第4話

「え、えっと……」


 オレはちらりと祐樹と半助を盗み見る。しかし彼らはあまりの出来事にまだ現実に立ち返れていなさそうだった。止む無く最初に我に返ったオレが、ポリポリと頭を掻きつつ少女を見下ろしつつ口を開く。


「……サブさん、なんだよね?」


 すると少女は折角笑み……まあ若干何かしら含みのあるものだが……を浮かべていたのに、若干機嫌を損ねた様子で口をとがらせ始めた。だがその表情も、すぐ元に戻る。

「なんだ、一部始終を見ていたのに信じられないか? ……まあ確かに、お前たちには夢の出来事のように見えるかもしれないな。だが、違うぞ。これは現実だ。あの装置を用いて、俺は今少女になっているのだ」


「見るが良い」と少女改め神三郎はくるりとその場で回転する。ふわりとやわらかな軌道で、きれいな銀髪とスカートが揺れた。


「この圧倒的なディティール。夢ではありえないだろう? 何なら、頭でも撫でてみるか? ん?」


 神三郎が上目遣いで一歩オレへと近づいてくる。その仕草は幼い少女が甘えているようにも見て取れて、非常に愛らしい。中身が奇天烈な男であるとわかっていながら、悔しいが普通に可愛いと思ってしまった。


「……というか、マジでサブさんたちこんな意味わからん装置作ったのか」

 オレが複雑な心情を抱いている横で、祐樹が神三郎とショーケースを交互に見ながらつぶやいた。そこには、多大な驚愕の心情が見て取れる。だが、それだけでもなさそうだった。大部分が驚きで埋め尽くされているが、片隅にうかがえるのは……好奇心である。

 やがて祐樹は、意を決したように言葉を続けた。




「……なあ、サブさんよ。これって、俺たちも、試せたりする?」




 その言葉を聞いて、神三郎がにやりと口角を釣り上げた。


「……勿論だとも。むしろそのために今日、ここへお前たちを呼んだのだからな」


 一方オレと半助は、祐樹の発言に目を丸くする。勢いあまって体ごと彼の方を向いてしまうほどの衝撃だった。


「おい、正気かよお前!?」

「さ、流石にこれはどうかと拙者も思うのだが……」


 それは確かに、すごいとは思う。

 正直実際の現場を見たところで未だに信じられないが、一介の男子生徒が、まるっきり姿かたちを……それこそ性別さえも変えられる装置だ。常識外れも甚だしい。

 一体どのような原理でそんなことが出来うるのか……結局聞いたところで分からなかったが……そこはまあ、興味はある。興味はあるが……その好奇心の矛先は、装置そのものに対してだ。残念ながら、女子になれるという部分に対しては、対象から外れてしまっている。


 まあ、一切興味がないか……と問われれば返答に困るのだが。怖いもの見たさ的なものは、少しはある。

 そんなオレの複雑な心境を知ってか知らずか。祐樹はオレと半助を交互に見つめながら、鼻息荒く問いかけてくる。


「お前ら興味わかねーのか? 全く別人になれるんだぜ? ……なあサブさん、これってちゃんと元に戻れるんだよな?」

 ぐいと体を乗り出して、祐樹はオレの背後あたりにいる幼女神三郎に声をかける。すると神三郎は「ああ」と鈴の鳴るような声で答えた。


「疑似的にこの姿を作っているようなものだからな。むしろ姿を変えられる時間は、まださほど長くない。要改善点だ」

「ならお試しでも全然大丈夫そうじゃねえか。なあ、一回やってみようぜ? な?」

「俺も長兄も、是非お前たちに試してほしいと……実験のN増しに協力してほしいと思っている。どうだろうか」


「えぬまし?」「要は試行回数を増やすのに協力してほしいということだ」と祐樹と神三郎が話し合っている横で、オレと半助はお互い目を合わせた。どう反応したらよいか分からない……そんな戸惑いが、半助の表情から見て取れる。恐らく、向こうもオレの顔を見て同じようなことを感じているだろう。オレもどうすればいいか判断に困っているからだ。


