第12話
「……それで? 神三郎様に協力してくれって言われたのはいいんだけどさ。結局何をするの?」
「お前何も聞いてないのかよ」
陽総院家の兄弟を『様』付けする我が妹。そんな彼女は、部室から続く近未来的な装いのエレベーターを前にしても、あまり大きな反応を見せなかった。オレたち男性陣は大喜びだったのに。やはり男女間では感じ入るものが違うということだろうか。
「神三郎様のためなら、何だってするつもりだったから」
「相変わらずの一華ちゃんのサブさん狂信っぷりが身に染みるぜ」
一華の言葉を受けて、祐樹がやれやれといった様子で両手を広げた。半助も口にはしないが、その顔には苦笑いが浮かんでいる。
昔から一華はこんな感じで神三郎のことをびっくりするくらい慕っていた。まあ、相手は国内有数の大財閥の御曹司でもあるし、本人も優秀な上に美形だ。そりゃ慕う気持ちも分からなくはない。
ただ、本人の価値観が常識外れであるところが非常に難点ではあるのだが。
そして幼少のころからその様子を見てきたオレたちは、今更彼女の狂信的なスタンスに驚くことはなかった。
我が妹ながら趣味が悪いんじゃないかと、ほんの少し思ったことがあるのは内緒だ。
「まあ、一華は昔から俺の馬鹿な行いも許してくれた数少ない女性だからな。俺にとっても大切な妹みたいなものといっても過言ではない。可愛いもんだ」
「やん神三郎様! 嫁にしたいだなんてそんな! ぜひ今すぐにでも!!」
「いや言ってない言ってない」
聞き間違いとかそんなレベルの相違に、オレは思わずそう漏らしたが。当の本人たちは全く気にした様子はなかった。それはひとえに、祐樹や半助も含めこの場にいる全員が慣れきってしまったというのが理由である。
「……しかし何の説明もなく同行してもらったのは、確かに配慮が足らなかったかもしれないな」
とそこで先の一華の発言をくみ取った神三郎が、軽く顎に手を当ててそう口にする。その後彼は、ちらりと横を歩く一華へと目を向けた。
「今更の説明で悪いが。一華には今進めている実験のフォローをしてもらおうと考えている」
「私にできることなら、神三郎様のために何だってしますよ!」
神三郎の言葉に喜々とした表情で握りこぶしを作る一華。彼女のその様子を見て、神三郎は「頼もしい限りだな」と小さくこぼし、その後悪戯気な笑みを浮かべた。
「具体的に何のフォローをしてもらおうとしているかだが。……これはぜひ実験の成果を見てもらった後で説明させてもらいたい。今回はかなり気合の入った実験だからな」
「おおー! 神三郎様がそこまで言うなんて、相当な実験なんですねっ。それのお手伝いができるなんて、光栄です!」
さも大規模な実験であるかのような……まあ、事実大掛かりな装置を使ってはいるのだが……神三郎の物言いに、一華はキラキラと瞳を輝かせる。とはいっても彼女の場合、神三郎が何を言おうとも似たような反応を示すと思う。
たぶん。経験則的に。
「しかし一華ちゃん。久々に見たけど、だいぶ見た目変わったなー」
装置がある大広間に向かう間の地下回廊を、ワイワイ話す神三郎と一華の後ろを歩きついていていると。不意に祐樹が一華の後姿をぼんやりと眺めながらぽつりとつぶやいた。その言葉に、祐樹の横にいる半助も頷く。
「うむ、拙者も驚いたでござる。まさか髪まで染めるようになっているとは。随分と垢抜けたでござるな」
そういえば、祐樹と半助が最後に一華に会ったのはいつだろう。男女の差もあれば、趣味もまるで違うので、彼女とオレたちは生活圏内が異なる。そのため、外でばったり出くわすこともないし、そもそもここ数年はオレの家に集まって遊ぶなんて行為もしなくなった。そういう背景もあり、祐樹たちと一華は友人の妹という間柄の割には接点がない。
「昔はサブさんがいなければお前の横にいるような子だった気がするけど。そこんとこどーなのよ、お兄様。ん? 結構家ではべったりだったりするんじゃないのか?」
絶妙に下種い笑みを浮かべながら、祐樹が肘でオレの脇腹をつついてくる。地味にこそばゆいため、オレはすぐさま手で振り払う。
「んなわけあるか。今は『汗臭いから近寄るな』とか普通に言われて、近づくことすらないわ」
「おうふ……。三次元こわ」
「そんな一華氏がサブ氏に対してはあれだけ猫を被るのだから、確かに現実の女子は業が深いでござるな……」
やはり女兄妹がいない二人は、妹という存在にどこか理想を持っていたのだろうか。実態を説明したところ、想像とのギャップに祐樹と半助の表情が死んでしまった。
「……やっぱそー考えるとよ。サブさんの『実際に女になっちまえばいいんじゃね』っていうのも、案外正解なのかもしれねえな。ある意味自分の理想の存在を作れるわけだし」
