第5話

その言葉を耳にした周りの面子は、「おぉ」と少しだけどよめく。


「そうこなくてはな」

「流石成一氏。英断でござる」

「……ちょっろ」

「おい」

……ただ一人だけ、聞き捨てならない余計な言葉を吐きやがったが。


「なーんでもございませぇーん。……で、サブさんよ。これって直ぐに動くん?」

「こいつは……」

オレの決心に水を差した祐樹は、悪びれる様子もなく神三郎を見下ろした。当の彼は得意げな様子で、幼女化したのに合わせて小さく、そしてかわいいデザインになった眼鏡の位置を直す。


「ああ、直ぐにでも動かせるぞ。何なら、それぞれケースに入ってくれれば、同時に変化させることが出来る」

「おお、マジか。それじゃあ俺たちは同時にやろうぜ」

そう言って祐樹はそそくさと一番近いショーケースの元へと揚々と歩いて行った。祐樹に続いて半助が、祐樹の隣のケースへと歩き出す。

最後に、未だ少し未練を残したオレが残っているケースへと歩き出そうとしたところで。



「……済まないな、成一」



不意に幼女神三郎がそうぽつりとつぶやいた。


オレは動き出していた足を止め、彼の方を振り返る。彼は、幼い容姿の上に少し申し訳なさそうな表情を浮かべてこちらを見上げていた。その言葉の意図が分からなかったオレは首をかしげる。


「何突然?」

「いや……。いつもお前には無理な願いを聞き入れてもらっているなと思ってな」

その言葉に、オレは少しだけ目を見張る。


確かに普段から陽総院がらみのあれやこれやに巻き込まれることは多々あった。それが非常に迷惑極まりないこともなくはなかったが、大抵はそんな恩着せがましい気持ちを抱いたことはなかった。今回のこの実験への協力も、最終的には自分の意思で参加することにしている。

だから、神三郎がそのような気持ちを持つまでもないとオレは感じていた。


……というか。その姿で殊勝な態度とられると、精神衛生上よくないんだけど。後ろに元のサブさんの姿が透けて見えるようで、余計に気持ち悪……もとい、居心地がよくない。


オレは小さく息を吐くと、何でもないといった様子で肩をすぼめた。

「何言ってるんだよサブさん。別にオレたちそんな無理に聞いてるなんて思ってないから。安心してよ」

「成一……」

「それに……なんだかんだ言っても、この実験にオレ自身興味がないわけじゃないしさ」

だから変に気負う必要はない……そう言外に示すつもりで、オレは小さく笑みを浮かべる。そしてその意思を正しく掴んだのだろう。神三郎は横へ反らし気味だった顔を上げオレの顔を見つめると、同じくふんわりと笑みを浮かべた。


「……そうか。ありがとう、成一。実験に協力してくれて」

「それはさっきも言っただろ? オレ自身がそう決めただけで、別に協力するって恩着せがましいことは――」


再度お礼の言葉を口にする神三郎に対して気恥ずかしくなりつつあったオレは、ポリポリと頬を掻きながらもごもごとそうつぶやいていると。彼はふぅと小さく息を吐くと、ちらりとケースを眺めながら、口を開いた。




「実はあの装置、複数同時稼働は試したことがなくてな」




「……………………は?」

中身が神三郎だと言えど、見た目は可愛い幼女……そんな彼に感謝されて少し熱くなっていた頬が一瞬で冷める。何の表情も浮かんでこない顔を向けると、彼が何やら嬉し気に顎を上げている様子が見て取れた。


「思った以上に被験者への推挙が無くてな。実証できず困っていたのだが……やはり持つべきものは頼りになる友人ということだな」

「ちょっと」

「理論上は並列で稼働させることが出来るから、問題はないはずなのだが。やはり試さないことには分からないところもあるしな」

「おい待て」

「安心するといい。仮に出力不足で動作が停止しても、人体への被害はでない確率が高い。机上での計算になるが、被害の出る確率は二パーセント未満だ」

「どや顔で指立てられても、被害が出る確率があるって時点でだめだろ!」

オレは勢いよく踵を返す。



「この実験への協力、辞退させていただきます」



「まあ待て成一よ!」

そそくさとその場を後にしようと、ケースを背に動き出したところで。神三郎がぐいと袖を引っ張ってきた。元が野郎であるとわかっていても、非力そうな幼女の姿が目に入ってくると、無遠慮に振り払うこともできないオレ。