 オレの心の中には、二つの勢力が争っていた。

 ひとつが、流石にこんな得体のしれない実験に加担するのは恐ろしいという感情。いくら神三郎がその身をもって装置の正常さを示したとしても……これだけの劇的な変化だ。何かあってもおかしくはないのではないかと勘繰ってしまう。それこそ体の再構築に失敗したら命を落とすとか、そのようなこともあり得るのではないかと思う。今だ実験段階という話だから、なおさらだ。


 そして二つ目の勢力が、好奇心である。

 全くの別人に成り代わる――しかもそれは仮装とか変装の類ではなく、性別そのものから転換させるほどの大変身だ。この先女性に触れる機会はあったとしても……まぁ、彼女なんていた試しもなければできるビジョンも見えないのですが、それはそれとして……女性そのものになることは、絶対にないだろう。性別転換手術をしたところで、完全な女性になることは今の医学ではできない。一体女性がどんな世界を見ていて、どんな感覚を抱いているのか……男であるオレには一生分かりっこない領域なのだ。


 だが、そんな本来知りえない世界を。この装置を使えば垣間見ることが出来る。

 しかも、元に戻れるというのだから、割と手軽に。


 恐怖心と好奇心……この両者が熾烈な争いを繰り広げ、しかもなかなか決着がつかない。オレの心情は戸惑いで大荒れであった。

 そんな中。先に半助の方が結論を出した。




「……良かろう。拙者もその実験とやらに協力するでござる」




「半助っ」

「さすがござる! 話が分かる」

 言ってやったぜと言った風にちょっと悦に浸ってそうな半助を、オレは振り返る。それだけでは飽き足らず、その細い肩に手を置いた。


「おいおい、お前まで正気かよ?」

「拙者はいたって正気でござるよ、成一氏」

 先に決心を決めた半助に対し焦りを感じていることを察したのか。奴は諭すような声色でそう答えた。さらには、冷静になるのはお前だと言わんばかりに、オレの肩に手を置き返してくる。


「恐らく、成一氏も困惑が過ぎて判断がついていないのでござろう。拙者も勿論惑う心根を持て余している。しかしな成一氏。これは転機ではないかと、拙者は思うのでござるよ」

「転機……?」

 おかしな言い回しをする半助に、オレは眉を顰める。対して半助は、真っ直ぐにオレの目を見ながら、小さく頷いた。


「拙者、サブ氏の言う通りだと感じたでござるよ。拙者らの周りには、女っ気が無い。その要因の中に、拙者らの無知がある。そしてその無知を克服するために、イチ氏とサブ氏が機会を作ってくれたのだ。……………………………………機械だけに」

「おい」

「――もとい、拙者らのために動いてくれたこの恩義。拙者は無駄にしたくないでござるよ。両氏のことであるから、安全面については最大限配慮してくれているであろうしな。そうでござろう?」

「当然だ。俺たちを誰だと思っている? 大事な友人たちを危険にさらすほど、落ちぶれてはいないぞ」


 途中で無駄に挟まれた駄洒落のせいで、いまいち気が乗らないまま半眼で半助と神三郎を見つめる。

 そしてポンとない胸に拳を当ててドヤる幼女形態の神三郎が可愛くて妙にほっこりしてしまうのが、どことなく悔しさがこみあげてくるのは何とかならないものか。


 それはそれとして。確かに彼らのことだから、オレたちの身の安全にはかなり気を遣ってくれているだろうということは、今までの経験上想像がついた。そしてさらには、そういえばここ最近やけに眠そうな神三郎の姿を見るなと感じた原因が、この装置を作るためではないかと考え付いてしまい。オレは内心歯噛みした。


 もうこうなってしまっては、選択肢が限られてしまうではないか。


 友人二人が賛同したことにより、好奇心がさらに猛威を振るい始めてしまって、もう止めることは出来なかった。


 オレははぁと小さくため息を吐くと、半助の肩に置いていた手を下ろし、その手で己の肩に会った半助の腕を外した。


「……わかった。オレも実験に協力するよ」

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