第8話

「……てか、オレがどんな姿になることを想像してたんだよ、お前は?」


 オレは一旦鏡から目を離し、腕を組みながら祐樹に目を向ける。その際に自身の胸の柔らかさに内心ドキッとしてしまった。やはり、女の子の胸には無限の可能性が秘められていると思う。

 ……いや思うじゃないよ、何言ってんだ。


 それはそれとして。オレの問いに祐樹は、今更何を言っているんだこいつは……と言ったまなざしを返してきた。

「え、そりゃあお前……なぁ?」

 その後彼は、ちらりと半助を見下ろした。それを受けて彼も神妙な表情を浮かべる。

「そう、でござるな。その質問は今更であろう」

「……なんなんだよ、お前ら」


 一体この二人はオレの何を知っているというのだろう。何やら意気投合している様子の彼らに、オレは若干たじろぐ。

 オレは別に彼らのように何か突出して好きだという……祐樹の言葉を借りるなら属性はない。ない、と自分では考えている。だからオレがエルフの姿になろうが、違和感はないはずだ。


 いいじゃないかエルフ。ファンタジー物では王道の美少女じゃんかよ。


 なのに何で君たちは『そんな隠さなくてもいいのに』的な暖かい目を向けてくるんですか。




「そうだぞ成一。それは一体どういうことだ?」




 オレが友人二人とけん制し合っていると。不意に横合いから可愛らしい声が乱入してきた。振り返ると、そこには少しこちらを責めるようなまなざしを向けてくる神三郎の姿。彼もどうやらオレがこのエルフの姿を取るとは考えていなかったようである。祐樹達同様、別の姿を想像していたようだ。

「替えは利かないと言っただろう。なぜ自分の理想にそむいた姿を取った?」


「いや、理想にそむいたって……」

 口調こそ厳しいものだが、今の幼女状態だとぷりぷりと怒っている……といった可愛らしい言葉がしっくりくる。オレは神三郎の怒りに若干引きながらも、改めて三人を見回した。


「というか、なんでみんなオレがこの姿になることに疑問を持ってるんだよ」

 密かに自分でも何でこの姿を取ったのか分かっていないが……それは棚に上げておいて、オレは疑いのまなざしを三人へ向ける。

 すると、怒りのせいか勢いのある神三郎が真っ先に口を開いた。




「当たり前だろう。お前なら、俺と同じように幼女の姿を取ってくれると信じていたのだぞ!」





「……………え?」


 ぐっと小さな拳を握り、わなわなと震えながら訴える神三郎。それになぜか全面同意するように、祐樹と半助がうんうんと大きく頷いた。


「え?」


 オレが神三郎の言葉に面を食らい混乱していると。不意に祐樹が両手を腰に当てながら、確認を取るように小首をかしげた。


「だってお前、ロリコンだろ?」

「いやロリコンじゃないですけど?!」


 あまりの不名誉な物言いに、オレは反射的に叫ぶ。だがその言葉は、彼らには届かない。

「いやぜってーロリコン。サブさんが不治の病レベルだとしたら、お前は重症患者くらいにはロリコンだって」

「どこにそんな根拠があるってんだよ!」


 小学生の女児をぺろぺろしたい等とほざく犯罪者予備軍と同じような括りにされるのは、とてつもなくいただけない。そう思いオレは強い口調で聞き返したが、祐樹は全くひるんだ様子もなく逆に問い返してきた。


「じゃあお前、変身する際に最初にどんなキャラを思い浮かべたんだよ? 俺の見立てだと、まほ日の真帆じゃねーかと思ってんだが」


 彼の言う『まほ日の真帆』というのは、『魔法少女の日記帳(ダイアリィ)』という作品に登場する、山田真帆というキャラクターのことである。

 この作品は元々ライトノベルが原作であり、今丁度アニメが放送されている話題作であった。


 ごく普通の小学生である山田真帆が、突然頭のねじがぶっ飛んだような性格の女性に見初められ、魔法少女として現実世界の裏側でひっそりと暗躍する魔の物たちと戦うようになる……という、まあ、言ってしまえば――


 ば、ばれていらっしゃる!


 オレが変身先にと考えていたキャラであった。



「………………………………」


「おい何か反論してみろよ? ん? ん?」

 オレが露骨に目をそらすと、祐樹はずいと顔を近づけて覗き込んでくる。おっとりとしていて笑顔が似合いそうなその顔に浮かんでいたのは、残念ながら下卑た笑みだった。


「……くっそ。このおっとりドSが」

 憎々し気にオレがそう呻くと、彼は「俺はSもMもいける男なのさ。今は女だけどな!」と聞きたくもない情報を漏らしながら離れた。彼に限らずちらりと他の二人を確認してみても、発言こそしないが同じようにオレの思考何てお見通しの様子。オレは観念して盛大にため息を吐いた。


「……あぁそうだよ、変身前に考えていたのは真帆だよ。いいだろ別に、いい子じゃないかよ。後オレはロリコンじゃない」

「まあまあそう拗ねるなって。別に責めてるわけじゃねーから。せっかくの美人が台無しだぜ?」

「……その変に暖かい目が、オレの心を傷つけるんだよ。減点するぞ」

 オレは負け惜しみだと内心理解しつつも、そのような憎まれ口をたたかずにはいられなかった。


 くっそ、本当にオレはロリコンではないからな。

 ほんとだよ?





「……まあ、成一の件は兎も角。まずは皆がこうして敵を知るためのスタートラインに立ったことを、提案者として喜ばしく思う」

「そして、協力への感謝を」と神三郎がぺこりと頭を下げた。その際さらりとした髪が首の左右で別れ、ほっそりとした色白のうなじが垣間見える。その様に少しドキッとしていると、横で祐樹と半助が半笑いを浮かべているのに気が付いて思わず咳払い。


「……で、サブさん。ここから一体何をするのさ?」

 オレは気を取り直して今後のことについて神三郎に問いかける。確かに女子を知ることを目標にした今回の活動にあって、実際に女子になったという現状以上のことはないとは思う。というか、常識外れも甚だしい。

 けれど実際に女子になったところで、女性と話せるようになったり、青春を謳歌したりできるようになるなんて単純な話でもないだろう。


 オレが改めて自身の体を見下ろしていると。彼はにやりとその小さな口元に笑みを浮かべた。


「……実は、とっておきの方法を考えている」


「とっておき……?」

「ああ」

 自信満々な神三郎の様子に、オレは逆に不安感が湧き上がってくる。

 過去の経験上、彼がこのように何かしら企みをしている場合、大抵突飛過ぎてオレたちの理解を遥かに超えていくのだ。

 オレの心配をよそに、神三郎はとある一角を指さして口を開いた。


「あそこに扉が見えるだろう。あの先は、上の学校の教室を模したつくりとなっている」


 彼の言う通り、指さした壁の一角に不自然なスライド式ドアが見て取れた。言われてみれば、教室のそれとうり二つ。恐らく中身も言う通りなら、よく見る教室の風景が作られているのだろう。


 しかしそれが一体どういう話につながっていくのか……。言外にオレたちの疑問を感じ取った様子の神三郎は、オレたちの視線を一身に浴びつつぴっと右手の人差し指を立てる。


 そうして、いかにも平静と言った口調で爆弾を投下した。




「ごくありふれた教室……。そこでお前たちには、百合プレイを体験してもらう」




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