我ながら情けない。


「実験は必ず成功する。安心しろ」

「……その根拠はなにさ」


やけに自信たっぷりに主張する神三郎。その碧眼の奥には、確信めいた何かを感じ取ることが出来る。その力強いまなざしに面食いながらも、オレはおずおずと尋ねた。

幼女神三郎は、ぐっと親指を立てながら口を開く。




「今朝の星占いで運勢が一番だった」




「放せ! オレは帰ってゲームするんだ!」

こりゃダメだと確信したオレは、止めていた足を再度動かそうとした。すると神三郎は袖だけで飽き足らず、腰へとしがみついてきた。


「今更約束を反故にするのか!」

「えぇい放せロリコン! そんな根拠で身を危険にさらせるか! ていうか、そんなクソ天才肌していながら、星占いなんてオカルト信じてるんかい!」

「星占いを侮辱するか貴様っ。我々の科学が証明できない未知の領域なのだぞ。そこにはまだ知りえない途轍もない英知が詰まっていると思わないのか!」

「思いませんけど!? そんな目線で見たことないわ! というか、放せ!」

「貴様いつの間にそんな男に育った! こんな幼子の、しかも少女の頼みごとを聞き入れられないほど狭量なやつだったのかー!」

「お前オレの一個上の野郎だろうが!」


ぎゃいぎゃいと騒ぎながら逃げる逃げないの攻防を続けていると。呆れた様子の神一郎が近づいてきた。


「何をやっているのだ、お前たちは。もう二人は準備を済ませているぞ」


「長兄!」

「イチさん!」


オレと神三郎は同時に声を上げる。その後立て続けに言葉を発したのは神三郎だった。彼は必死にオレの腰にしがみつきながら、オレと神一郎に交互に視線を向ける。


「長兄! ここにきて成一が実験への参加を拒んでくるのだ。何とかしてくれ」

「? どうした成一。何か不都合なことでもあるのか?」

神一郎は、弟の主張を聞くと腕を組んでオレの顔色を窺い始める。神三郎以上に切れ者である彼の瞳は、まるでこちらの思惑を見透かされるのではないかと思うほど、どこか吸い込まれそうな力がある。別に悟られて困るような思惑はないが、オレはその視線から若干顔を反らした。

……決して、女の子にしがみつかれてちょっと嬉しいかもなどとは思っていない。

思っていないんだからね!


オレは逃れようと踏ん張っていた足に込めていた力を抜き、取り敢えずその場にとどまった。

「いやなんか……。サブさんが、この装置で同時稼働を試したことないから危ない可能性がある、とかなんとか言うからさ。流石にそれならちょっと協力しづらいなって思ったんですよ。そこのところ、どうなんですイチさん?」


「ふむ……」

オレの言葉に神妙な調子で唸ると、神一郎はちらりと神三郎に目を向けた。彼は失言だった、とも言いそうな雰囲気でうつむく。嘘を隠せない彼の質が今回はこちらとしてはありがたかった。……それを把握したうえで、そんな表情を浮かべてほしくないが。誤魔化す気満々だったのかよと。


やがて神一郎は、少しの間何かを思慮するかのように俯いた。その後「そうか」と何やら納得気につぶやく。


「そう言えば、末弟には伝えていなかったな。……既に複数稼働時の負荷については、追加検証をしている。その結果問題はないと判断できているから、安心するといい」

「そうなのか長兄?」

「ああ。だから成一、安心してもらって大丈夫だ」


自信ありげに笑みを浮かべる神一郎。その回答は、オレの実験への協力を妨げる不安を払しょくさせるものだった。確かにそこが問題ないのなら、別に参加してもよいと思っている。


オレははぁと小さくため息を吐くと、背中からお腹にかけて伸びている神三郎の華奢な腕を引きはがしにかかった。当の彼も、オレから逃げようとする意志が消えていることが分かったのか、素直にその腕を離す。


「分かりました。安全だって言うなら、ご協力しますよ」

「ああ、ありがとう。早速空いている槽の中に入って待っていてくれ」


オレはケースの方を振り向く。すると、先にそれぞれ準備を終わらせていた祐樹と半助が何がしか声を上げていた。が、防音性が高いのかケースの中からこちら側へは声が届いてこない。まあ、どうせ早くしろ等と言った言葉を吐いているだろうことは想像がつくが。


オレはそそくさと踵を返し、空いているケースへと足を運――




「……ああいう場合には、多少の誤魔化しも方便だということを覚えるといい」

「成程……」




「ねえ今『誤魔化し』とかいわなかった?」

――ぼうとしたところで、不意に背中から聞こえてきた不穏な言葉に思わず振り返った。だが、陽総院兄弟は素知らぬ顔で準備を始めようと動き始めていた。


「特に何も言っていない。さあ成一、早く槽の中へ。二人が待っている」

「………………」


さらっとさわやかな笑顔でそう流す神一郎に、すごく色々と物申したかったが。やがてオレは諦めて、すごすごと近場にあった空のケースの中へと足を運んだ。


なんだかんだ言って、オレたちの身の安全は最大限配慮してくれる二人だと信じての行動だ。

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