第9話
「…………」
「…………」
余りの発言に、オレたちは一瞬時が止まったかのように硬直する。
「…………ごめんサブさん、どういうことかな?」
その後すぐさま正気を取り戻したオレが問いかけると、神三郎は得意げに無い胸を反らした。
「俺たちは今、中身こそ男のそれだが、外観は女性の姿を取っている。つまり、中身を知っているがゆえに気兼ねなく至近距離へと近づくことが出来るが、相手は女子。お互いが見つめ合うという場面を切り取ってみても、女子と見つめ合うという貴重な体験へと変化する。その光景は、はたから見たら百合そのもの。女子と触れ合う訓練をしようと積極的に絡めば絡むほど、その空間は百合へと昇華されていくのだ。何気ない教室と言う、リアルのなかで繰り広げられるアンリアルという状況も、非常に良い。……まあ、俺は年増なんぞの百合など興味はないが、女児どうしのそれは非常に神聖なものだと確信している。……だというのに、成一ときたら。期待していたのに」
「後半の怒涛の追い抜きについていけなくなったうえに、そこにオレを巻き込んでほしくないんだけど」
途中から鼻息荒くなったかと思えば急にテンションを落としたりと、せわしない神三郎に対して冷たい視線を送る。
彼我の温度差は、はたから見ても一目瞭然だった。
「はぁ……。まあサブさんの暴走は今に始まったことじゃないけど。お前らからもなんか言ってくれよ――」
呆れ気味にため息を吐いた後、オレは肩越しに後方にいる祐樹と半助へと目を向けた。彼らもオレと同じく呆れているだろうと思ったので、同意を得ようと思ったのだが。見ると彼らはお互いを凝視したまま、何やら神妙な表情を浮かべていた。
そして。
「……半ちゃん。疲れちゃったし、ちょっと教室で休憩してこっか?」
「妾もそう考えておったところじゃ。祐殿」
「お前らノリいいな!」
何やらピンクっぽいオーラをまとった二人は、仲睦まじく手を繋ぐと、そそくさと疑似教室へと姿を消していった。オレの突込みなど、全くのガン無視である。
「……ていうか、そもそもどっちも女役してちゃダメだろ。女同士の会話に慣れても、男になったら使えないだろうが……」
装置を使って美少女へと変身した彼らだが、元はむさ苦しい野郎である。その姿を知っている身としては、とてもじゃないが中を覗こうという気は起きなかった。
というか、よくもまあそのうえで役になり切れるよなと、逆に感心してしまう。真似はしたくないが。
「…………じゃあ、俺たちも――」
「やんないからね?!」
ぼそりと呟いてこちらを見上げてきた神三郎に対し、反射的に回答する。頭おかしいのではないかと、喉元まで言葉がこみあげてきたが、何とかとどまることが出来た。
思わず全力で否定してしまったため、彼のことだから凹むのではないかと思ったのだが。オレの予想に反して、神三郎は平然としていた。むしろ、その表情にはどこか安堵の様子が見て取れる。
「それを聞いて安心した。恐らくそろそろリミットだからな」
「リミットって――」
ぽつりとつぶやいた神三郎の言葉に聞き返そうとしたところ。
不意に神三郎が光を纏い始めた。直視できないほどの光量に思わず腕で目元を覆う。
「い、一体何事!?」
突然の出来事にオレは大袈裟にうろたえる。ぎゅっと目をつむっているせいで状況把握ができないことも恐怖心を掻き立てた。思わず数歩後ずさる。
「エネルギーの放出による発光現象だ。危険そうに見えるが、心配ない」
オレが内心混乱していると。聞き慣れた男性の声が頭上から降ってきた。腕越しにうっすらとまぶたを開き、暴力的な発光現象が収まっていることを確認したオレは、恐る恐る覆っていた腕を下ろす。
視界の中に現れたのは、見慣れた男子制服を着こんだ誰かの胸元。そのままゆっくりと視界を上に広げていくと――
「……サブさんが元に戻ってる」
その細身の胴体の上には、憎たらしいほど整った見知った男前の顔が。どうやら元の姿に戻ったようだった。
「急に元に戻るんだな……」
オレは及び腰だった姿勢を正す。だが、突然の出来事に驚いた心臓は、未だに逸っていた。そんなオレとは異なり、神三郎は平然とした様子で近未来的なデザインの掛け時計を眺めつつ、ぽつりとつぶやく。
「……ニ十分といったところか。やはり何かしら対策をしなければ、埒が明かないな」
「そう言えば、変身できる時間は長くないって言ってたね」
だからオレたちも実験に協力をしようと思ったのだが。時計を眺める神三郎につられ、何気なくオレも時計を見つめる。そう言えば時間なんて確認していなかったから、変身してからどれほど経ったのか正確には分からない。けれど恐らく体感五分、十分くらいは経っているのではないだろうか。
「これでも当初に比べれば随分と伸びたんだぞ? 最初は十分も持たなかったのだからな」
そんなことを考えていると。肩をすぼめながら神三郎がそう口にするのを耳にして、オレは勢いよく彼を振り返った。
「え、じゃあオレたちももうすぐ変身が解ける?」
「恐らくな」
そう言う彼は、腕を組みながら神妙な顔つきで教室を模したという部屋の方を眺めていた。角度的に見えないが、あの扉の先では……祐樹と半助が喜々として百合プレイとやらをおっぱじめているはずだ。
もし神三郎の言う通り、最初の変身は十分も持たないのだとしたら。
まもなく百合プレイは、晴れてホモプレイにうって変わってしまう。
まさしく驚異の劇的ビフォーアフター。
何ということでしょう。
……いやそれはそれとして。
「……サブさん。もしかして分かってて二人に黙ってた?」
オレはふと神三郎の内心を窺うように顔を覗き込む。オレがまだ少女の姿になっていることと、神三郎が元の姿に戻ったことにより、彼我の身長差は逆転している。そのためこちらからは見上げる形になるのだが。そこにはいつだって腹が立つほど二枚目な整った面構えがある。
……だが、長年見てきた奴にはわかる、ほんの少しの変化がそこにはあった。
彼は、何かいたずらを考えているかのような不敵な笑みを浮かべている。
「さてな。単に説明するのを忘れていただけかもしれんぞ? 俺も実験が成功していささか気が逸っていたことも事実だからな」
「その物言いが肯定してると同義なんだよなぁ」
オレが呆れ気味に肩をすぼめていると。ついにその時はきた。
『ぎやああああぁぁぁぁあぁ!!?』
不意に教室の中から、野太い悲鳴がふたつ連なって聞こえてきた。同時に聞こえてくる、机を蹴倒したかのような騒音。
明らかに何かしらとんでもないことが起きていそうだ。
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