第11話

 特に何の弊害もなく、女の子になることができる。


 そんな特定の人種には鋭く突き刺さりそうな現象であるが、特にそんな性癖を持ち合わせていない者でも、その珍しさに興味を惹かれる。何せ常識的に有り得ないだろうことが現実のものとして起きるのだから、興味を惹かないわけがない。


 そんなこんなで。陽総院兄弟から性転換の実験に付き合わされたあの日から、オレたちは放課後毎日のように装置のお世話になっていた。


 その結果、最初は十分も持たなかった祐樹と半助の変身時間が三十分ほどに拡張した。前情報で、回数変身することで変身時間が延びるようになるとは聞いていたが。この時間延長には、陽総院兄弟の何かしらの改善効果も上乗せされているらしい。説明を聞いてもさっぱり理解できなかったが。


 しかし数日を経ても今だに不可解な点があった。

 それはオレの異様な変身時間の長さだ。


 初日は大事を取って三十分ほどで実験を切り上げたのだが、ちゃんと戻れることが確認できた翌日から、さらに長時間の変身を試みた。翌日はプラス十分。その次の日はさらに三十分ほど追加。そしてそのままどんどんと延長させてみたのだが……。結局下校時間ぎりぎりまで変身していても、オレが元の姿に戻ることはなかった。時間で言えば二時間半といったところか。

 あまりの原因不明さに知的好奇心が刺激された陽総院兄弟に、変身後の状態で一度脱がされそうになったが。幼少からの付き合いで彼らの弱みを知り尽くしているオレは、とても穏便にその場を解決したのだった。


 それはそれとして。あっという間に平日が過ぎ去った金曜日の放課後。オレたちは例のごとく部室に顔をそろえていた。







「諸君! 今日も今日とて欠けることなく良く集まってくれた!」

「うわっ、びっくりした」


 掃除当番であったオレが部室へと顔を出すと、教壇の横に立っていた神三郎が高らかに声を上げた。まるで待ち構えていたかのような……というか、待ち構えていたのだろう。先に部室へとたどり着いていた祐樹と半助は、特に驚いた様子もなくそれぞれ思い思いの場所で過ごしていた。


「……どうしたのサブさん。やけに気合入ってるじゃん?」

 最早指定席となっている空き机へと鞄を下ろしながら、オレは教壇横で腕を組んでいる神三郎を眺める。普段から自信にあふれた表情を浮かべる彼だが、今日はいつにもまして目が輝いていた。そんな彼は、ぐるりとオレたちを見回した後口を開く。


「今日はより一歩進んだ実験を行おうと思ってな」


「……一歩踏み込んだ実験? なんだそりゃ?」

 神三郎の言葉に真っ先に反応したのは祐樹だった。といっても、丁度マンガを一冊読破して次巻に手を出すタイミングが被ったから反応が早かっただけのようだが。そして別のマンガを手に取った彼は、そのまま姿勢を倒し再びいすを並べて作った即席ベッドに寝転がった。


「いや、ちゃんと聞いてやれよ。サブさん泣くだろ」

「……うぇーい」

「お前ら俺を何だと思っているのだ。我儘なガキか俺は」

「まぁまぁサブ氏。……して、一歩踏み込んだ実験とは何でござるか?」

 いまいち締まらないオレたちを包む空気。そんな中神三郎はわざとらしく咳払いをして、強引に話を戻しにかかった。


「お前たちの初実験からのここ数日。毎日のように変身してもらっている間、俺と長兄はどうやって変身時間を延ばすことが出来るのか、お前たちの変身時にデータを取得して模索していた。……だが、なかなかにそれも難航していてな」


 彼の言う模索の結果か、実際に多少の時間の延長が見られてはいる。しかしそれは、ものの数十分といったところ。彼らが持っているイメージには到底追い付いていないのだろう。神三郎は軽く頭を押さえ、小さく首を振った。


「本当は、ブレイクスルーが望める検証がひとつあるのだがな。今の今まで実施できていない。というのも、良いサンプルがあるのに試す時間がない――という難点があったからだ。……だが、今日はそれを試すことが出来る」

 そこまで口にしたところで、神三郎はちらりと肩越しに背後を眺める。彼の視線の先には、今年度のカレンダーがつるされていた。


「今日は金曜日だ。そして明日からは休日が控えている。……つまり、人目の多い学校に来るという行為をしなくてもよいのだ」

「……そんな当たり前なこと言わんでも。一体何が言いたいんだ、サブさんよ? そりゃー学校何てきたくねーのは分かるけども」

 神三郎の言い回しが迂遠すぎて、意図がつかめない様子の祐樹が眉をひそめた。半助も同様に何が言いたいのか分かっていない様子だ。彼ら同様にオレも首をかしげたが。直後ふと脳裏にひらめくものがあった。


「……もしかしてさ。オレに変身したまま一日過ごせ……って言うつもり?」


 オレのその言葉に対して、彼はいかにも気障ったらしい動きでこちらを指さしてきた。並の人間がやればただ腹が立つだけのその動きも、神三郎の容姿があればどこか品があるように見えるから不思議だ。

 腹が立つのには変わりないが。


「ご明察だ、成一。さすがに自分のこととなると気が付くか」

 そう言う神三郎の口調からは、さして驚いた様子は見られない。むしろ思い当って然るべきと言った雰囲気すら感じられる。まあ確かにあそこまでお膳立てされれば、遅かれ早かれ嫌でもこの結論に至るとは思うが。


