵です神三郎様!』くらいは言うものなのだが。今回はさすがに目の前の現実に面食らっているのか、神三郎の方を見ようともしない。呆然と変身したオレたちの方を眺めるばかりだ。


 そんな彼女を前にして、オレはちょっと出来心が芽生える。

 オレはちょっと気取った様で、右手で軽く後ろ髪を払った。


「どうだ、すごいだろ?」


 女性になって背が縮んだ影響で同じくらいの身長になった彼女の顔色を窺う。果たして一華はどんな反応を示すのだろうか。彼女のことだから、真っ先に神三郎に問いかけたりする気もする。


 その場の勢いで、腰に手を当ててちょっと気取った姿勢をオレがとっていると。相変わらず驚きが隠せないといった様子の一華だったが、ついにぽろりと言葉を漏らした。




「………………え、キモ」




「キモイとか言うなよ!」


 考えずに漏れた言葉だったのか、はたまた真面目に飛び出した言葉なのか。顔色を変えないまま言われてしまったため判断がつかない。……だがどちらにせよ、よりにもよって一番心に刺さるセリフを選択した一華。おかげで自らの行動を振り返って、『確かに急にどや顔でキザッたらしいことされちゃキモイわな』とか思ってしまったオレは心に深い傷を負った。

 おっと、心は硝子だぞ。


「お、お前なっ。もっと何かいいようがあっただろ!? 気軽にキモイとか人に言うなよな。たかが一言でも女子に言われたら、野郎なんて簡単に死ぬんだぞ、心が!」

「なあ?」とオレは背後に並んでいる祐樹と半助を振り返る。彼らなら理解してくれるだろうと信じてのことだ。

 ちなみにこういう場面では神三郎は当てにならない。イケメンかつ大富豪の彼は、たぶんキモイなどと言われることはないだろうから。中身はこんなぶっとんだ人物だというのに。やっぱり世の中顔面偏差値と財力がものをいうようだ。

 ほんと理不尽。


 それはそれとして。世の中を憂いつつも後ろを振り返ってみると、それぞれ別な反応を見せる二人の姿が見て取れた。


 顕著な反応を見せていたのは、ケモミミケモシッポ娘と化した半助だった。

 彼は神妙な表情を浮かべながらしきりに頷いている。そしてよく見ると、まるで我が身を守るかのように尻尾が胴体へと巻き付いていた。

 ……もしかして、過去にトラウマでも抱えているのだろうか。


 一方胸部装甲がとても強力な少女となった祐樹はというと。表情も平常通りで、反応らしい反応をみせていなかった。彼のことだから、口うるさく同意の声をあげるのではないかと思っていたのだが。

「……どうした祐樹? なんか反応薄くないか?」

 オレは思わず一華そっちのけで問いかける。恐らく半助も同じことを思ったのか、ちらりと彼も祐樹の方を振り返る。


「……いや、なんかよ」


 オレと半助の視線を受けた祐樹は、栗色の髪の毛をくるくるといじりながらつぶやく。

 その頬は、少しだけ色づいていた。




「前はSもMもいけるとか言ったけど、どちらかというとS寄りだと思ってたんだよな。……でもなんか最近、罵られるのも悪くないんじゃね? とか思って」




「え………………」


 一同絶句。ドン引きであった。


「…………ま、まぁ。人の性癖なんて千差万別だし、悪いとは言わないけどさ。でも、もうちょっと遠慮とかしない? というか、しろよ。お前の性癖なんて知らんわ。減点だ減点」

 氷魔法をまき散らしたかのような冷え切った空気に耐えられなくなったオレは、取り敢えず祐樹をそう諫める。

 ……途中から本音ダダ漏れになってしまったが。


 だが彼はそんなオレの気持ちをよそに、自信ありげに立派な胸をそらした。たわわに揺れる双丘が嫌でも目に入る。悲しきかな、相手の中身が分かっていても思わずドキッとしてしまうのが童貞の悲しいところ。


「やっぱ素直なところも俺の美徳だよな」

「発揮するタイミング間違ってるんだよなぁ」

 オレは呆れ気味に天を仰ぐ。これ以上祐樹をしゃべらすと碌なことにならないだろう。そう思ったオレは、取り敢えず話を区切ろうと思ったのだが。

 不意に半助が神妙な面持ちでポツリとつぶやく。


「……確かに姿が変わった後ならば、被虐体質もそれはそれでありなように見えるでござるな」


「これ以上話をややこしくするなよ!」

「新たな可能性の発露だな。素晴らしいことだ」

「ちょっと黙ろうか君たち!」

 加えて無駄に神三郎まで口をはさんできたところで、オレは手のひらを二人の顔に押し付けにかかる。こういう時ばかり変に波長合わせやがってと、オレは内心頭を抱えた。

 まあいつも通りといえばいつも通りなのだが。



「…………」



 そんなオレたちの様子を間近で見ていた一華。見ると彼女は目を見開いてまじまじとオレを眺めていた。


「ど、どうした一華……?」

 先ほどのキモイという発言から一切言葉を発していない彼女。そこからさらに酷い内容の会話を目の前で展開させてしまったため、オレとしては反応がすごく怖い。これ以上何か言われたら今日一日グロッキーになる自信がある。


 果たして彼女は何を考えている……?




「………………本当に、兄貴なの?」




 そんな一華が発したのは、そんな確認の言葉だった。わなわなと震わせながら、オレを指さす。そんな彼女の様子をまじまじと見つめていたオレは、数秒の後はっと我に返ると、小さく頷いた。


「……あ、ああ、そうだけど。どうしてそう思ったんだ? 正直、言われたからって信じられるものでもないと思うんだけど。いや、合ってはいるんだけどな?」

 確かに一華は、オレが装置の中へ入り同じところから出てくるところを見ている。だから目の前の金髪エルフが実の兄だということも……まあ常識外れだがそこは陽総院が関わっているということで……想像はつくだろう。


 だがオレも神三郎が幼女になったことが信じられなかったように、彼女もオレがこんな少女になったということに理解が追い付いていなかったはずだ。現によく口が回る彼女が押し黙っていたのだから、そうじゃないかと思う。


 そんな一華が驚きを隠せない様子でオレを兄かと確認してきた。理解したというよりは、無理やり理解させられたといった雰囲気を感じる。一体何がきっかけとなったのか、一切分からなかった。ただただ見苦しい茶番を繰り広げていただけのような気もするが。


「それよ」


 そんなオレが疑問を感じていると。一華が今度は力強くオレを指さしてきた。

「その言い回しとか、兄貴そのものだし。改めて考えると仕草も同じだから」


「な、なるほど?」

 よくもまあ見ているもんだと、オレは目を見張る。一方的に驚かすことになるかと思いきや、まさかこっちが驚くことになるとは。

 ちなみに、一華が普段どんな立ち振る舞いをしているかと問われても、オレの方は答えられる自信はない。最近だと碌に会話もしていないのだから、なおさらだ。

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