「それマジで言ってる?」
嫌な思考を吐き出すかのように大きめなため息を吐く祐樹。その後彼はおどけた様子でそう口にした。
確かに今回陽総院兄弟が作り出した性転換装置……そういえば正式名称はあるのだろうか……は、選ぶ機会は一度きりとはいえ自身の理想とする女性へと変身することができる。それは半助のように、現実世界では有り得ないであろう獣耳少女だって実現可能だ。しかもその中身は、自分であったり勝手知ったる友人なのだから、猫被られて傷つけられる心配もない。
そう考えれば、とても響きの良いものに聞こえてくるが……。
「その理想の姿は、他人を楽しませるもので、鏡を見ない限り自身では確認できないでござるがな」
祐樹の言葉に、半助が肩をすぼめながらそのように返した。それはオレも全く同意見である。
結局いくら理想の姿になったところで、それはオレ自身に変わりはないから、理想の女性と行いたかったおしゃべりとかデートとかその……あれこれはできない。
「別に俺はでかいおっぱいがセルフで揉めるだけでも万々歳だけどな」
「そういうとこだぞ、お前がダメなのは……」
しかしオレがそんな思考を巡らせている最中。女性の胸を示すかのように、祐樹は自身の胸元に半円を描き始めた。そしてその円は明らかにでかい。
……まあ、なかにはこういうやつもいるんだろう、と考えるのが馬鹿らしくなったオレは、返答をあきらめてまっすぐ神三郎の後をついていくことに専念した。
「うっわ……。なにこれ」
例の性転換装置のある広間にたどり着くと、一華が呆然のあたりを見回してそう漏らした。
「なんかめっちゃ研究所って感じじゃん。キモー」
「キモイってなんだよ……」
メジャーな漫画やアニメくらいなら嗜んでいる我が妹だ。せめて「漫画みたいじゃん」とか言うものかと思ったが。まさかキモイなどという言葉が出てくるとは……。
そこはせめて『ヤバい』とかにしとけよ。ヤバいならまだ語彙力不足って言い訳ができるからさ。お兄ちゃん、お前のその言葉のセンスに悲しくなってくるよ。
「さて。それでは本日も実験を始めよう」
一華が気ままにあちこち装置を見回している間に、神三郎がいつものように口を開く。
「長兄は残念ながら私用で立ち会えないから、俺が装置を動かす。だから今日はお前たち三人で行ってほしい」
「まあ、イチさんもそう毎日は来れないわなぁ」
「拙者らはさも当たり前のように交流しているでござるが、本来は出会うこともない多忙なお人でござろうからな」
手慣れた様子で、祐樹と半助がショーケースの方へ歩き始める。その様子を目にした一華が、装置を叩き始めて手が離せなさそうな神三郎ではなくオレの方へと近づいてきた。
「なに、何か始めるの?」
ショーケースの方へと歩いていく二人を見ながら、一華がそう問いかけてくる。神三郎が故意に詳細を伏せていることを考えたオレは、その返答をどうするべきか少し悩んだ。
「あー……。まあ、絶対驚くとは思うぞ。オレもこの実験に参加したときは驚いた……っていうか、未だに信じられないからな」
「へー」
「……お前聞いてないだろ」
オレの隣まで来た一華だったが、その目線は相変わらず神三郎の方を向いており、オレからはほぼ背中しか見えない。彼女のオレに対する塩対応はまあ慣れっこなので、怒りを覚えることはなくため息が漏れた。
「まあいいや。取り敢えずオレも行くわ」
オレはポリポリと頭を掻くと、ひらひらと軽く手を振りながらショーケースへと向かい始めた。離れる際ちらりと一華の方を流し見たが、相変わらず背中しか見えなかった。
……これ、ほんとにフォローとかしてくれるのか?
神三郎はオレが女性になった際の生活のフォローを、彼女にさせるつもりでいるようだが。この様子で本当に協力してくれるのかどうか、すごく怪しい。他でもない神三郎の頼みであるから断るとは思わないが、オレに対して懇切丁寧に対応してくれる未来が見えない。
いやまあ、別に介護しろとまではいわないが、分からないことを質問するくらいは許してほしいと思う。こちとら女の子一年生だ。未だに恥ずかしくて下着姿以上にはなったことがない(祐樹や半助と合わせて勢いで下着姿になったことはある。桃源郷はそこにあったんだ!)。
まあ、別に一生これで過ごすわけでもないだろうし。ちょっと感覚は違うだろうけど、普通に生活はできるだろ。
何となく参考として一華の私生活を想像しつつ、オレはもはや専用になりつつあるショーケースへと足を踏み入れた。
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