「あぁーそういうこと。ふつーにそう言えばええがな」

「身もふたもないことを言うな祐樹」

 至極真っ当な意見を漏らした祐樹に対し、神三郎の突っ込みは早かった。


「兎も角だ。まだ試験中の技術を公にするわけにもいかないから、昨日までは放課後のわずかな時間でしか実験が出来なかった。しかし、明日は休日……成一には不便をかけるかもしれないが、長期サンプルデータをとるにはまたとない好機だ」

 その後小さく息を吐いて気を取り直した様子の神三郎は、ちらりとオレに視線を投げてくる。彼は実験のことにしか目がいっていないのか、さも当然のようにオレが協力するであろうという前提のもと話を進めているが……。


 いやちょっと待ってほしい。


「いやいやいやサブさん! ちょっと待ってくれよ。まだオレはやるとは言ってないんだけど!」

 オレはぶんぶんと首を横に振ると、腰かけていた椅子から立ち上がった。そんなオレの様子に、神三郎は意外そうな表情を浮かべ、首を傾げる。


「なんだ成一。何か不都合なことがあるのか?」

「いや不都合なことだらけでしょ、普通に!?」

「何がだ」

「何がって……。家には親とかいるしさ。ビビるでしょ、息子が全然姿が違う娘になってたらさ」


 心底オレの危惧していることが理解できないといった雰囲気の神三郎。それはオレの言葉を聞いてもなお変わる様子はなかった。むしろ『それなら問題ないだろう』と言わんばかりに鼻を鳴らす。

「お前の両親は、この休日は社員旅行に出かけるのだろう?」

「なんで知ってんの……」


 確かに今週末は、部署内のレクリエーション活動か何か知らないが、両親ともに二泊三日の旅行に出かける予定になっていた。今日から日曜日の昼過ぎくらいまで、家を空けるとのこと。同じ会社に勤めているので、まあそういうことならいってらっしゃいと、どこかのタイミングで会話した記憶があった。


 だが、それは家族間だけの話で、神三郎には言った記憶はない。もしかしたら会話の端にでも言ったかもしれないが、正確な日程は言っていないはずだ。オレも今週末開催という情報を聞いたのはつい先週位なので、確実に言っていないと思う。最近は性転換実験でそれどころじゃなかったし。


 だというのに、神三郎はいったいどこから聞きつけてきたのか。オレの若干呆れがこもった質問に対し、しかし彼はさらに言葉を重ねた。


「それにお前の両親なら、俺の家の名前を出せば大抵理解してくれるだろう?」


「……………………まあ」

 その言葉に、過去の数々の出来事が思い返される。その結果、確かに何があっても『陽総院家が関わっています』といえば納得できるほどには達観するようになっていた。


 ……今回もなんだかんだ、そういえば納得してくれそうな気がしてきた。


「で、でもさ。両親はよくてもオレの家には――」

「そこも安心するといい」

 けれど、問題は両親だけではないのがうちの家である。それについてオレが抗議を申し立てようとしたところ、食い気味に神三郎が言葉を被せてきた。


「急に一人であのまま過ごせと言われても混乱してしまうだろうからな。他のものと比べてかなり馴染みが早いといえども、どうしても不都合を感じるところも多々あるだろう。変身による何らかのトラブルなどは、俺たちの方でサポートはできると思うが。私生活の部分は、男目線からのフォローというのも限界があると思われるしな」


「そこでだ!」と神三郎はくいと自身の眼鏡の指で持ち上げ、意味深に光らせて見せた。相変わらずそのキザったらしい仕草も様になるのだから、イケメンは憎らしい。彼の場合、そこに頭脳と財力もプラスされるのだから、本当にこの世界は不平等だ。

 それはさておき。


「お前が困ったときにも対応できるように、強力な助っ人を用意した。必ずやお前の力になってくれることだろう!」


 自信満々といった様子でそう語る神三郎。彼はその後そそくさと教壇の下をのぞき込み始める。何というか、この後の展開が目に見える気がして、オレは半眼でその始終を眺めていた。

 一体神三郎は何をしているのか。その答えは、すぐに明らかになる。


 教壇の下をのぞき込んでいた神三郎は、何かしら口を開いた後すぐに顔を上げる。それに合わせて、教壇の下からひょっこりと頭が眼前へと現れた。



「どーも。お邪魔してまーす」



 教壇の下から這い出てきたのは、薄く髪を茶色に染めた少女であった。パッと見中高生であることはわかるが、制服を着ていないことからうちの生徒なのはかわからない。真面目というよりはどちらかといえば緩い雰囲気を持ったその少女は、オレたちの姿を見るや気のない挨拶を口にした。

 そんな彼女の姿を見て、オレはため息をついた。


「……そんなところで何やってたんだよお前は」


 男目線のフォローだけでは厳しいからと呼ばれた『強力な助っ人』。その言葉を聞いた途端、オレは何となく予想はついていた。


 目の前で神三郎のことを一生懸命見つめている少女の名前は、茅賀根一華という。

 まあ端的に表すと、オレの妹である。


「まあ、あそこまでもったいぶられたら一華ちゃんが出てくることは容易に想像つくわなー」

「そうでござるな」

「なんだお前ら。随分冷めた反応だな」


 そりゃあ、挙げられる選択肢なんてごく少数ですからね。

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