第7話

 そうか。オレは女の子になってしまったのか……。


 ……しみじみと自分の内心のつぶやきに気持ち悪さを感じながら。オレは気を改めて突き出していた足を戻し、おもむろに自分の体を見下ろした。


「……あれ?」


 実験が開始される前に聞かされた神三郎の言によると、変身前に自分がなりたいと思った姿が反映されるとのことだ。そしてオレが開始前に思い描いていたのは、小学五年生の女の子である。これはオレがロリコンと言うわけではなく、たまたまここ最近気に入ったキャラが思い浮かんだだけであり、勘違いはしないでほしい。……誰に弁解をしているのやら。


 ともかく。そのような背景があるため、オレの今の姿はそのキャラに似た様相になっているのではないかと思った。自身の体を見下ろせば、恐らくさっぱり成長していないすっとんとんな胴体と共に、子供の四肢が窺えるのではないかと。


 しかしいざ見下ろしてみると、想像とは違うものであった。


 決して大きくはないが、幼子には見られない……ましてや野郎では絶対に存在しないであろう、程よく膨らんだ胸部。

 制服越しでは分かりづらいが、細くくびれた腰。

 四肢もしっかり成長していて、子供特有の丸っこさはない。代わりに瑞々しさが際立っている。シミの一つも確認できないし、非常に綺麗な素肌だ。

 幼いパーツが並ぶのかと思ったら、どの部位もしっかりと成長していた。


 どう考えても、幼女の体型ではない。また成人といえるほど色香が漂ってくる感じもないので、年齢的には男の時のオレと同年代に見える姿ではないだろうか。

 オレはまじまじと自身の体を見下ろしながら、首を傾げた。


「なんでだ? もしかして、無意識に別のキャラを想像したのか?」


 変身直前、そういえば考えを改めようかという思考が脳裏をよぎったような気もする。だがよぎっただけで、その実何も考え付かなかったような――。

 ……結局のところ、この姿を形作った概念は何なのか、明確なことは分からなかった。



『意識ははっきりしているか、成一?』



 指先から手のひら、そしてどんどんと伝って肩のあたりを確認していたところで、不意に天井から声が降ってきた。先ほども聞こえてきた少女の声だ。覚醒し始めの時は見当がつかなかったが、今ははっきりと声の主を思い描くことが出来た。


「ようやっと頭が動くようになったよ、サブさん」

 オレはマイクがどこにあるのか分からなかったため、取り敢えず降ってきた声に返すように頭上を見上げながらそう口にする。その時後頭部に感じた違和感は、どうやらこの体は長髪であるということを物語っていた。ちなみに、先ほど肩越しに確認したところ綺麗な金髪であることは確認済みだ。


 オレからはっきりとした返答が返ってきたことに安心したのか、平坦でありながら、どこか安堵したような雰囲気が感じられる声が戻ってきた。

『そうか、それは重畳。お前が最後だ。動けるのなら降りてきてほしい』


 軽く足を上げ下げしてみたが、さして違和感を覚えることはなかった。取り敢えず歩くことに関しては、体が変わったことで何かしら弊害が出るということはなさそう。それを確認できたオレは、悠々とケースの外へと身を躍らせた。


 ケースの外に出た途端、中では聞こえなかった様々な音が耳に入り始めた。具体的には、腹の底に響くような、大型の機械が発する重低音。そして、耳にしたことのない姦しい声だ。オレはケースと床をつなぐ階段に足を踏み入れながら、ちらりと階下を見下ろした。


 そこには、二人の見知らぬ少女が佇んでいた。お互いを観察するかのように全身をくまなく眺め合っていた二人は、同時にこちらを振り返る。


 一人は、おっとりとした雰囲気を醸し出している同年齢っぽい栗毛の美少女だ。髪の色同様に淡い色調の瞳をはめ込んだ目元はたれ気味で、ふんわりとした笑顔が非常に似合いそう。そしてゆったりとした制服越しにも分かる豊かな胸部。ストッキングに覆われた脚部もどちらかといえば肉付きはよく、全体的に女性らしいフォルムである。

 ……その両手が、自身の胸を鷲掴んでいるのは、一体どういうことだろう。


 もう一人も、毛色が違うがこれまた美少女であった。多少小柄だが、この少女も同じような年齢であろう。そしてこちらは、先の少女以上に目を引くものがあった。それは頭部から生えている一対の狐耳。薄桃色の髪の合間から生えている同色のそれは、とても作り物とは思えないほど生を感じられる。切れ長の瞳は何と赤色で、よく見ればスカートの下からは尻尾のようなものも垂れているではないか。明らかに現代世界には普通存在しえない人物である。


「おう、遅いぞ成一。どんだけ待たせるつもりや」

「成一氏も、ちゃんと変化出来たでござるな」


 その二人の美少女が、聞きなれない声色かつすごい聞き慣れた口調で話しかけてきた。オレは階段を下りきると、彼女たちの元へと足を運ぶ。そうしてまじまじと二人を観察すると、それぞれ指をさして問いかける。

「えっと、このおっとり系美少女が祐樹で、この狐耳美少女が半助……だよな?」


 すると栗毛の少女はトンと自身の豊満の胸を叩いて揺らし、狐耳の少女は頭部の耳をピクピクさせながら、腕を組んで不敵な笑みを浮かべた。

「そう、このおっとり系美少女が何を隠そう立川祐樹その人で」

「狐耳美少女の拙者が、嵐山半助にござる」

 おっとり系美少女……祐樹の揺れる胸と狐耳美少女……半助の狐耳を交互に眺めながら、オレはぽつりと感想を漏らした。


「……なんかお前ららしい格好だな」


 元々儚げで巨乳なキャラが好きな祐樹と、獣耳持ち且つ和風テイストが好きな半助。今の二人の恰好は、まさに彼らの好みを体現したかのような美少女であった。

 改めて考えると、性癖暴露も甚だしい。


「そういうお前は、なーんか予想とは違ってんな」

 あの性転換装置の闇の部分を垣間見てしまった気がしたオレが、若干遠い目をしていると。まじまじとオレを見つめていた祐樹がその整った眉をひそめて透き通るような美声を発した。


「そうか?」

「よぉーく鏡を見てみるこったな」

 祐樹の物言いに首をかしげると、彼は一歩横にずれて壁の一角を指さした。彼が移動したことで、その先にあった大型の鏡に映った自分自身と目が合う。


 そこに映っていたのは、十代中盤に見える細身の美少女であった。


 さらりと流れる金色の髪がとても美しく、目鼻立ちも非常に整っており、誰に聞いても美少女だと答えるであろうクオリティ。きれいな碧眼が困惑気な色を見せているが、それもまた愛らしい。同年代の少女たちと比べたら、やや小ぶりな胸をしているようだが、全体的にスリムな体型をしているおかげで、モデルのような美しさがある。


 そんな彼女は少し普通の人間とは異なっている部位があった。

 それは、やや尖った耳。

 なんというか、この少女は……。



「……エルフ、か?」



 その特徴的な尖った耳と整った容姿はその言葉を連想させる。オレが自身の姿に首をかしげていると、横合いから祐樹が覗き込んできた。

「お前って、エルフ属性あったっけ?」

「属性って……。いや、別に普通だと思うんだけど」


 やはりこの姿には彼も同じことを考えたのだろう。けれど、なぜこんなエルフ少女になったのかは、オレ自身さっぱり見当がつかない。元々別の姿を連想していたのだから。

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